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| 勝頼と信長の養女遠山氏との婚礼は良日を選び執り行われることになった。 花嫁御寮も数刻前に城内に入ったらしく、慌しい雰囲気が奥の間に居る藤吉郎の元にまで届いた。 藤吉郎は出来ることなら、婚礼までは誰とも顔をあわせないように外へ出ることを控えている。 花嫁が一人織田家から嫁いできたわけでは無い、供の者も多くついて来ているはず。 その中に藤吉郎の顔見知りが居ないとは限らない。 藤吉郎が・・・武田方についたと信長に知れれば、容赦などなく殺されるだろう。 けれど、今の藤吉郎にはそう簡単に殺されるわけにはいかない訳がある。 胸に秘めた誓いのために、たとえ信長といえども殺されるわけにはいかないのだ。 「藤吉郎、暇ぁ?」 のほほんとした声に、張り詰めていた藤吉郎の気が霧散する。 黒の忍装束に身を包んだ五右衛門が天井から顔を出していた。 「五右衛門。・・・うん、別にすることも無いし」 「そっか」 笑顔の五右衛門は音もなく降りてくると・・・藤吉郎を背中から抱きしめた。 「ご、五右衛門!?」 「あんまし気ー張り詰めってと、いざって時に失敗しちゃうよ〜?」 「・・・五右衛門」 何を勘付いているのか、正面を向いている藤吉郎には五右衛門の表情はわからない。 「あー、何も言わなくったっていいって。他人のことが全てわかるわけないし。・・・でもさ、俺は俺の出来る 限りの精一杯でお前のこと、わかってやりたいんだ。これ、俺の我侭だけどね〜。だからさ、俺のこと好きに 使っていいから。お前がやりたいこと出来るように、何でも言って?」 「五右衛門・・・・俺にそんなことしてもらう価値なんて」 「俺にはそれが一番価値あることなの。誰にだって、お前にだって否定させてやらない。俺、我侭だから」 「・・・・五右衛門・・・・・・本当に、我侭・・・だ・・・」 嗚咽を飲み込みながら、切れ切れに藤吉郎は小さく呟いた。 背後で五右衛門が満足そうに笑う。 「俺、五右衛門に払うお金・・・全然無いのに」 「出世払いって言っただろ?・・・・信じてるからさ」 五右衛門らしくない真摯な響きに、藤吉郎の目が見開かれた。 「じゃ、俺待機してるからさ」 現れた時と同じように、五右衛門は音もなく天井裏へ飛び上がった。 式の時間がいよいよ近づくにあたり、藤吉郎も出席するために着替えをはじめた。 藤吉郎は信玄が重用しているといっても、武田とは何の血の繋がりも無いただの臣下にすぎない。 末席に座り、主賓の様子を見ているだけになるだろうが・・・。 いつの間にか用意してもらった、いつも着ているものより上等で少し派手めの衣裳にほぅと息を吐いた。 元々農民出の藤吉郎には、武家のどんな衣裳でも豪華に見える。そして肩もこる。 いい加減慣れればいいというのに、慣れない。妙なところで不器用だった。 「真田殿、少々失礼・・・を・・・・・」 「あ・・・・」 声をかけたものの、無造作に障子をあけた本日の主賓の一人である勝頼は目の前で肌着姿のまま 袴をかかえあげた藤吉郎の姿に固まった。 藤吉郎も、一瞬何が起きたのかわからず言葉を失う。 そして・・・・。 「す・・・すすすすす、すみません!別に覗きとかそういう趣味では・・・っまさか、真田殿が着替え中とは露 知らず、とんだ無礼を・・・」 あたふたと赤い顔で言い訳する勝頼に、ぷっと藤吉郎が吹き出した。 昨夜のことなど微塵も感じさせない初々しい様子である。父親の信玄とは全く違う。 「・・・大丈夫ですよ。私は、男ですし。覗かれても減るものもありませんから。それで、どうなさいました? 主賓がこのような奥へ?」 「本当に、申し訳ありません。少々伺いたいことがあり・・・父上は、本日は・・・」 「いらっしゃると伺っていましたが・・・まだ?」 「はい、おいでになっておりません」 「・・・・・・・」 来る前までの、信玄の予定を思い出す。特に急いだものは無かったはずだが・・・。 一つ気になるといえば、気になるものが一つあった・・・と藤吉郎は眉を寄せた。 「父上も何かとお忙しいですから、仕方ありませんが・・・」 勝頼は諦めの笑いを浮かべた。その表情は驚くほど、勝頼に馴染んでいる。それは決して幸せなことでは 無い。諦めることに慣れるなど・・・・だが、それほど勝頼は幼い頃から世継ぎの身では無いということで 色々なことを諦めて・・・いや、諦めさせられてきたのだ。 だが、義信亡き今。次代の武田を背負うのは、勝頼である。 「勝頼様、甚だ分を超えた行いと思いますが軍師として申し上げます。兄君亡き今、お館様が次代にと お考えになるのは勝頼様お一人。そしてこの度の式の主は他の誰でもなく、勝頼様です。お館様の ご来訪如何に関わらず、織田家、いえ・・・武田家の家臣方々に自分こそが新館であるとしらしめるよう しっかりとお勤めなされますよう」 家臣が主筋に向けて言える言葉では無い。無礼なといわれ、手打ちにされても文句はいえない。 藤吉郎は勝頼の前に手をつき、深々と頭を下げた。 「・・・お言葉、身に沁みる」 「勝頼様」 畳についていた手を取られ、顔を上げるとそこには怒りではなく、微笑を湛えた勝頼の顔があった。 「やはりあなたは私の母上のような方だ。今のお言葉は母上の私への手向けとして有り難く頂戴して おきます」 「・・畏れ多いことです」 「どうかいつまでも、父上と・・・・私のために、傍に居て下さい」 「・・・・・はい、身に余るお言葉・・・・私に出来うる限りの尽力を」 藤吉郎は、『真田昌幸』として勝頼へ頭を下げた。 |
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+あとがき+
あーうー(爆)
次は少々ドタバタさせられるかも・・