疾風怒濤


- 第十五幕 -






 2月の半ば。
 そろそろ暖かくなり、花粉が盛大に飛び出すころ。
 悟空たちの住む、巨大な屋敷の前にセレステブルーのロールスロイスが滑るように
 停車した。
 それは日本国内で乗るには迷惑極まりない大きさではあったが「広くて乗り心地がいい!」
 という悟空の言葉に持ち主は1も2もなく即決したのだった。

 さて、その持ち主というのは・・・・・・・・・・
 予想通りというかなんと言うか、ここ最近めっきり名前しか登場させてもらえなかった
 悟空の従兄、焔である。
 冬休みの間、悟空の傍にいたいということで全ての仕事を後回しにしていたつけが
 溜まりたまってずっと世界中を渡り鳥のごとく放浪させられていたのだ。
 焔の上司はなかなかに人使いが荒かった。
 





「悟空・・・」
 門扉から悟空の部屋のある窓を見上げて、焔はそれは愛しそうな声音で名前を呟いた。
 そしてちょっぴり不安を滲ませて・・・。

 (悟空・・・俺のことを忘れていないだろうか・・・)

 それはかなり悟空に失礼な不安ではあったが。

 いくら悟空はそう記憶力がよい・・・とは言いがたいとはいえ、自分の従兄をたった2ヶ月で
 忘れたりはしないだろう。
 それに。
 あんた・・・毎日電話してだろうが、悟空に。




 そんなちょっとノスタルジックな気分になっていた焔の前で門扉がゆっくりと開いて
 いった。
「・・・・・・?自動ではなかったはずだが・・・」
 だからこそ焔はロールスより降車したのだ。

 疑問に思った焔は、しかし門扉から現れた姿に破顔した。



「ほむらーっお帰りーぃっ!!!」
 たたたっと走りよってきた悟空はその勢いのまま焔にどすっとタックルした。
 普通の人間ならばそのまま後ろに倒れるのだが、焔もなれたもの。
 なんなく悟空を受け止めるとぎゅっと抱きしめた。
「ただいま、悟空。・・・だが、どうした?学校は?」
 今日は平日。
 ばりばりで学校のある日だ。
「焔が帰ってくるって言ったから休んだ!」
 ・・・それでいいのか、仮にも教師が?
「そうか、嬉しいな。悟空」
 少しは注意しろよ。
「へへ♪金蝉とかは駄目っ!!て言ったけどな抜け出してきたんだ」
 きっと今ごろは金蝉は確実にきれている。
 間違いない。
「焔、会いたかった!」
「俺も悟空に会いたかった・・・」
(悟空人形はお前に似て愛らしいが、やはり本物にはかなわないからな・・・)
「とりあえず、中に入ろう。春めいてきたとはいえまだ寒いからな」
「うんっ!」
 焔は抱きしめていた悟空をはなすと、背に手をあてて促した。









・・・・・・・ロールスは置いたままかい?









「んーとね・・・はいっ!」
「・・・何だ?」
 応接間に腰をおろした焔に悟空が何やら包みものを差し出した。
「バレンタインに焔、居なかっただろ。で渡せなかったから」
「・・・・・」
 焔は悟空に手渡された包みをじっと声もなくしばらく見つめていた。
 ・・・・あまりに感動して。
「ほむら?」
「ありがとう、悟空。さっそく開けてみても構わないか?」
「うんっ!」
 その中身はチョコかはたまた手編みのセーターか(それだけはないっ!)・・・いずれにしても
”愛する焔へ”なんて言葉が書いてあれば速攻教会だ・・・・なんてことを焔は包装をほどきながら
考えていた。
 包装をといて出てきたのは長方形の箱。
 さて、この中に・・・・。
 珍しくも激しい動悸、眩暈が起こる中(すでに更年期障害が出ているのかもしれない・・・)
 焔は震えそうになる手を叱咤してかぱっと蓋を開けた。
「・・・・・・」
 そこにあったのは、チョコでもなく、手編みのセーターなんてものでもなく・・・・
「こ、これは・・・・」
「オレが作ったんだ♪どう似てる?」
 いったい何に・・・・?と聞き返したいのを焔は我慢して考えに考えた。
 目印といえば黒い毛糸。
 そして黄色と青色のビーズ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・オレ、か?」
「うんっ!!」
 即答されてしまった。
 それは悟空の手製による”焔人形”ならしい。
 確かに悟空の傍に居る人間でこの特徴を備えているのは焔しかいない。
 
