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渡さない・・・誰であろうと
















 赤柱(スタンレー)に向かってジープを走らせていた三蔵たちは、前後左右を黒塗りのいかにもな
 車に囲まれていた。
 絶妙な間を取り、三蔵たちを誘導していく。
 ジープに乗っているのが三蔵と八戒なら少々の荒事はやってのけただろうが、あいにく今は
 悟空という荷物がある。

「どうします、三蔵?」
 このままでは捕まるのも時間の問題である。
「・・・・排除する」
 三蔵は揺れる車体の上に身を乗り出すと、背後の自動車のタイヤを銃撃した。
 きゅるるっと甲高い音を立てて回転しながら、遠ざかる車。見事な射撃の腕だ。
「・・・どうせならもっと早くしてもらいたかったですね・・・」
 言ってもせんないことながら、言わずにはいられなかった。
 それでもまだ周りは囲まれている。すぐさま応援がかけつけるだろうから、早々にこの包囲網
 から突破しなければならないのだが・・・。
「このぶんだと悟浄も危なそうですね・・・囮にもならないなんて、向こう三ヶ月給料カットです」
 悟浄が聞いたら滂沱の涙を流しただろう。
 もちろん、悲しくて、だ。
「ふん半年でもいいくらいだ」
「それもそうですね〜」
 悟浄の知らないところで、不幸は水増ししていく。
「ま、それはともかくとして」
「当てろ、向こうはこっちにこのガキが乗ってることは知ってんだ。そうそう無理は出来ないだろ」
「それはこちらも同じなんですけど・・・・・・・しっかり捕まえておいてあげて下さいね!」
 八戒はハンドルを思いっきり右にまわし、黒塗りのベンツにぶつけた。
 かなりの衝撃がきたが、驚いたあちらが多少引いたため被害は少ない。
 悟空を傷つけるな、と焔から命令が出ているのかもしれない。あの溺愛では十分考えられる。
「次は左ですよっ!!」
 嬉々とした八戒のハンドルさばきは鮮やかだ。一見誰よりも温厚そうに見えて、実は誰より
 激しい八戒である。
「たかがジープと舐めないで下さいよっ!!」
 右へ左へタイヤを鳴かせながら八戒はハンドルをまわし、ベンツをどつく。もうどこから見ても
 立派な暴走運転にベンツも引き気味に見えた。

「八戒、左だ」
「はいっ」
 直角カーブを大きくふられながら曲がりきる。
 後方の黒ベンツは何台か戦線離脱したようだが、まだしつこくついてくる。
「これは・・振り切れないかもしれませんね」
 さすがの八戒にも焦りが出てくる。
 香港は狭い。これほど激しいカーチェイスを繰り広げているというのに、まだパトカーは一台も
 現れてない。焔の圧力だろうが・・・いったいどこまでこの子供に執着しているのか。
 何故、それほどに執着するのか。

「八戒、上だっ!」
 バラバラバラッというプロペラ音と共に、ヘリが一機、ジープに向かって急降下してくる。
「上からくるとは・・・っ」
 開いた扉から自動小銃がのぞく。
 八戒が左にハンドルをきった。
 ジープの軌跡を銃弾が追う。
「撃ちますか?普通!?」
「・・・普通じゃねーんだろ。ジープを捨てて港まで行く」
「・・・仕方ありませんね」
 八戒は細い路地にジープを突っ込むと、素早くおりたつ。悟空を抱えて、と見れば三蔵が先に
 肩に抱えておりていた。

 (・・・珍しいですね・・・面倒なことは他人にまかせるのに・・・)

「こっちだ」
「はい」
 二人と・・荷物一人は港に向かって走り出した。
























 薄汚い、今にも沈みそうな小船が並ぶ桟橋に三蔵たちは現れた。
 時間帯か、元々使う人間も居ないのか人の気配は無い。

「三蔵・・・」
 いくら何でも日本までこの小船で行くには無理がある。
「ちっ、河童はまだ来てねぇな・・・別に日本までずっとこれに乗っていくわけじゃない」
「それを聞いて安心しました」
「・・・安心するのは少しばかり早いようだな」

