≫10 宝玉
価値など、関係ない
ただ、お前が傍に在ること
それだけで
満たされる
ぽつん、と海に浮んだ小船が波に揺れるまま漂っている。 甲板からは一筋の煙が流れ、それを辿れば陽光を受けてきらめく金髪の人間に着く。 まんまと悟空を焔に取り返された三蔵たちは、何をするでもなく各々好きなことをして 過ごしていた。 和気藹々とはほど遠い関係ながら、お互いの性格は嫌というほど知り尽くしており、今の 三蔵がどれほど苛立っているのか八戒も悟浄もよくわかっていた。 けれど三蔵がこのまま引き下がるわけが無い、とも思っていたから三蔵が次の行動へ 移す気になるのを待っているのだが。 「・・・ちっ、おせーんだよ」 「は?」 唐突に呟かれた三蔵の言葉に同じく口に煙草を咥えていた悟浄が首を傾げる。 拍子に煙草を取り落としそうになり慌てる姿を見て、八戒が馬鹿ですね〜と笑った。 「迎えだ」 見れば、三蔵の視界の先に・・・・何かが近づいてくる。 小さい影は、近づくにつれてどんどん大きくなっていく。 クルーザーというには大きすぎ、客船というには小さな(という表現は違和感ありだが)船が 三蔵たちの乗った小船にゆっくり近づき、止まった。 いっそ清清しいほどに、何の飾りも文字も無い白い船。誰のものなのか、何を用途としたもの なのか、その外見からは一切わからない。 「どうもお待たせしました。皆さんお揃いですね」 見上げる三人に、場にそぐわあい明るい声が下りてくる。 「・・・・・・・」 「・・・・・・・」 天竺グループ、天蓬”元帥”だった。 「今からハシゴを下ろしますから。倦簾、さっさとして下さい」 「へーへー」 背後から気だるげな応答が帰ると、ぱさっとハシゴが下りてきた。 さて、どうしたものかと事態を今いち把握できていない八戒と悟浄の前で、三蔵は当然の ごとく、はしごを登りはじめた。 「・・・・何なわけ?」 「僕に聞かないで下さい」 困惑する悟浄の問いを冷たく叩き落した八戒は、三蔵に続いた。 軽く肩をすくめた悟浄も、はしごに手をかけた。 「悟空は、と問うまでも無いな」 「・・・・・・」 船内の応接間とも呼べそうな部屋、向かいあうソファに書けた金蝉が淡々と口にした。 あと少しというところで油断し、焔に掠め取られてしまった三蔵たちに反論する言葉は無い。 だが、それでも。 「・・・・あいつには何がある?何故あそこまであいつが執着する?」 行方不明の少年の捜索、それだけでは終わりそうに無い何かがある。 こうして天竺グループ総帥がわざわざ出向いてくるなど、尋常では無い。 「こちらの事情だ、お前たちに話す必要は無い」 「てめ・・っ」 突き放した金蝉の言葉にいち早く反応したのは、悟浄だった。 しかし、それを八戒が制する。 「ええ、確かにそちらの事情でしょう。ですが、こちらとしてもある程度のことを話して頂かない ことには準備もままならないんですが」 表面上はにこやかでも、八戒の目に浮んでいるのは冷たい光。相当に腹を立てている証拠 だ。こういうときの八戒は触らぬ神にたたりなし。 「そういう”事情”を省いても、依頼を遂行できるということであなたがたを選んだんですが。 見込み違いでしたか?」 「・・・・・・」 天蓬と八戒の間で火花が散る。 どちらも笑顔なだけに、恐ろしさは一層倍増している。 「・・・わかった。事情はいい。問題は依頼はまだ生きているのか、てことだ。ここまでてめぇら が出てきたってことは、てめぇらで何とかする気になったってことだろうが」 「そうだな、ここでうだうだ言っていても仕方ない。依頼は生きている。お前たちには悟空を 焔から救い出してもらいたい。俺たちが表立って動くことは出来ない。・・・が、こうして手を 貸してやることは出来る」 それもそうだろう。日本のみならず世界に君臨する金蝉グループのトップがたかが子供 一人にわざわざ出向くとなると、色々と勘ぐる連中も出てくるだろう。 確か金蝉は独身。それが本当ならば・・・悟空はいったい彼にとってどういう関係なのか。 気にならないと言えば、嘘になる。 「一つだけ」 八戒の言葉に視線が集まる。 金蝉は、言ってみろと視線で促した。 「あなたにとって悟空は・・・・・・・・・・どんな存在ですか?」 「・・・・・唯一無二」 短くとも、それだけで十分だった。 |
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