 だが、しかし。
 まだ”たれぱんだ”だと言われたほうが納得できる外形である。
 たとえたれぱんだに髪がなくとも、目の色がちぐはぐでなくとも・・・・。
 これを焔に似ていると言い張る悟空の感性が理解できない。
 いや、もしかすると実際の焔もこんな風に悟空の目には映っているのだろうか?
 それは少々・・・・かなり悲しい事実だったりする。
 

 焔は表には現さなかったがかなりのダメージを負った。
 RPGならば、”痛恨の一撃!!焔は一万ポイントのダメージを受けた!!”てなところである。


「焔ならわかってくれると思ってたんだ!!金蝉に見せたら『石地蔵か?』とか言うし、
天ちゃんも『可愛らしいパンダですねぇ』とか言うしさ!ひどいよな!」
「・・・・・」
 それが真っ当な感性というべきものではないかと思ったが、恋は盲目。
「ありがとう、悟空。俺によく似ている。作っているときに怪我などはしなかったのか?」
「へへ♪ちょっと針が刺さったりしたけど大したことないよ!」
見れば悟空の手にはいたるところにバンソーコーがはってある。

(そこまでして俺のために・・・・)

じーんと胸があつくなった焔はその勢いのまま悟空の手をとった。
「悟空」
「なに?」
「素晴らしい贈り物をありがとう」
「へへ・・・なんか改めて言われると照れるじゃん!」
その言葉どおり悟空は頬を染めてみせる。
ああ!!狼の目の前でなんてことを・・・!?(笑)

「でも良かった。これで”悟空”も寂しくないよな!」
「”悟空”・・・?」
天蓬の作った悟空人形のことである。
「俺、皆がいたけどやっぱり焔がいないと寂しかったし・・・だったら焔がいない
ときの”悟空”はもっと寂しいだろうなと思って・・・」
「・・・悟空は俺がいなくて寂しかったのか?」
焔は悟空の後半部分の台詞は聞いていなかった。
「え、うん!当たり前じゃんっ!!だって焔はずっとオレの側にいるんだもん!」
「・・・・・死ぬまで?」
「死んでも!!」
「・・・・・・」
すぐに返された悟空のうれしすぎる言葉に焔は不覚にも顔がにやけてしまい、慌てて
手のひらで口を覆った。

(悟空・・・それは俺を選んでくれたと思っていいんだろうか?)

「悟空・・・」
じっと見つめてくる悟空が愛しすぎて・・・焔は悟空をぎゅっと腕の中に・・・・













「はいはい、そこまでにしてくださいねー」
一瞬はやく、悟空は焔の腕から天蓬のほうへ引き寄せられた。
「・・・・天蓬」
 突如として現れた天蓬に悟空を奪われた焔はかなり不機嫌な声音でその名を呼んだ。
 だが、天蓬はそれを無視して悟空に話し掛ける。
「悟空、金蝉から伝言です。『とっとと30分以内に帰ってこないと3日メシ抜きだ』とのことです」
「・・・っ!?メシ抜きっ!!!!!」
「はい」
「うそっ!!」
「本当です」
 悟空は雷にでも打たれたかのようにその身をふるわせ、固まってしまった。
 三日間メシ抜き・・・というのは悟空にとってそれほど厳しい罰なのだ。
 しかも30分以内に天竺高校に行かなければ。
 ちなみに悟空の家から天竺高校までは、普通に走って1時間の距離にある。
 ・・・・・結構、遠い。
「間に合わないよ〜っ!!」
 うるうると目に涙を浮かべながら悟空は天蓬に訴える。
「大丈夫です、悟空なら。さっ、頑張って走って行ってください!」
「・・・・・うんっ!!」
 悟空は天蓬の励ましに拳をにぎりしめ、”凄い”としかいいようにない勢いで飛び出していった。


