#X  消 失







 焔と悟空、二人の生活は質素で平凡・・・・・とりたてて地上の人間の生活と変わることは無かった。
 また、二人とも特に贅沢を望むわけでもなく、ただお互いが傍にあること。
 それさえ満たされていれば幸せだった。



 山の生活は自給自足。
 焔は一人で生活していたころは山で山菜などをとってきて日々の糧とすれば十分だったが悟空の
食欲ではそれだけではまったく、ぜんぜん足りなかったので悟空とともに土地を耕し豆をまき、色々な
作物を育て始めていた。
「すっげーな!こんな小さいやつが大根とか人参になるんだろっ?」
「ああ、そうだな」
「いつできる?明日?あさって??」
 待ちきれない悟空が焔に尋ねる。
「さすがにそれほど早くは出来ないな、まずは芽が出てそれからだ」
 焔は苦笑しつつ悟空にしっかり世話をしなければな、と悟空の頭をなでた。
「うんっ!!オレ、しっかり世話して早く大根とか人参になってもらうっ!!」
 目をきらきらと輝かせた悟空ははやく大きくなれよっと畑に種をまいたのだった。




 そんなやりとりがあったのが春のころ。
 今はだんだんと日差しが強くなり、涼しい山の中でさえ日中は暑くなる夏。
 悟空と焔の畑には早いものはすでに収穫できるほど成長していた。
 


 いつものように手入れと収穫のために朝から畑に出向いた焔と悟空はそこで見慣れない物体を
発見した。
「ほむら〜っ!!オレの野菜が人間に変わってるっ!!」
 悟空が一大事!とばかりに焔に報告にはしる。
「・・・・・・・・・・・・・・・人間?」
 眉をひそめた焔が悟空のほうへ目をやるとそこには農夫姿の人間が倒れていた。
「どうしよう・・・オレの野菜が人間に変わっちゃった・・・・・・・・これ食えないよな・・・・?」
 近づいてきた焔に悟空が上目遣いで尋ねてくる。
 悟空の目はどこまでも本気だった。
「悟空、これは野菜が人間に変わったんじゃない。野菜の上に人間が倒れているんだ」
「ホントっ!?良かった〜〜ぁ」
 何でもかんでも口に入れようとする悟空だったが一応、人間は”食べないもの”の分類には入れ
られているらしい。
「でも、どうしてこんなところへ人間が倒れてるんだ?」
「さて・・・」
 焔にも見当がつかない。


「う・・・」
 そのとき、二人の視線がそそがれていた男が小さなうめき声をあげた。
「おいっ!おっちゃんっ!!」
 悟空がすかさず体をゆすって声をかける。
「うぅ・・・・あ・・・・・」
 うっすらと目を開けた人物がぱしぱしと目をしばたき・・・・二人の姿をはっきりと認識した途端、
飛び跳ねるようにずざざとあとずさった。

「あ・・・す、すみませんですっ!!お、俺・・・・・っ!!申し訳ねぇですっ!仙人さまっ!!」


「「・・・・・仙人?」」
 悟空と焔の言葉が重なる。
 どうやらこの人物は甚だしい勘違いをしているらしい。


「おい・・・」
 とりあえず訂正しておこうと口を開いた焔にその人間はすがるように服の裾を掴んだ。
「おねげぇしますっ!仙人さまっ!!どうか、どうかっ俺の娘を助けてくだせぇっ!!」
「・・・・・・・・知らんな」
「せ、仙人さまっ!!」
 焔の冷酷とも言える言葉に男の顔は泣き出しそうにゆがむ。
「おねげぇしますっ!!娘は・・・娘は、俺のたった一人の肉親でして・・死んじまったら俺はもう・・・
もう生きてられねぇですっ!!」
「・・・・・・・・・」
 だが、焔の表情は固く微動だにしない。
「仙人さま・・・」

 
 焔が人里離れた山奥に悟空と二人だけで住んでいるのは、人間と関わらないため。
 奇異の視線だけならばまだしも、余計な信仰の対象にでもされれば面倒である。
 そして・・・・・・・・何よりも”利用”されないために。

 ここで、この人間の願いを聞けば村人と焔たちの間に”道”ができる。
 第二、第三のこの男が現れないとも限らないのだ。
 そうすれば悟空とともに送る、平穏な日々は終わる。

 今さらながらに惰性で医師の真似事などしていた自分の行動が呪われた。


「あぁ・・・」
 絶望にうなだれる男を見下ろしながら焔はこれ以上関わることは止めようと踵を返した。
 だが、焔にも誤算はある。
 その誤算はこの場に悟空がいたということ。



