#Y  韜晦 










『目覚めよ』

『目覚めよ  大地の愛し児よ』


『大いなる運命を握りし 吉凶の源よ』




























 ぼんやりと目を開いた悟空の目に入ってきたのは複雑な文様が描かれた天井だった。
「・・・・・・・・」
 
(・・・こんなの見たことねぇ・・・・・・)
 まだ夢の中にいるような心地の悟空が再び目を閉じようとしたところへ声がかけられた。


「起きたのか?」
「・・・・っ!?」
 傍に誰もいないと思っていた悟空はその声に驚き、飛び起きた。
 声がかけられたほうを向けばそこには・・・・・見知らぬ顔が。

「・・・・・・あんた、誰?」
 思わず問いただした悟空にその人物の顔が”凶悪”といっていいほどゆがんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何をぼけてやがるっ!!このバカ猿がっ!!」
 バコォォォッッッ!!!
「・・・っ☆!!」
 その人物は不機嫌な顔を崩さず悟空の頭を一撃した。
 あまりの痛さに星がとぶ。
「・・??・・・・・!?・・・・・!!・・・・??」
 いったいどうして殴られなければならないのか全くわからない悟空はその人物の顔を見ながら
疑問符を浮かべつづけた。
「あぁ?まだ思い出せないのか?」
 ここで頷けば確実に再び殴られるに違いない。

(・・・・・どうしよう・・・・・)

 そのとき、途方にくれる悟空の脳裏にきら星のごとく単語が浮かんだ。




「・・・・こんぜん・・・・・・・・・・・・・金蝉だっ!!」
 どうして忘れてなんかいたのだろう。
 大好きな・・・大好きな人なのに。

 そんな悟空を金蝉はようやく目が覚めたかと睥睨した。
 その拍子に金蝉の髪が肩から流れ落ち、きらきらと輝く。

(・・・きれー・・・・・・・)
 思わず手を伸ばした悟空は、掴んだと思った瞬間に再び先ほどの衝撃を受けた。
「・・・っっ!!!!」
「引っ張るんじゃねーっ!!起きたんならさっさとメシを食え」
「・・・ッ痛〜っ!!金蝉のばかーっ!!」
 頭に手をやった悟空は・・・・・違和感を感じた。
「・・・・あれ?何だ、これ??」
 悟空の額に何かがある。
 ぴったりと悟空の頭にはまったそれをとろうとして金蝉に止められた。
「それは取るなと言っただろうが。ったくお前は記憶力も猿並だな」
「・・・え?そんなこと言ったけ・・・・・?」
 思い出せない。
 そんな悟空に金蝉は深い深いため息をつくと、口を開いた。
「それはこの天界でお前の身分を保証するものだ。迷子になりたくなけりゃあ外すんじゃねぇ。
わかったな?」
 ずずっとせまられて悟空は思わずこくりと頷く。
「二度と言わないぞ」
 それだけ言うと金蝉は部屋を後にする。
「あっ!待ってよっ、金蝉!!」
 慌てて立ち上がった悟空は金蝉の背中を追った。









 広間に並べられた食事を見ると悟空は欠食児童のように片っ端から手をつけた。
「・・・おい」
 はぐはぐはぐはぐっ。
「・・・おい」
 はぐはぐはぐはぐはぐっ!
「・・・・・・」
 今の悟空には何を言っても無駄なようだ。
 人並みに食事をとった金蝉はいまだに食べつづける悟空を置いて席を立った。

「金蝉っ!!」
 その気配に気づいた悟空が皿から顔をあげて(食べカスが口のまわりに容赦なくついている)
名を呼ぶ。
 ・・・・・・・・・・不安な揺れるまなざしで。
「・・・仕事があるんだよ」
「・・・仕事?」
 ことり、と首を傾げた悟空に金蝉は近寄るとナプキンをとり悟空の口のまわりを拭いてやった。
「ありがと♪」
「くだらねー書類に判を押さなきゃなんねーんだよ。邪魔するなよ」
「えーっ、傍にいたら駄目なの?」
「邪魔だ。どうせお前は静かになんてできねーんだからな」
「静かにしてるっ!!」
「無理だ」
「無理じゃねーもんっ!!」
 悟空はいいって言うまで絶対に離さないぞーっと言う思いをこめて金蝉の服の裾をぎゅっと
握りしめた。
 金蝉は眉間に皺をよせ舌打ちしたが、その手を振り解こうとはしなかった。
「・・・・煩くしやがったら速攻叩き出すからな」
「・・・っうんっ!!」
 悟空は嬉しさに顔を輝かせた。
 いつだって一緒にいる金蝉と一時といえど離れているのは不安だった。


 ・・・・・・・・いつも?