 残されたのは不機嫌な顔をした焔とにっこり笑顔の天蓬。


「いくら従兄とはいえ、悟空にいけないことは教えないで下さいね」
「俺の勝手だ」
「それなら僕たちは全員で精一杯阻止させていただきます」
「・・・・・・やれるものならばやってみるがいい」
「ええ、喜んで」
「無駄な努力になるだろうがな」
「さて、それはどちらでしょうね」

「・・・・・・ふふふふ」
「・・・・・・はははは」
 見つめ・・・いやいや、睨みあった両者は不気味な笑い声を屋敷中に響き渡らせるのだった。











 さて、一方悟空はというと。


 ダーンッ!!バキィィッ!!ガッシャ-ンッッ!!!!!
「こんぜんっ!!」
 叫んだ悟空の後ろでは職員室の扉がバキバキで粉々という哀れな運命を辿っていた。

「29分56秒・・・・・すっげー間に合ったぜ・・・」
 少し離れたところでストップウォッチを握った倦廉がそれを見つめながら感嘆の声をあげた。

「金蝉っ!!!!間に合ったよなっ!!??」
 金蝉の机に辿り付くまでにさまざまなものを・・・たとえば机とか椅子とかコピー機とか・・・破壊
しながらやってきた悟空は必死の形相で見上げた。
「駄目だ」
 その言葉に悟空の目の前が真っ暗になった。
「・・・・と言いたいところだがギリギリセーフだな」
「金蝉のばかーっ!!!すっげーびっくりしたじゃんかっ!!!!!!」
「馬鹿はお前だ。この馬鹿!!」
 がこっと悟空の頭上に拳骨が落ちた。
「いってーっ!!何すんだよっ!!」
「教師がさぼってんじゃねーよっ!!」
「だって焔が帰ってくるって言ったんだもんっ!!」
「学校が終われば会えるだろうが!!」
「すぐに会いたかったんだもんっ!!」
「・・・・っっ!!」
 悟空の惚気ともとれる言葉に金蝉の眉間の皺はますます多くなっていく。
「・・・・とにかく今度やったら問答無用でメシ抜きにするからなっ!!」
「金蝉のおーぼーっ!!」
「ひらがなで言うな!!」
 げいんっと再び拳骨が落ちる。
「おらっ、さっさと授業に行ってこいっ!!」
「・・・・・・・っ!!」
 何か言いたいのを我慢した悟空は教簿をとると・・・・・・たった今、自分が破壊した職員室の扉
(の残骸へ)手をかけた。
 そして。


「いぃ〜〜〜〜だっ!!!!!」

 金蝉にむかって顔をしかめてそう言ったのだった。
「悟空っ!!」
 当然怒る金蝉を尻目に悟空は一目散に逃げ出した。
「あいつ・・・・っ!!」


「お父さ〜ん♪反抗期じゃねーの?」
 いつのまに傍へ来たのか倦廉がそう言って金蝉の肩をたたいた。
「うるせぇっ!!てめぇもさっさと授業に行けっ!!!」
「はいはい〜てね♪」
「・・・・っ!!!ちっ、たくどいつもこいつも・・・・・・」
 


 金蝉の胃に穴があくのもそう遠い日のことでは無いかもしれない。


 









† あとがき †

ちょっとした閑話休題、焔復活編です(笑)
焔さま、ますます変さに磨きがかかり、金蝉はますます”父”のようです(笑)
そして、悟空は相変わらず無邪気(←ひたすら御華門の趣味・笑)

そして投票!!
な・な・な・な〜んとっ!!一時は三蔵に300票という大差をつけられていた
焔様が一位に返り咲きました!!(笑)
さすが無制限投票がきいてます(笑)
ひそかに八戒もナタクを負い抜かし4位です!!
そして下がってしまったのが紫鴛。
一時は”おおっ!金蝉を抜くか!?”と思われましたが
やはりレギュラー陣強し・・と言ったところでしょう。
う〜ん、終幕にむかいますます混迷を極めております!!(笑)

さぁ、いったい誰が1位を獲得できるのか!?
総票数も7000を越し(ん〜すごい・・・)決まるころには
1万超えてるかもしれませんねぇ・・・また無制限投票もするつもりですし(ニヤリ)

どうぞ皆様よろしくお願いいたしま〜すm(__)m

では。
ご拝読ありがとうございました!!




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