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| 義信謀反の、騒動がおさまる暇もなく甲斐には、遠方からの珍しい使者が訪れていた。 「此度のこと、まことにご同情申し上げます」 使者は信玄に対し、贅を凝らした見事な品々を謙譲し、礼を尽くした。 「織田殿の牽制ますます強く、羨ましいことだ」 昨年、信長は信虎の頃から悲願であった尾張統一を実現させた。 「いえ、とんでもございませぬ。まだまだ若輩の身の上、武田殿にはよろしくご教授いただけますように、 殿からお言葉を賜っておりまする」 「そうか、織田殿がそのようなことをな・・・」 かつて京でまみえたあの暴れん坊ぶりを思い出すに、とてもそんな殊勝なことを言うような相手では無い ことはよくわかっている。 「それで、使者殿には、どのような用件で参られた?」 これだけの品物を献上するからには、ただの挨拶というわけではあるまい。 「実はご子息、勝頼様へ縁談のお話を携えて参りました」 「ほう・・・織田殿には姫がおありか?」 「ご養女ながら、殿の血筋の姫にて、まことに美しく、年齢的にも勝頼様とはお似合いかと存じ上げまする」 確かに勝頼にはそろそろ正室を迎えてやらなければならぬと思っていたところだ・・・が。 織田から迎えるか・・・・。 信玄は顔色を変えず、頭の中でその利害を素早く計算する。 「・・・・なるほど、この場ですぐに返事をすることは出来ぬが良い話だと思う。使者殿にはくつろがれて帰られ るがよかろう・・・山河ばかりで何も無いところだが」 「ありがとうございます、良いお返事をお待ちしております」 上機嫌そうな信玄に大役を果たすことができた使者は肩の荷を降ろし、ほっとした表情を浮かべたのだった。 中庭を散策していた藤吉郎は、目の前に落ちてきた黒い影にはっと息をのみ、それが見慣れた忍で あるとわかり、緊張を解いた。 「・・・五右衛門、驚かさないでくれ」 すねた物言いに五右衛門は笑い、珍しいなと告げた。 「??何が?」 「独りでうろついてんのが。・・・おっさんは?」 五右衛門の言葉によると、おっさん=信玄である。 わざとらしく、首をきょろきょろと周囲に向けて不在をことさらに強調してみせる。 藤吉郎ははぁぁ、とため息をついた。 「・・・どこからか使者が来て、その応対に出られてる」 「お前は?」 「外すように言われたから・・・・五右衛門、何か知ってるの?」 五右衛門を真っ直ぐに見上げる藤吉郎の目は、才を感じさせる透明なものだ。全てをありのままに受け止め 判断しようとする眼差しだった。 五右衛門のお気に入りの一つ。琥珀色の眼差しはとろりと甘い蜜のようで、舐めてみたくなる。 「五右衛門?」 「あ・・ああ、ま・・・・織田の、使者が来てる」 「・・・・・え」 何げなく告げられた言葉に、藤吉郎はすぐに反応できない。 織田・・・・・織田の・・・・・使者!? 大きな瞳をさらに大きく零れそうなほどに見開いた藤吉郎は、ずずずっと五右衛門に詰め寄る。 「五右衛門っ!使者って・・・!」 「喧嘩売りに来たわけじゃ無さそうだったけどな・・・詳しくはおっさんが話すんじゃねーの?」 「そう・・・・だと、思う・・・けど・・・・」 五右衛門の衿を掴んでいた藤吉郎の手が力なく落ちていく。 不安が藤吉郎の心を覆い尽くす。 敵になろうと、味方になろうと・・・・どちらにしろ、藤吉郎にはつらい。 「藤吉郎・・・」 頬に感じた温かい感触、五右衛門の手が藤吉郎の頬を包むように触れていた。 「お前は俺が守ってやる」 だから、お前はお前の望むように生きればいい。 「五右衛門・・・」 いつも影ながら藤吉郎の傍に居て、その身を守り、気遣ってくれる。 涙が出そうに嬉しいのに・・・胸がつぶれそうなほど悲しい。優しさにどうしていいかわからない。 藤吉郎には五右衛門に何も返せるものが無いのに・・・。 それを言っても五右衛門は気にするな、と言って笑うばかり。 「五右衛門・・・」 ただ万感の思いをこめて、名を呼んだ。 織田家から舞い込んだ勝頼の縁談はとんとん拍子に進み、武田も祝いの雰囲気に満ちていた。 しかし、信玄にはそうそう祝いにうつつをぬかす訳にもいかぬ理由があった。 甲斐の地はまだまだ周囲を敵に囲まれ、一時の息抜きも許さなかったからだ。 勝頼の吉日を喜びつつも、信玄の冷静な目は周囲へと向けられていた。 そして、一方藤吉郎は信玄よりも先に勝頼へ祝いの言葉を述べるため一足先に高遠入りしていた。 一時も傍から話さぬ藤吉郎を手放すあたり、勝頼のことを信玄は大事にしているのだろう。 「勝頼様・・いえ、新館様、この度のご婚儀まことにおめでとうございます」 「ありがとうございます、昌幸殿」 こじんまりした部屋には勝頼と藤吉郎が二人だけ。向かい合っていた。 あまり表に出ることのない藤吉郎が、仰々しいことを拒んだからだ。 「明後日には姫君もご到着されるそうですね」 「はい、そのようです。あ。いえ・・・どうも、いまだに己のこととは思えず、不思議な気分です」 幼いころから病弱な勝頼は女性というものに、とんと縁が無かった。そのせいか、とまどう様子がとても 微笑ましく感じられる。 「私も・・・その、結婚したことがないので、どう言葉をかけてよいかわからないんですが・・・きっと美しい方だと 思います・・・たぶん」 「そうなのですか?私はよく知らないのですが」 「織田の血をひく方々というのは、皆美形揃いだと話にうかがっております」 「そうですか・・・・」 あまり勝頼は嬉しそうに見えない。 「勝頼様、何かご心配事が?」 「いえ、ただ・・・・私の理想は、その・・・あなた、なので」 「・・・・・は!?」 藤吉郎の目が丸くなる。 「昌幸殿が・・・父の、方だというのはわかっているんです。でも、あなたは初めて会った時から他の者とは 違って、追従や迎合もされず、ただ優しかったから・・・・私は幼い頃に母を失い、母がどんなものか知り ません。だから・・・あなたに母を重ねていたのかもしれません・・・」 「・・・・・・・・・・」 一応、藤吉郎は男だ。母と重ねられていたと言われても困る。 「・・・私は、勝頼様にそこまで慕っていただけるほどの人間じゃ無い、です」 ただ、感心が無かっただけ。 藤吉郎は罪悪感にうつむいた。 「私は、あなたが慕わしい。好いている、というのかもしれません」 ふと顔をあげた藤吉郎の前に、息が触れるほど近く勝頼の顔があった。 「昌幸殿・・・あなたを、抱いてもいいですか?」 |
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気だるい躯をかかえて、藤吉郎は静かな部屋に居る。 親子に揃って抱かれることになるとは・・・まさに予想だにしなかったこと。 肉体的にも精神的にも、負担ははかりしれない。 あおられた躯はいまだ熱をたもち、ただ気を失うように身を横たえていた。 |
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+あとがき+
んー・・予定していたのとは違う意味での修羅場・・・(苦笑)
長めの回でございました。
読みがいはあったでしょうか?(笑)