「・・・あれ?」
 金蝉は仕事が忙しくていつも悟空と一緒にいるわけではない。

( ・・・・・・どうしていつも一緒だなんて思ったんだろう・・・・???)

 しきりに首をひねる悟空の襟を金蝉が掴んだ。
「何をしてやがる。置いていくぞ」
「えっあっ!待ってよっ!!」
 そして悟空の疑問は頭から消えた。









 椅子に座り、じっとすること5分・・・・・・・・・悟空はすでに退屈だった。
 しかし、金蝉と煩くしないと約束したからには静かにしていなければならないわけで・・・・・・
 手持ち無沙汰な悟空は窓の傍に椅子を持ってくると、そこから外を覗いた。

 空には紫雲がたなびき、大地には花が咲き乱れる。
 建物はすべて美しく、行き交う人々の衣は長く裾をひく。

(転んだりしないのかな・・・?)
 自分だったら3歩も歩かないうちにこけている。
 
「・・・・・ん?」
 身を乗り出して外を見ていた悟空は誰かがこちらに向かって手を振っているのに気づいた。
 きょろきょろとあたりを見回しても相手が振りそうな相手はいない。

(・・・・誰だろう?金蝉なら知ってるかな?)
 
 悟空はぴょんっと椅子から飛び降りると金蝉のいる机に近寄った。
「金蝉」
「・・・なんだ?」
「あのね、誰かこっちにくる」
「・・・・?」
「こんな丸い形のやつを目につけてて、髪は金蝉より短くて・・・白い服着てる!」
 金蝉の眉間に皺が増えた。
 誰が来るのか悟空の言によりはっきりと知ることができたからだ。

(・・・何の用だ、天蓬元帥)



 

「こんにちわ、金蝉・・・・・と”悟空”」
 予想通り、現れた人物は扉からにこにこ顔で二人に挨拶した。
「何の用だ」
「久しぶりに会った友人にごあいさつですね〜」
「おじさん、金蝉のともだちなの〜??」
「悟空、”おじさん”じゃないんです。”天ちゃん”て呼んでくださいね♪」
「”天ちゃん”?・・・わかった〜っ!!」
 天蓬はにこにこ笑って悟空の頭を撫でていた。
「良い子には天ちゃん特製のお土産をあげましょう♪」
「なになに!!??」 
 どきどきと目を輝かせる悟空があまりに可愛らしくて天蓬は頬がゆるむのをとめることが
できなかった。そしてかがんで悟空に目線をあわせると背後から何かを取り出した。
「はい」
「・・・え?」
 手渡されたものは長い紐に木の柄が両端についたもの。
「???何これ??」
 見たことの無い代物に悟空はそれをどうしていいかわからない。
「これは”なわとび”というんです。天ちゃんがどうやって使うか試してみますから見ていて
下さいね」
「うんっ!」
 天蓬は木の柄を両手に掴むと手首のスナップをきかせて、ぶんぶんと紐をまわし己の体を
その中で跳ねてみせた。
「すごいっ!!天ちゃん、すごいねっ!!」
 素直に感心した悟空は、では悟空もやってみせて下さいと手渡されて見よう見真似で紐を
振り回した。
 

「こ、これでいいっ!?」
 凄まじい速度で回転する縄の中、これまた凄まじい速度で飛びつづける悟空がいた。
「いやぁ・・・・とても初めて持ったとは思えませんよねぇ。金蝉」
「・・・・お前らここをどこだと思っている・・・・」
 金蝉の眉間に血管が浮かび上がり筆を持つ手が怒りで震えている。

「あっ!」
 その金蝉の声に気をとられたのでもなかろうが、悟空の手から木の柄がすっぽ抜けた。
「おっと・・っ」
 飛んでくる柄から天蓬が少々驚きながらも身軽にかわした。
 しかし。
 その天蓬が死角になっていた金蝉は突如目の前に現れたそれにすぐには反応できず・・・・

 カコッ!

