-不可欠−











 三蔵が暮らしているというお堂は、鬱蒼とした森を抜けた山の中腹にあり、藁葺きの屋根や
 土塀にはそこかしこに穴が開いていて、見るからに寂れている。
 あの三蔵がこんな場所で、いったいどのように暮らしているのか。
 
「・・・ここ?」
「ええ」
 立ち止まった悟空の肩を焔が抱いた。
 温かな熱が、竦む悟空の心を優しく抱く。
「・・・三蔵、お邪魔しますよ」
 八戒が、ぎぎと軋み音をたてて木戸を開き中に入っていく。
 悟空も、その背中に続いた。



 中はがらんとして、薄暗く人の気配が無い。
 火の気もなく、天井には蜘蛛が巣を張り、部屋の中央に置かれた椅子と卓には埃が積もっていた。

「・・・お久しぶりですね、三蔵」
 八戒の視線が、部屋でたった一つの窓辺に向けられた。
 悟空は気づかなかった・・・そこに三蔵が居たことを。
「三蔵、今日はお客様を連れてきました」
 何の反応も言葉も返さない三蔵に、八戒は気にすることなく続ける。









「―――― 悟空、ですよ」









 三蔵の反応は、返らなかった。



「・・・っ三蔵っ!」
 たまらなくなった悟空が、八戒を押しのけ三蔵へと駆け寄った。
「三蔵っ!どうしたんだよ!?」
 無造作に椅子に腰掛ける三蔵の肩を掴んでゆすぶると、虚ろな目が悟空に向いた。
「・・・・っ」
 何も映さない瞳。
 あの苛烈さも、・・・時折見ることが出来た優しい光も無い。
 ――――― 濁った、アメジスト。
「ど、して・・・・」
 元々細かった体は、肉を削がれたように・・・骨が浮いている。
 これが、あの・・・三蔵。誰よりも高いプライドと、強い精神を持っていた人。

 悟空は涙が出そうだった。

「・・・悟空」
 焔の気遣うような声が掛かり、悟空を背後から抱きしめた。
「――― 自分だけを責めるな」
「焔」
 悟空という存在を、三蔵から奪ったのは焔である。
 その選択をしたのは、誰でも無い。悟空自身。
 ―――― 共犯者、なのだ。

「・・・悟空、でも駄目ですか」
「・・・ごめんな、八戒。――― 俺には、もう・・・そんな資格無い・・・」
「悟空」
 つらそうにうつむく悟空の頭を、八戒は昔のように優しく撫でた。
「僕のほうこそすみません。悟空に余計なつらい思いをさせてしまいました」
「ううんっ!・・八戒のせいじゃないから」
「悟空。・・・戻るか」
「でも・・・・・うん」
 この状態の三蔵を置いていくことに後ろ髪を引かれる。
 だが、悟空がここに居て三蔵のために出来ることは何も無い。
 ・・・・・・三蔵は、もう悟空を受けいれていないのだから。
「八戒・・・・三蔵を」
「ええ、まかしておいて下さい」
 穏やかな安心させる八戒の笑顔に、悟空もぎこち無いながら微笑を浮かべて見せた。
「それじゃぁ、三蔵・・・・・」
 再び窓の外へ視線を向けた三蔵に、悲しく思いながら悟空は先に扉へと向かっていく背中を
 追いかけた。


 ――――― 追いかけようとした。


 が、それは果たされなかった。





「・・・さん・・・ぞう・・・?」








 骨が軋むほどに強く、腕を掴まれていた。









   

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