≫2 魔都
「・・・・確かに似合わねぇ車に乗ってんな」 去り行く金蝉と天蓬の乗ったピンク色した軽四を見ながら、二人がやって来たときの 八戒の言葉を思い出して悟浄は同意した。 「たぶん、目立たないようにでしょうね」 「逆に目立つような気もするけどな」 窓際から離れた悟浄はジュラルミンケースの脇にある名刺を手に取る。 「肩書きも何もねぇのな」 そしてジュラルミンケースを開けた悟浄はひゅぅと口笛を吹いた。 「こんな大金ぽんっと置いて行った客は初めてだぜ」 「・・・一億はありますね」 「太っ腹」 封印された人束を手に取ろうとした悟浄はべしっと打ち払われる。 「触れるな、ゴキブリ」 「あぁ?何だと?」 「八戒、あいつらの素性はわかっているんだろう?」 気色ばむ悟浄を三蔵は無視する。 「ええ、名前だけしかしか知らなかったんで顔を見て驚きましたけど・・・まさか三蔵の 血縁なんてことありませんよね?」 じろり、と菫色の目が八戒を睨む。 意味するところは「当然だ」、というところだろう。 「おそらく、日本有数・・・いえ、世界でもトップレベルに入る大企業、『天竺グループ』の 金蝉総帥だと思いますよ」 天竺と言えば軍需産業以外ならばどこでもその名を聞くことが出来る巨大な組織で 噂によると市場の値は天竺の動き次第で決まるとまでいわれている。 「その総帥がわざわざこんなところまで足を運ぶというのは・・この少年は余程重要な 人物なんでしょうか・・・」 写真で見る限り、人畜無害の可愛らしい少年だ。 「そんなことはどうでもいい。依頼を受けたんだ。八戒、すぐにビザを手配しろ」 「おお、いつになく素早い動き」 悟浄の一言は三蔵の鋭い一瞥で止められる。 「てめぇは先に行ってろ」 「はぁ!?」 「俺たちが行くまでに何か情報を掴んでおけ」 「おいっ・・・!」 それだけ悟浄に言った三蔵はもう用は済んだとばかりに去っていく。 「おいおいおい・・・」 「じゃ、明日には香港へ行けるように用意しておきますね、悟浄♪」 「・・・・拒否権は無し、てわけね・・・」 疲れたようにずりずりとソファへ沈んでいく悟浄を八戒は笑う。 「かなり厄介な仕事になると思いますから覚悟しておいたほうがいいですよ」 「・・・・・・・・・・・・・・了解」 国を超えると警察は役に立たなくなるとは言ったが、天竺グループほどになれば、 たかが子供一人と言えどICPOを動かすことさえ可能なはず・・・・ それがこんな場末の一探偵社に依頼を持ち込むなど尋常では無い。 「香港か・・・・」 そこに何かが、ある。 東アジアのイギリス領、香港は1997年に中国へと返還された。 資本主義と共産主義の拮抗。 当時は中国がどのように香港を扱うのかどの国も危惧したものだが、表面上は何も 変わらぬように見えた。 多くの人間にとって、治めるものがイギリスだろうが中国だろうが、首が見知らぬ誰か にすげ変わったただけ。 それが害になるか益になるか・・・手足は考える術を持たない。 しばしの時を待たねばならないだろう。 そして、ここにも拘らない人間が一人。 「聞いてくれって!香港って美人な姉ちゃんばっかなのな!もう俺にとっちゃぁ天国! 美人の膝枕で寝た日にゃぁもう死んでもいいって感じ?」 情報交換のためにホテルの一室で合流した一同は、先に潜入していた悟浄に 話を求めたのだが・・・・。 「なら、ここで死ね」 チャキッと悟浄の眉間に銃口をつきつけた三蔵の目は本気だった。 「あ、情報聞いてから殺して下さいね」 「・・・・俺って・・・・」 ホールドアップした悟浄は二人の自分に対する扱いに改めて涙した。 「殺されたくなかったら早く話せ」 まるで脅しだ。 だが、そんな口調には悟浄だって慣れている・・・・悲しいことだが。 「ん〜、かなりヤバイ感じ?」 悟浄は一枚の写真を二人に示した。 撮った場所はどこかのナイトクラブなのだろう、望遠のためわかりにくいが中央に ある二つの人影の一つが依頼されていた子供らしい。 問題はその構図。 全身を黒に身を包んだ男の膝の上に抱きかかえられるように座っている。 「これ撮るだけでも結構苦労したんだぜ」 ガード厳しいの何のって・・・とまた悟浄が無駄口を叩きはじめるのを遮って三蔵は 写真の中の男を指差す。 「こいつは誰だ?」 「堅気の方には見えませんが・・・」 「ご名答。今この香港で一番ヤバイって言われてる組織の頭。名前は焔、だったか。 んで、少年はそのお気に入り、らしい」 「それってもしかすると・・・・売られちゃってた、ていう話ですか・・・?」 「そこまでは調べられなかったんだけどよ・・・半年くらい前から傍において放さないって 話だったな。綺麗なお姉さん方に言わせるともう溺愛て感じ?いや、もう嫉妬めらめら でこっちとしては願ったり叶った・・・あ、いえ何でもありません」 八戒の微笑に不穏なものが含みはじめたのを見てとった悟浄は口をつむいだ。 「ちょっと厄介なことになりましたね、三蔵。どうします?」 「・・・・・・・」 銃身を懐に戻した三蔵はしばし思案するように眉間に皺を寄せる。 「八戒、その組織について詳細を調べろ。河童、てめぇはその焔ってやつの行動先を 探れ。