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これ以上、織田方を待たせるわけにも行かず、式は信玄の到着を待たず始められることとなった。 緊張した面持ちで、しっかりと前を見据えた勝頼の横に、美しい姫君が俯きがちに並んで座している。 お世辞抜きで、お似合いのご両人だと藤吉郎は思った。 これは政略結婚だ。互いの何ものも知らず、一緒に暮らすこととなる。 合わないことも多くあるだろう・・けれど、幸せになって欲しいと思う。 目立たぬよう、末席で人々の背に隠れるようにして二人を見ていた藤吉郎は、遠く、慌しく走り寄る足音を 耳に入れた。 「失礼をっ」 抑えた声ながら、粛々とした式の最中にそれは驚くほどよく響いた。 「何事ぞ」 「お館様、上野にて交戦。こちらへは参られませぬ。・・・式は構わず滞りなくと」 「・・・わかった」 勝頼は頷き、腰を浮かせた武将たちも信玄の言葉により、式を無事終わらせるべく落ち着いた。 「真田殿」 使者は立ち去らず、藤吉郎に声をかける。 「・・・伝言を預かっております。こちらへ」 「・・・わかりました」 信玄の呼び出し・・おそらくそうだろう。 藤吉郎は勝頼の式に最後まで出席できないことを悲しく思いながら、使者と共に部屋を後にした。 藤吉郎は予想通り、使者より「至急、駆けつけるように」との伝言を受け取り、適当に動きやすい衣裳に 着替えると厩舎へ急いだ。 藤吉郎は、信玄に身に余る名馬を下賜されていて、乗りこなすまでには散々苦労させられたのだが、 今では大切な相棒として、日々の世話も自らしている。 「黒炎」 名を呼ぶと、鼻面を押し当てて藤吉郎を歓迎してくれる。 黒く艶やかな毛並みと気性の荒さで『黒炎』と呼ばれていた馬なのだが、すっかり藤吉郎になついている。 「今度も頼むな」 まるで藤吉郎の言葉を理解しているように、鼻をならす。 藤吉郎は黒炎を撫でてやると、鞍の紐を確認し、僅かな荷物をくくりつけた。 「さぁ、行こ・・・・・・っ!」 背後に気配を感じ、藤吉郎は振りむいた。 逆行でよくわからないが・・・どうやら女性らしい。 迷ったのだろうか、と首をかしげた藤吉郎は、「どうしました?」と声をかけ近づいていく。 女は何も返さず、ゆっくりと厩舎の砂利を踏みしめて入ってくる。 その顔が。 「・・・・・・・・っ!!」 藤吉郎がひゅっと息をのんだ。 「・・・よぉ」 女にしては低い声。 「・・・・・・・・・・・・・・信長・・さ、ま・・・・」 頭の中は真っ白で、藤吉郎は何もわからなくなった。 「・・・・・・・・っ!」 背を何かに叩きつけられ、息が止まる。 何が何やらわからない、藤吉郎は震える体を抑えられないまま目の前の人物から目を逸らす。 何故信長がここに居るのか、そんなことも考えられないほど動揺していた。 「・・・こんなところに居やがったとはな」 掴まれた肩が熱い。凄まじい力が加えられている。 「こっちを見ろ」 顎を掴まれ、上向かせられる。 されるがままの藤吉郎の目は虚ろだった。 「何とか言ったらどうだ?サル」 「・・・・・・・・・」 「・・・それともこう呼ばなければ返事もしないか?・・・『真田昌幸』」 女に化けた美しい顔が笑いに歪む。 「あ・・・・」 「くっくっ・・・・あのおっさんに貰った名か?随分出世したじゃねーか」 何を否定するつもりなのか、藤吉郎の顔が小刻みに横に振られる。 「・・・俺の前に、顔を見せたら殺す・・・と言っておいたな」 一切の表情が消えた能面のような信長の顔。 逃げなくては、そう思う一方で、ここで殺されるのもいいかもしれないと思う自分が居る。 「覚悟はいいな?」 冷たく黒い塊が眉間に押し付けられる。 藤吉郎は、微動だにせず信長を見つめ続けていた。 じゃき。 撃鉄のあがる音。 ―――ああ。 「藤吉郎ッ!!」 叫び声に、藤吉郎は我に返った。 「・・・っ五右衛門ッ!!」 信長と藤吉郎の間に現れた五右衛門は、背に庇った藤吉郎に叫ぶ。 「逃げろッ!」 押し付けられていたはずの銃は、クナイによって逸らされ、一瞬の隙ができる。 素早く身を起こした藤吉郎は、出口へ向かって走り出した。 「邪魔だっ!スッパぁっッ!!」 「退くかよっ!藤吉郎は殺させねぇっ!!」 銃とクナイ。 至近距離で撃たれれば・・・ただではすまない。 「五右衛門ッ!」 「いいから行けッ!・・・・お前は死んだら駄目なんだよっ!!」 「・・・・・・・っ」 ぎゅっと拳を握り締めた藤吉郎は、再び駆け出す。 一刻も早く、信長の目の、手の届かないところへ・・そうすれば、五右衛門はどうやってでも逃げることができる。 自身のために、犠牲になる命など、ただの一つもありはしない。あって欲しくない。 パンッ・・・・・ッ・・・! 「・・・っ藤吉郎ッ!!」 乾いた音。 五右衛門の叫び声。 声にならない苦鳴。 右腕が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・熱い。 |
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+あとがき+
お久しぶりすぎる信長様です(笑)
秀吉か、小六にするかと迷ったもののやはり、殿に。