「「あ・・・・」」
 悟空と天蓬の声が重なる。


 木の柄は見事に金蝉の額にヒットし、丸い痕を残して床へ落ちた。


「・・・・・・・・・・・・・・・お前ら・・・・・・・・・・・・・・・・・・・出ていけっ!!!
 キレてしまった金蝉に抵抗するのは命とりだろう。
 悟空と天蓬は冷や汗を垂らしながらそろりそろりと部屋を出て(逃げて?)行った。





「もうっ、金蝉て怒ってばっかだよな〜」
「はははは・・・」
 悟空の憤懣やるかたなし!といった様子に天蓬は笑うしかない。
「まぁ、でもいい傾向ではありますね」
「なにが?」
「退屈している暇もない・・・・てね」
「???」
 悟空は天蓬の言っていることがわからない。
「ああ、何でもありませんよ」
 そう言いながら天蓬は隣で大地色の髪を揺らしながら歩く悟空を見つめる。







『金蝉童子、そなたにこの子供を預ける』
 天帝が示した場所には観世音に抱かれた子供があった。
 ぴくりとも身動きをしないのは意識がないせいか。
『この子供は天地の契約により生まれし者。よく育てよ』
『・・・・は』
 見るからにしぶしぶと言った様子ではあったが金蝉は天帝の言葉に頷き、近寄った
観世音から子供を受け取った。
『名前は”悟空”だ。いい名前だろ』
 観世音がにやりと笑って金蝉に言った。
『悟空・・・』
『額の金錮は記憶と力の制御装置だ。くれぐれもはずすなよ?』
『・・・記憶?』
 力はともかく記憶まで・・・。
『この子供に地上での記憶は無用だ』
 天帝の言葉に金蝉は眉をしかめた。
 いくら無用だからといって勝手に制御するとは理不尽だと思ったからだ。
『これは地の子供、そして天の子供ともなる。地上へのすぎる執着は害になる。
 そのことを心して育ててもらいたい。・・そなたのことはすでに悟空の記憶の
 中へ覚えさせている。くれぐれも余計なことはするな』
『・・・・・わかりました』








 天帝の命令ということで、嫌々ながら預かったはずだったが悟空を見る金蝉の瞳は
慈しみをたたえ、大層大切にしているように思える。
 ・・・・・・傍には不機嫌そうにしか見えなくとも。
「天ちゃん、これからどこ行くんだ〜?」
 見上げる悟空の金色の瞳に天蓬は思考の海から帰ってくる。
「そうですねぇ・・・悟空のいい遊び相手になるような人のところへ行きましょうか」
「遊び相手?」
「ええ、きっと気が合うと思いますよ」
 にっこりと笑う天蓬に悟空は「んじゃ、早く行こう!」と急かすのだった。





「ああ、やっぱりここに居たんですね」
「ん?天蓬か?・・・・・・・・今日はコブつきかよ」
「オレ、コブじゃないもん!!悟空だもんっ!!」
 桜の木の下、手酌で酒を飲んでいた相手のセリフに悟空が拳を握って反論した。
「おじさんこそ誰だよ!」
「おじ・・っ!?俺はまだそんな風に呼ばれるほど年食ってねぇぞ!」
「・・?天ちゃん、年て食べれるの?」
「ははははは。倦簾、悟空にしてみれば貴方は立派な”おじさん”ですよ」
「・・・・・俺は倦簾だ」
「・・・ケンレン・・・・?」
「ケン兄ちゃんとでも呼んでくれ」
「ケン兄ちゃん?・・・うん!わかった♪」
「どうやら仲良くなれたようですね」
 二人の様子をほのぼのと眺める天蓬は隠居老人のようだった。








