-妄執−










「さん、ぞう…?」

 最低限必要な脂肪さえない、骨と皮の手が悟空の腕を掴んでいた。
 呆然と、その手に視線をやった悟空は…腕をたどり、三蔵の顔を見た。
 頬の肉は削げ落ち、ぱさぱさに乾燥した肌に艶は無く、深く落ち窪んだ目の奥で…

 アメジストの瞳だけが、変わらぬ強い輝きを放っていた。

「三蔵っ」
 今まで何をしても無反応だった三蔵の行動に八戒が驚きの声をあげる。
 悟空の腕にまた、力がかかる。みしりと骨が軋む音がして…悟空は僅かに顔を顰めた。
「さん…」

ごく、う

 喉の奥がひゅうひゅと鳴り、しわがれた声が…悟空の名を紡ぐ。
 何かが胸に迫った。
 息が苦しくなって涙が零れ落ちそうになるのを、ぐっと噛み締めて堪えた。

「三蔵、オレ……っ!?」
 何を言えばいいかわからない。三蔵の性格からして、到底悟空を許すなどありえず、悟空も許しを求めようとは思っていなかった。だが、その声を封じるように三蔵の肩にかけられていた魔天経文が浮き上がり、悟空を襲ったのだ。
「三蔵っ!いったい何をするんですっ!?」
「ダメだっ八戒!八戒まで巻き込まれるっ!」
 経文と悟空の間に飛び込もうとした八戒を悟空が止める。
 一番に騒いでいいはずの焔が、傍観者のように僅か離れた場所でそれを見ていた。

 経文は悟空を閉じ込めるように周囲を取り囲み、動きを封じる。
 悟空は抵抗せず、じっと三蔵を見つめていた。

「三蔵、三蔵がオレのこと…怒ってんのは当然だ。嫌われるだけのことした……でも!」
 三蔵のアメジストの瞳に揺らぎは無く、ただ強い光で悟空を戒める。
「でもオレは……」






『 好きだから 』






 息を殺した八戒と焔。
 沈黙が支配し、経文の舞う音だけが部屋を埋める中…悟空の言葉だけがやけに響いた。

「オレ、ずっと三蔵のこと好きだから。どんなことされたってずっとずっと好きだからな!」

 バサリ。
 糸が切れたように経文が地に落ちた。

 悟空は三蔵に腕を捕まれたまま、静けさを取り戻した三蔵の顔に手を伸ばす。
 いつもの三蔵ならば、すぐさま打ち払うわれるはずだろう手は、冷たい頬にそっと触れた。
 手に伝わる冷たさが、まるで凍りついた三蔵の心のようで。

「・・・ごめん。ごめん、三蔵。オレ、馬鹿だから…三蔵は、一人で大丈夫なんだって、オレなんて居ても
居なくても同じなんだって、そう思って・・・・・・・っ何で、何でだよ!こんな、細くなってガリガリで、骨と皮ばっかで、こんな今にも・・・」
 消えてしまいそうに、儚い。
 ただ、その目だけが裏切るように鋭い。
「オレなんかいらないって言ったじゃんっ!どこへでも行けって!・・・・それなのにこんなんなって…っ!オレが居なくちゃダメみたいな……っ勘違いすんなって言えよ!自惚れんなって!三蔵だろ!?
 悟空が血を吐くように叫ぶ。






『 泣く、な 』






「……っ!!」
 悟空の大きな金色の瞳に、溢れそうになっている水たまり       涙。
 三蔵の手が、くっと拭った。

「ガキが、ピーピー泣くな。煩ぇ」
「さんぞ・・・っ」
 三蔵の罅割れた唇が、ぎこちなく皮肉げな笑みを形作った。
 表情らしい表情の無かった三蔵の、久しぶりに見る三蔵らしい顔に、悟空の目から堪えていた涙がぽろぽろと零れ落ちる。

「三蔵……っ!!」

 馬鹿力のクソサルが、痛ぇだろうが・・・と三蔵は悪態をつきながらも、抱きついて来た悟空を受け止める。その肩ごしに。


 不敵な笑みを刻む焔を視界に入れ、目を細めた。











   

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