-恋慕−











     目の前を、どこかなつかしい長い白衣が翻る。
     ゆっくりとこちらを振りむいた優しい顔は・・・・・・驚愕に凍りついた。














 



 悟空の顔を見て、信じられないとばかりに目を見開いた白衣の人物は次第に泣きそうに顔を歪めて
 悟空・・と唇だけでその名を呼ぶ。
 音にはならない、そのなつかしく優しい響きに悟空は焔の腕をすり抜けて駆け寄った。


「・・・・・八戒っ!」
 勢いに乗って、そのまま悟空は八戒に体当たりをかます。
 かなりの衝撃が襲ったものと思われたが、八戒は後ろへひっくりかえるような無様なまねを晒すこと
 無く悟空を受け止めた。
 だが、自然と悟空を抱きしめようとした腕は・・・・震えて宙に浮いたまま。
「・・・・八戒?」
「・・・・悟空?本当に悟空なんですか?・・・夢じゃなくて?」
「夢じゃない・・・俺だよ、八戒」
 その言葉に触発されたようにそろりと動いた手が恐る恐る悟空に触れる。
「あぁ・・・・・ああ!」
 触れた暖かさに・・・・たまらず八戒は悟空を力強く抱きしめた。
「悟空・・・・悟空、悟空・・・・!」
 全ての感情を塗りこめて、ただ悟空の名前を呼ぶ八戒に悟空も大人しく抱かれ、八戒・・と繰り返し
 その名を呼んだ。










「これぞ、あるべき本当の再会というべきでは無いか?」
「あはは〜、こぉんな臭いシバイが俺にやれるかっての」
 悟浄の悟空へとった態度への焔の皮肉はあっさりと切って捨てられる。
「・・・芝居?本気のように見えるが・・・」
「いや、あいつ狸だからな・・・ああやって再会劇を演じながら悟空を抱きしめたいだけじゃねぇの?」
「何!」
 再会を見守っていた焔が気色ばむ。
 相変わらず悟空への独占欲は天井知らずらしい。

「どうぞ、悟空。狭い家ですが中へ・・・美味しいお菓子をご馳走しますよ」
 そんなギャラリーに気づいているだろうに一切無視して八戒は悟空を抱きしめていた腕を僅かに
 緩めると白レンガ作りの瀟洒な建物へ誘う。
「お菓子っ!?八戒のお菓子久しぶりっvv
 しっかり餌付けされている悟空は八戒が誘うまま家の中へと入っていく。
「貴様・・・っ天蓬っ!!」
「いや、だからあいつは八戒だって・・・」
 慌てて駆け出した焔の背後から悟浄の突っ込みが追いかけた。








「まさか悟空に会えるとは思いませんでしたからあまり用意は出来てませんが・・・悟空が大好きだった
 カラメルたっぷりプリンですよ♪」
「うわ〜いっ!」
「・・・何故会えるとわかっていなかったのに、あれが用意できるんだ?」
「そこはつッこんじゃいけないところっつーやつだな」
 悟空の向かい側に座った焔の呟きに悟浄が答えてやる。
 八戒に関する不条理は付き合いが長いぶん悟浄には免疫がある。
「おかわりありますからたくさん食べて下さいね♪」
 向かいの二人には茶どころか水さえも出さない八戒は悟空にはミルクティーを出し、自分はコーヒー
 を入れて悟空の給仕に励んでいる。
 ・・・おそらく八戒にとって焔と悟浄は客とは認識されていないのだろう。
 もしくは、視界にさえ入っていないのかもしれない。

「ところで悟空・・」
「んぐ?」
 プリンを頬張ったまま八戒の問いかけに首を傾げる悟空は小リスのように激愛らしい。
「こうして僕のところへ会いに来てくれたということは・・・戻ってきてくれたんですか?」
「あ・・・・・・えと・・・・・・・・・・」
 そういうわけでは無い。悟空は焔の傍から離れる気は無いのだから。
「仕事だ。悟空は俺について来たにすぎん。すぐに帰る」
 漸く会話に参加さえてもらえた焔は、不遜な仕草で八戒に好戦的な眼差しを向けた。
 だが八戒はそんな焔を気にすることなく悟空へ顔を向けたままにこにこと笑っている。
 その笑顔が怖い、と思うのは悟浄だけだろうか・・・・?
「お仕事なんですか、悟空?」
「うん・・俺は、焔が心配で・・・ついて来ただけなんだけど・・・そこで悟浄と会って・・・」
「悟浄?・・・・ああ、どうせまたろくでもないことしてたんでしょう」
「・・・・・。・・・・・・」
 決め付けかい。
 しかし、悟空にしたことがバレれば悟浄の命は無いかもしれない・・・・黙っていようと決意する。
「会えて嬉しいですよ、悟空・・・本当に」
 八戒の手が悟空の頬にのびる。
「もう二度と・・・会えないと覚悟していましたから・・・」
「八戒・・・・・・・・ごめん」
 しゅん、とうな垂れてしまった悟空の頭に八戒の手が優しく触れた。
「謝らない下さい・・・悪いのははっきりしなかった僕たちのせいでもあるんですから。悟空のことが
 誰よりも大事だってわかっていたのに・・・止められなかったのは僕たちなんですから」
「八戒・・・」
「その通りだ」
 再び感動の再会モードになりかけた雰囲気に水を差したのは焔だ。
「本当に大事だったならばその手を放さなければ良かっただけだ」
「焔!」
「ええ、その通りですよ」
「違うよっ違うっ!選んだのは俺だから・・・俺が皆の手を放しちゃったんだ・・・だから、焔!そんなこと
 言うなっ!」
「・・・・・・・・・・」
「あーあ、しっかり尻に敷かれてんね、旦那」
「黙れ」
 漫才のようなやりとりに、八戒が肩をすくめた。
 二人が居る限りどうあっても雰囲気が壊れずにはいられないらしい。

「・・・まぁ、いいでしょう。問題はこれからも僕たちが悟空に会えるのかということです」
「そうそう!」
 合いの手が悟浄から入る。
「俺は会いたい!・・・・・けど」
 悟空が伺うように焔を見上げた。
 今回、悟空が地上に居るのはイレギュラーな事態だ。
 ずっと地上へ悟空が来ることを禁止していた焔が許してくれるかどうかわからない。
「お前は・・・地上に居たいのか?」
 焔の問いに悟空は首を横にふった。
「ううん、居たいんじゃないけど・・・皆に会いたい。俺は焔の傍に居ることを選んだから・・・偶にでいい
 皆に会いたいんだ」
「俺の傍を離れたいわけでは無いんだな?」
「当たり前だろ!・・・焔の傍離れたら何しでかすかわかんねぇもん!」
 悟空の言葉にぷっと噴出す音が二つ重なった。
 それに焔は憮然とした表情を作りつつも、焔の傍を離れないと宣言した悟空が愛しくて溜まらなかった。
「・・・まぁ、偶にならばいいだろう。ただし、そのときは俺も一緒にだ」
「やった!ありがとう、焔!」
 久しぶりに見た、悟空のかげりのない満面に輝く笑顔だった。

「これで、おまけつきではありますが、また悟空と会えるわけですね。まぁ妥協の範囲ではありますが・・・・
 もう一つ問題が・・・」
「もう一つ??」
 首を傾げる悟空に八戒は苦笑し、悟浄が零れるようにぽつり、と一言落とした。





「・・・・三蔵か」










   

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