+ 慈愛 +










 この思いに名をつけるとすれば・・・・





 









「是音〜っ!」
 元気な声で廊下を走ってきたのは、上司の恋人・・と言っていいのか微妙なところだが、
 その人物だった。
「お帰り!怪我は無かった?」
「ああ、大丈夫だ」
「良かった」
「焔はどうした?」
 自分などよりも余程先に悟空に会いに行ったはずだった。
「ん、会ったよ。でもまだ片付けないといけない仕事があるからって、紫鴛に連行された」
「・・・・・。・・・・そうか」
 明るく言い放つ悟空に複雑なものを感じつつ、是音は同僚が無表情で、悟空との再会を
 喜ぶ焔を連れていく姿が想像できた。
 まぁ、確かに紫鴛の行動もわからないではない。
 放っておけば、焔は仕事そっちのけで悟空と一緒に居ることを選ぶのは間違いなにのだから。
「で、暇になったお前はこっちに来たってわけか」
「暇だから来たわけじゃないよ。ちゃんと是音のことも確かめておきたかったんだ!俺だって
 焔ばっかり心配してるわけじゃないんだからな!」
 怒りはじめた悟空の頭にぽん、と手を乗せ『悪かった』と謝るとたちまち機嫌を直してくれた。
「今回はどうだった・・・下界?」
「いや、別にいつもと同じだ。変わりない」
「・・・・・。そう」
 悟空がうなだれる。
 こいつが聞きたいのは、本当はこんなことでは無いのだ。
「・・・あいつらには会わなかった」
 はっと悟空が顔をあげた。
「まぁ、悪い噂も聞かなかったがな」
 途端に笑顔が浮かんだ。
「ありがとう、是音。・・・焔に聞いたら不機嫌になるからさ・・・」
「だろうな」
 あのどこまでも独占欲の強い男は、悟空が自分以外を気にとめることが気に障って
 仕方ないらしい。
 悟空の望むことだから、教えてはくれるだろうが不機嫌になることもまた容易に想像できた。
「お前も苦労するな」
「ん?何で?」
 全く自覚していない悟空に思わず苦笑が浮かんだ。
「焔を・・・待っているだけというのは・・・つらくないか?」
「つらいよ」
 あっさりと言い放った。
「でも、オレを望んでくれたのは焔だから。焔の願いは出来るなら全部叶えてあげたい・・・
 て思う」
「・・・・それは普通、男のほうが言う台詞だぞ?」
「オレは男だっ!」
「あははははっ!」
 冗談を言いながら、俺は少し前に悟空が沈んでいた頃を思い出した。
 普段、元気いっぱいな悟空がふさぎこむと、まわりまで何やら暗くなってくるのだが・・・
 その原因の一端を担う自分たちにはなす術がない。
 もし、などという仮定は意味の無いこととわかっておりながら・・・何故、『あいつら』が
 自分たちと同じ時に存在したのか・・・もし、違うときならば・・・と思わないこともない。
 
 悟空にとって、『あいつら』も自分たちも選ぶ、などという次元に存在するものではないと
 わかっていながら自分たちは悟空にそれを強要した。
 最終的には悟空の意思にまかせたとはいえ・・・・。



「どうしたの、是音?」

     (どうしたの、父さん?)



「是音・・・?」
「・・・あ、いや悪い・・」
 参ったな・・・こいつに死んだ子供を重ねるなんて・・・。
 そういえば・・・生きて育てばこいつのいい友達になったかもしれない。
 
「何か、是音て・・・大人だよな」
「・・・・は?」
 思いがけない悟空の台詞に自分の部屋へと帰ろうとしていた足を止めた。
「だって、焔って結構我侭だし・・・紫鴛も落ち着いてはいるけど、大人っていうのとは
 ちょっと違う気がするし。でも是音はさ・・・オレがどんな話しても、ちゃんと聞いてくれるだろ」
「・・・・・。・・・・・」
 あまりの意外さに、俺は悟空の顔をまじまじと見つめてしまった。
 まさか・・・悟空が・・・馬鹿だとは思っていなかったが・・・だが、天真爛漫としか言いようの
 ないこいつがそこまで考えていたとは・・・・純粋に驚いた。

「そんなに驚かなくったていいじゃん・・・」
「いや、驚いた・・・」
「見た目はこんなだけど、俺だって・・・500年以上生きてるんだよ?」
「ああ、わかってる・・・・頭ではわかってたんだが・・・・」
 500年・・・神にとっては瞬きの如くの時間でも、それが岩牢の中でとあれば、また別だろう。
 悟空がそこで何を考え、何を思い、何を絶望したか・・・それは誰にも想像できないことだ。

「・・・実は一番大人だったのは、お前だということか」
「ホントっ!?」
 悟空の顔がきらんっと輝いた。
「オレ、そんなこと言われたの初めてだ!いっつも皆、ガキ扱いして・・・オレが不機嫌なときは
 うまいメシで釣ればすぐに良くなると思ってんだから!」
「・・・・違ったのか?」
「・・・・・。・・・・違う!」
 その微妙な間の沈黙が、どうかとは思うのだが。
「・・・なら、これはいらないか」
「えっ!?」
 是音は下界から密かに悟空の土産用としてくすねてきていた肉まんの包みを懐から
 取り出す。
「肉まんだっ!」
「残念だな・・・せっかく持って帰ったんだが・・」
「いるっ!いるいるっ!食うっ!!」
 それのどこが食い物に弱くないと言うのだろうか?
 是音は笑いながらまだ暖かいそれを悟空に差し出したのだった。





























「是音、気を散らすな」
 すぐ傍で聞こえた焔のきつい声音にはっと、是音は我にかえった。
「油断すれば足元をすくわれるぞ?」
 らしくない様をさらした是音を、焔がにやりと笑う。
「あ・・・あぁ。すまん」

 いったいどうして思い出したのか。
 扉一枚で敵を隔てたその場所で、是音は先ごろの悟空とのやり取りを思い出していた。


「大した妖怪では無いが、手を抜くと痛い目をみるからな・・いつかのように」
 とは言うものの、闘神である焔と互角の勝負ができる妖怪など下界には存在しない。
 だが、焔はいつも真剣だ。
 何しろ、一刻も早く面倒な仕事は片付けて、天界の悟空の元へと帰りたいのだから。
「おう、わかってるよ。大将」
 是音も改めて愛用のマシンガンを構える。
 焔ほどではないが、是音とて今の環境は十分に気に入っている。
 






 この思いに名をつけるとすれば・・・









「・・・・なんだ?」
「どうした?」
 焔が何かを感じたように背後を振り向く。
「いや・・・」
 焔が首をかしげたその瞬間・・・・




 一迅の風が・・・・・姿を纏った。






「「・・・・・・・・・悟空!?」」

 同時に叫んだ。























 この思いに名をつけるとすれば。
 それは・・・・・



『慈愛』
 
 慈しみ愛しむ。
 そんな言葉が、当てはまるのかもしれない。









   

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是音の悟空への思いは、父性愛に
近いような気がするんですよね・・・
どんなものでしょう?







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