≫4 連鎖
「・・はっかい?八戒て言うの?」 金色の瞳でじっと見つめられ、八戒はらしくもなく動揺した。 だが、そんな八戒の動揺も知らず、目の前の子供はにこりと笑う。 「きれいな目だね」 「・・・ありがとうございます」 心のどこかが痛みを訴えていた。 **************************** 「どうやら悟空に気に入られたようだな。支配人として雇おうと思っていたが・・・・ どう思う、悟空」 直立不動の姿勢で目の前に立っている八戒を焔は支配者の椅子から指しながら 横に立つ悟空へ問いかけた。 「うん!八戒ならぴったりだ!なぁなぁ、八戒は料理できる?」 「ええ、人並みには・・・」 控えめに笑うが実際のところ八戒の料理の腕はそこらの料理人が束になって かかってきても叶わないほどの腕前だった。 そのことはすぐに証明されるのだが・・・。 「では採用しよう」 焔は八戒の履歴が書かれているらしい書類を机の上にぱさりと落とした。 「ありがとうございます」 その履歴は八戒が一週間がかりで作り上げたもので、そう容易く見破られる ようなものではないが、蛇の道は蛇。何事にも用心してかかるにこしたことは 無い。・・・特に目の前の男は生半可なことで騙されるような人間では無い。 「ここの店は他の店とは少々違う」 悟空を外に出した焔は改めて八戒へ向き直った。 「この店は、俺があの悟空のために作った店だ。よって、お前は悟空の望む通り にこの店は動かしていってもらわねば困る。悟空の我侭、望むことは全て叶え なければならない。もちろん、手に余ることに関しては俺に直接言ってきて貰え ばいい。出来るか、お前に?」 「・・・ご期待に沿うように・・・」 「いい返事だ。それから・・・一つ注意しておこう」 「はい」 「悟空に惹かれるのは構わない。だが、手を出そうとは思うな。あれは・・・悟空は その血の一滴まで俺のものだ」 焔の浮かべたその笑みがあまりに凄惨で、八戒は無言のままに頷くしか無かった。 「八戒!今日は何〜っ?」 悟空がカウンター越しに顔を出す。 八戒はそれに微笑みながら、蛸麻婆春雨と海老焼売だと答える。 そんな姿もこの店ではお馴染みのものとなってきた。 「やったっ!」 八戒も悟空が来る時刻にあわせてそれらを作り出来たてをテーブルに運ぶ。 悟空がこの店に来る時はいつも焔が一緒で席も決まっている。 そのまま店を出て行くまで焔が居ることもあるし、途中で居なくなることもある。 その場合も悟空は決して一人になることは無く、焔の腹心である紫鴛か是音の どちらかが付き添っている。 八戒にとっては何を考えているかわからない紫鴛よりは明るい是音のほうが いいのだが、悟浄あたりに言えば同族嫌悪だろうと言われるところだ。 とりあえず、本日のところは焔はおらず是音が悟空と共に席についていた。 「いただきま〜すっ!」 悟空は手を合わせ、箸を握る。 「ったく、どいつもこいつも悟空に甘すぎるぜ」 「是音さんには言われたくないと思うんですが・・・」 是音だって十分悟空を甘やかしている。 「それに僕は悟空が美味しいと言って食べてくれるのが何よりも嬉しいですから」 「あんたも相当変わってるな。この腕なら十分表で料理人としてやっていけるだろうに 何もうちで働かなくても・・・」 「・・・僕は大勢のために働くのは性に合わないんです。こうして向き合って、幸せ そうに食べてくれるのを見られるだけで嬉しいんです」 「・・・そうか。余計なことを言ったな」 「いいえ・・・」 是音も八戒の作り上げた履歴を見ているだろう。 全てが真実とは言わないが、それに近いことを書いておいた。 八戒が表に出られない訳は・・・よくわかっているのだろう。 「本当に悟空は・・・・いい子ですよね」 「・・・まぁな」 そっと視線を反らした是音の目には罪悪感がよぎっていた。 八戒はそれに気づかぬふりで、悟空の頭を撫でる。 「もうっ!子供扱いすんなって!」 そうは言っても悟空はまだまだ子供といっていい年齢だ。 懸命に背伸びをする様は微笑ましいが、食べ物を頬張ったままというのは子供扱い されても仕方が無い。 「悟空、子供であることは別に悪いことでは無いんですよ。誰だって子供から大人に 成長していくんですから・・・」 「・・・八戒て何か・・・・・・・っ!」 悟空の手から落ちた箸がかしゃんっと音を立てる。 「悟空!?」 「悟空・・どうしたんですか!?」 「な、ん・・でも・・・・無い・・・・っ大丈夫・・・」 突然頭を押さえ、体を抱え込むように丸くなった悟空に是音と八戒の慌てた声が 掛かる。 悟空の額には大量の脂汗が浮いていた。 「大丈夫・・・すぐ・・・おさまる、から・・・ただの・・・頭痛・・・是音・・・っ」 「あ・・・ああ」 我にかえった是音が懐から出した錠剤を悟空へ飲ませる。 八戒はタオルで汗を拭いてやり、少しでも楽になるようにと服の衿を緩めてやった。 「いったい・・・・」 今まで悟空のこんな姿を見たことが無かった八戒は何事かと是音へ視線を向ける。 「いや・・・大事ない。ただの頭痛だ・・・・どうせ、焔が無理をさせたんだろう」 「・・・・・そうですか」 いったいどんな『無理』なのかは聞かずにおいた。 その後悟空はけろりと元の元気な様子を取り戻し、八戒が並べた料理を全て平ら げてしまったが、大事をとってということで是音と悟空は早めに店を出て行った。 「・・・本当に大事なければいいんですが・・・」 八戒の顔には不安が浮かんでいた。 「あれ?八戒はどうしたよ?」 香港のどこにでもある、普通の宿の一室で新聞を開いている三蔵に悟浄が声を 賭けた。 その新聞は英字では無く、広東語でこいつはそんなものまで読めるのかと少々 驚いたことは脇に置いておくとして・・・。 「誰かがとろとろしてるからな、先に潜入した」 「・・・マジ?」 「お前相手に嘘をついてどうする?・・で、お前は何か掴んだのか?」 「黒天について探りいれてみたんだが、ちょっと面白いことを聞いた」 「何だ?」 「焔が実は香港人じゃなくて・・・日本人だっていう噂」 悟浄はにっと笑った。 |
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本当は悟浄のほうへ潜入させる予定だったのに
八戒に先をこされてしまった・・・(笑)