―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*

「あれがお前が前に言ってた大地の子供か」
「はい。今は金蝉が保護者ですよ」
「・・・・・・地上に居たはずじゃ無かったのかよ」
「さぁ・・・そのあたりのことは僕もよくわかりませんが・・・・・・地上へ下りた武曲星君が帰って
来ないそうですよ」
「武曲星君・・・なんでまたあんな体力馬鹿が?」
「それは酷いですよ・・・確かにあの方は武芸にしか能の無い方ではありましたが」
「・・・お前のほうがもっと酷いて・・・・」
「でも、確かに武芸に関してはこの天界においてでさえ並以上ではありました」
「それを悟空がやったのか?」
「さぁ、どうでしょうか・・・・・悟空は太白金星に連れられて戻ったようでしたが・・・」
「・・・・・・・だから、どうしてお前はそんなに知ってるんだよ・・・・・」
「ははははははは」
 笑って誤魔化す天蓬はやはり天界一の策士なのだった。
「ま、いいけどな。上層部の奴らは悟空をどうするつもりなんだ?」
「わかりません。天帝は天と地の契約から生まれた者だと言っていましたが・・・・その契約の
如何によると思いますよ」
「天と地の契約か・・・・」
 倦簾は昼間に会った悟空を思い出す。
 自分をまっすぐに見つめる大きな金の瞳、陰のない満開の笑顔・・・・。
 こんな天界に置いておくには忍びないほど”純粋”な存在だった。
「せいぜい俺らが目光らせとくか・・・」
 上層部の連中に利用させないために。
「そうですねぇ」
 (あの笑顔を曇らせることのないように・・・・・)


















「・・・悟空」
 ――――『悟空』
「・・・・・・」
 金蝉の呼びかけに答えようとした悟空は重なるように頭に響いたもう一つの『声』にすぐに
反応をかえすことができなかった。
「・・・こ、んぜん・・・」
 擦れたような声で返事をかえした悟空に金蝉がわずかに顔をしかめた。
「何をしている?」
 騒がしいことが日常である悟空が、不気味なほどに静かに部屋に立ち尽くしていることに
不審に思った金蝉が部屋の入り口から問うた。

「・・・金蝉、何だろう・・・・・・・声が聞こえるんだ・・・・・」
「声?」
「オレを呼んでる・・・・・」
 何処ともしれぬかなたを見遣る悟空の目は何も映してはいなかった。
「・・・・・・・・馬鹿が、空耳だ」
「でも・・・・」
 確かに聞こえた・・・・・。

「・・・・俺が呼んだ」

「え・・・?」
「俺がお前を呼んだんだ。他の誰でもない、”俺”が」
「金蝉が・・・・・?」
 やっと視線を自分に向けた悟空に、安堵の思いを胸に満たしながらも金蝉は心穏やかでは
いられなかった。
「他の誰が呼んだっていうんだ?」
「・・・・・・・そう・・・だよな・・・・」
 だが、それでも何かがひっかかるようで俯いてしまった悟空に近寄ると金蝉はそっと大地色
をした悟空の髪に触れた。
「金蝉・・・?」
 己を見上げる金色の瞳に陰はない。
 しかし。
 もし、己の過去が第三者によって消されていることに悟空が気づけば・・・・・・・・。

「悟空・・・・・・・・・・・・・・馬鹿猿が」
「もうっまた!オレは猿じゃないって!!」
 ぷくぅと頬をふくらませた悟空は頭をふって金蝉の手から逃れようとする。



「どこへも行くな」
「え・・?」
 金蝉の言葉に悟空は動きを止めた。
「ここに居ろ」
「・・・・そんなの当たり前じゃんっ!オレ、ここしか居るところないし・・・・・金蝉、怒りっぽいけど
・・・・・でも、大好きだもんっ!」
 満面の笑顔を浮かべた悟空に、しかし金蝉は素直には喜べなかった。
 なぜならば、それは。

 『作られた記憶』、だから。


「悟空・・・」
「なに?」
 いつかお前に真実の記憶を与えてやることができるのだろうか・・・。
 いや、与えることを許すことができるのだろうか。









 
 彷徨う思いは行方知れず・・・・・・。





 











† あとがき †

これでは焔空ではなくて金空です(爆)
まさか焔さまの出番が一回も無くなるとは・・・・ま、次回にということで。
本当は金蝉は出そうか出すまいが悩んだんですが
やはり悟空の保護者は金蝉しかいないだろう!ということで。
最期には焔さまに持って行かれちゃうんで不幸な立場に
してしまうのが嫌なんですけどねぇ・・・。
御華門、複雑な心境でございます(+_+)

では、次回こそは焔様を出演させるべく頑張ります!
ご拝読ありがとうございましたm(__)m






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