 背後に二つの影があった。

 焔とその腹心、紫鴛。
 二人の手にある銃口はまっすぐに三蔵たちへ向いていた。

「どうやら、ゲームオーバーのようだな」
 余裕の笑いを浮かべ、隙なくゆっくりと三蔵たちに近づいてくる。
「まさか悟空を傷つけてはいまいと思うが・・・貴様らの狙いは何だ?」
「・・・つまらん質問だ」
 悟空を背後におろし、三蔵は振り向いた。
「・・・・っお前は・・・・なるほど・・・・・」
 何を納得したのか、焔はいかにも愉快だとばかりに笑い声をたてた。
 三蔵は不愉快そうに眉をしかめる。
「なるほど・・・『天竺』か」
「・・・あるべきものをあるべき場所へ当然でしょう?誘拐犯にはわからないかもしれませんが」
「そう全くその通りだ。けだし名言だな、『あるべきものをあるべき場所へ』・・・つまり、悟空の
 あるべき場所は、この俺の所ということだ・・・・悟空は返してもらおう」

「そう思ってるのはてめーだけだろうが。このショタ野郎」
「ダメですよ、三蔵・・・そんな本当のことを言っては」
 絶体絶命の危機に瀕しているというのに、どこまでも二人は『らしかっ』た。

 だが、焔はその言葉に怒るどころか哀れむような視線さえ向けて、左手をあげた。
 周囲からガラの良くない連中が現れる。

「悟空の価値がわからない奴に、俺から悟空を奪う資格はない」
 
 焔の合図に男たちが一斉に三蔵と八戒に襲いかかった。
 あまりに多勢無勢すぎる・・・いくらどちらも人並みはずれた能力を持っていようとも。
 しかも今は悟空を背後にかばっている。

 
 そこへ水飛沫をあげて船が近づいてきた。

「悟浄様の登場だぜっ!」

「悟浄っ!・・・・・遅いですよっ!!」
 八戒の言葉に船が揺れた。
「・・・ったく、救いがいの無い奴らだな・・・・いいから早く乗れよっ!」
「言われるまでもありませんっ・・・・三蔵っ!」
「悟空を抱えて先に乗れっ!!」
 三蔵は男たちに向かって牽制の銃弾を放っている。

「どうやら、是音がしくじったようですね・・・焔」
「・・・後はまかせる」
 焔は悟浄操る船に向かった、中国服の裾をなびかせ・・・・桟橋から飛び移った。
 操縦席に居る悟浄へ銃口を向ける。

「貴様らに・・・悟空は渡さん」
 狂気さえ感じる焔の声に、悟浄も、悟空を抱える八戒も一瞬動きを止める。


 ガウンッ!!
 ガウンッ!!



 二発の銃声が響いた。
 一発は船のメーターに当たり、後の一発は・・・・焔の腕を切り裂いた。
 桟橋からの三蔵の一発だ。


「くっ・・・・・・・・・・悟空っ!!」
 バランスを崩した焔が、叫ぶ。
 左腕からは血が流れ、白い絹地を赤く濡らしていく。







「悟空っ!」

 空気さえ裂くほどの、叫び声に・・・・・・・暗示で眠らされていた悟空の目が開く。
 ゆっくりと。





「・・・・・・・・・ほむ、ら?」
 その姿を視界に入れた悟空が、ぽつりと呟いた。ぼんやりとした瞳は、おそらく何が起こって
 いるのか全くわかっていないだろう。

「悟空・・・・・・・・来い」
 そんな悟空に焔は満足そうに笑い、手を差し伸べた。
 その手に誘われるまま悟空は八戒の腕からすり抜け、焔に向かって走り寄る。
「・・・っ悟空っ!」
 延ばした八戒の手は寸前で、届かない。
「悟空っ!」

 胸に飛び込んだ悟空を強く抱きしめ、焔は後ろへ飛んだ。

「「・・・・・・・・・なっ!?」」

 焔は人を一人抱えているとは思えないほどに、軽やかに宙を舞った。
 そして・・・・


「・・・ぎりぎり間に合ったぜ、大将」
 滑り込んだ是音の船、甲板に着地した。

 その様子を唖然としてみていた八戒と悟浄の船が揺れる。
「何をぼうっとしてやがるっ!撤収だ!」
 桟橋から乗り移った三蔵が命令する。
「でも悟空が・・・っ」
「撤収だ」
 低く感情を抑えた三蔵の声が繰り返す。
「・・・・・・・りょーかい」

 苦い思いを残して、三人は逃げ出すしかなかった。





  


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先を考えてないもので、悟空が
あっちいったり、こっちいったり(笑)
我ながらどうやって収拾つけようかと不安です(おいっ)