ガキを連れ出すチャンスも含めてな」 「おいっ、誰が河童・・・っ」 「わかりました、2,3日はかかりますよ」 「構わん」 悟浄の抗議は二人諸共に無視される。 「三蔵はその間どうするんです?」 「・・・・寝る」 「おいっ!」 冗談なのか本気なのかわからない三蔵の言葉に悟浄か気色ばむ。 「俺のことは構うな。てめぇらは自分の仕事をしろ」 「・・・・わかりました。ですけど、くれぐれも一人で暴走しないで下さいね、三蔵」 「・・・・・・・」 視線だけで人を殺せそうな三蔵の睨みも八戒には何の効き目も無い。 「・・・・・わかっている。さっさと行け」 不承不承にも頷くのだった。 香港の夜景は美しい。 陳腐な言葉で表せば、『百万ドル』の夜景とでも言っておこうか。 だが、闇を見つめる三蔵の視線にそれらの景色は全く映ってはいない。 いや、香港の夜景だけではなく、三蔵にとってこの世の何もかも全てがどうでもいい 意に介さぬ存在だった。 そんな三蔵が何故探偵などという仕事を手がけているのか・・・・。 「ちっ・・・香港か・・・」 小さく舌打ちした三蔵は吸っていたマルボロを灰皿に押し付けると、部屋を出、ホテル からその身を闇へと消した。 店内は最小限の光源が、天井から下がる豪華なシャンデリアによってもたらされ、 薄暗く、独特の雰囲気を醸し出していた。 流れる静かなクラシックの音楽はプライバシーを守るために、それぞれの顔が見えな いように配置された革張りの椅子の上の客たちの会話に華を添える。 香港でも有数の高級ナイトクラブの一つであるここは、入店にはボディチェックが必ず 行われ武器の所持など許されない。 また、一見の者も入り口で追い返される。 観光客などもっての他だ。 そんな店内の最奥、VIPのために用意された個室に四人の人影がある。 一人は、テーブルの上に並べられた豪華な食事を一生懸命に食べている子供に 柔らかな視線を注ぎ、残る二人は何をするでもなく酒とウーロン茶を飲んでいる。 薄暗い店内の中、なかなかはっきりと顔を見ることは出来ないが、子供から目を 放さない男の整った容貌はそれでも際立っていた。 すっと通った高い鼻梁と形のいい唇、特に目をひく金と青のオッドアイの瞳は、男を 知る人間ならば誰もが不吉と呼んで恐れるものだ。 敵を切り裂く鋭い光をたたえたその瞳も、しかし今は甘やかなものにとって代わり、 ただ愛しそうに子供を見ている。 「悟空、美味しいか?」 男の言葉に口一杯に食べ物を詰め込んだ子供・・・悟空は言葉で返すかわりにこく こくっと首を縦に振ってみせる。 男はそんな仕草まで愛おしいとばかりに目を細めた。 「良かったな。この店はいい料理人を置いているらしい」 以前、見た目こそ美味しそうだったが中身は食べられたものではない・・・とそんな 料理を男に出した人間が居たが翌日には身元不明の遺体として港に浮かんでいた、 という嘘か真か・・・おそらく限りなく真実に近いであろう事実を知っている店内の人間 が、もしその言葉を聴いていたら安堵に肩をおろすどころか腰を抜かしていたかもしれ ない。 「それはいいが・・・いったいいつまで食うつもりなんだよ」 一時間前に来店してからひたすらに食べ続ける悟空に、すでにバーボンのボトルを 半分にした男のあきれたような声がかかる。 「ん・・ごくっ。えーと・・あとこれだけ!」 山と積み重なった向こうにデザートが・・・杏仁豆腐に胡麻団子、ライチシャーベットに アイスクリーム・・・その他もろもろが並んでいた。 「・・・・それだけの量がその体のどこに入っていくのか・・・・まさに人体の奇蹟だな」 「そうかなぁ・・・?」 「遠慮しなくていいぞ、悟空。足りなければいくらでも頼め」 「いくら俺でもこれだけ食べたらお腹一杯だって。焔もいる?」 悟空は焔に一口サイズに着られたメロンをフォークに突き刺して差し出す。 「有難く」 焔は悟空の腕を掴むと差し出されたメロンではなく、悟空の頬についていた生クリーム を舐め取った。 「確かに美味しいな」 「・・・・・・・」 顔を真っ赤にした悟空は、ふいっと焔から視線をそらした。 「あのなぁ・・・人目をはばかれよ・・」 「十分はばかっている。そうでなければこのまま悟空を押し倒している」 「・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・」 もう勝手にしてくれ、とばかりに男は肩をすくめた。 「焔、そろそろ時間です」 それまで沈黙していた男が静かな口調で焔を促す。 「ああ、悟空。今夜はちょっと用事があって一緒に居てやれないが、是音をつけておく。 あまり遅くならないように家のほうへ帰っておけ」 「うん。・・・おやすみ、焔」 軽く触れるだけのキスをして、焔は一人の男を伴い店内を出て行った。 |
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シリアスどころか・・甘々じゃん・・・(笑)
いや、きっとこれからシリアス・・・
・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・おそらく。