「焔っ!!助けてあげてよっ!!」



 ずっと黙っていた悟空が叫んだ。
「悟空・・・っ」
 何を言い出すのか・・・と悟空を見れば焔の愛する金色の瞳が真摯に己を見つめていた。
「オレにとって焔はたった一人の大切な人だ・・・・・そんな人が居なくなるなんて嫌だっ・・!!」
 男の言葉を自分に置き換え訴える悟空の瞳には涙が浮かぶ。
「悟空・・・」
「お願いだから・・・・焔・・・っ」
 助けてあげて・・・と悟空に言われれば焔には拒むことはできない。

「悟空」
 焔は悟空に近寄り、眦に浮かんだ涙を指でぬぐうと心配げな悟空を安心させるように笑いかけた。
「悟空、お前は俺の全てだ。助けて欲しいと言われれば断るわけにはいかないだろう」
「焔・・・っ!」
 途端に喜びの表情を浮かべた悟空の頭を優しく撫でると、二人を伺っていた男に目をやった。


「娘を診てやろう」
「・・・っあ、ありがとうございますっ!!」
「ただし条件がある」
「な、なんでしょうか・・・出来るかぎりのことはいたしますが・・う、うちには仙人さまに差し上げるような
ものはありませんです・・・・」
「別に何か貰おうとは思っていない」
「では、何を・・・?」
「俺が娘を助けたことを誰にも告げるな。そして二度と俺の手をかりようと思うな。もしこの条件を
飲めないというのならば娘の命は諦めろ」
「わ、わかりました・・・か、必ずそういたしますっ・・・!」
 男は平身低頭してうなずいた。
 だが、焔はこの男が本当に条件を守れるとは思っていなかった。
 (まぁ、いい。破ったときには娘諸共に始末すればいいこと)
「では、案内してもらおうか」
「は・・はいっ!!」
 さっさと済ませてしまおうとする焔は悟空に家から診察用の道具類を持ってこさせた。

「はいっ、焔」
「悟空、お前はここに居ろ」
「え〜、どうして!?」
 目立つ悟空を連れていけばせっかく出した条件が不意になる。
 そして、これ以上悟空の情に男をつけこませないためにも。
 だが、そんなことを悟空に言えるわけがない。
「まだ野菜を収穫していないだろう?たまには夕食を用意して帰りを待っていてくれると嬉しいな」
「・・・・・・・・・・・・・わかった!!俺がついていって邪魔しちゃいけないもんなっ!!オレ、ちゃんと
焔の夕食の準備して待ってるから。安心して行ってきて!!」
「ああ。期待してるぞ」
 思いがけずの嬉しい状況に焔の顔に笑顔が浮かぶ。


「では、行ってくる」
「行ってらっしゃーいっ!!」
 ぶんぶんと音が出るほどに手を振り、見送る悟空は焔の姿が見えなくなるまでずっとそこへ立って
いたのだった。





 
 













 
「こ、こちらです・・・っ」
 このあたりの農夫の家と同じく、さして納屋と変わらないような家を男は指さした。
「娘は中におりますので・・・どうか、どうかお願いします・・・っ!!」
 浅く頷くと焔は扉をあけ、室内へと足を踏み入れた。



 そのとき、焔の頭にあったのは悟空のこと。
 他人のことを自分の痛みにも思う心優しい、大地の精霊。
 



「・・・・・・っ!?」
 そのために自分を襲った”闇”に焔は気づくのが遅れた。



 己の四方を覆う、”真の闇”。
 慌てて振り返れば入り口があった場所に扉は存在しなかった。
 家の形も何もない。


「・・・・・っこれは・・・・・!!」
 突然の出来事に焔はどうすることも出来ずその場に立ち尽くした。












  『人と神の間に生まれし、禁忌なる者よ』








「・・・っ!!」
 直接、脳裏に響くように伝えられた言葉。
 その声は、あの農夫のものだった。
 どもるような声は威圧感さえ漂うものに変わり、言葉遣いもがらりと違う。
「何者だっ!!」


  『我は武曲星君』


「・・・・・・・っ!天界のものが俺に何の用だっ!!」
 焔は動揺する心を押さえつけて闇に向かって叫んだ。


  『天帝の命によりそなたを天界へと招安する』


「天界だと・・っ!!ふざけるなっ!!『禁忌なるもの』と呼んでおきながらお前たちが大人しく
俺を天界へ招くはずがなかろうっ!!いったい何が目的だっ!!」

 ”目的”
 その自分の口をついて出た言葉に、悟空の顔が浮かんだ。

「・・・貴様・・・っ!!悟空をどうしたっ!!」
 焔の言葉に応えは帰らなかった。
 それは最悪の事態を意味する。


 『悟空・・・・っ!!』

 一人、家に置いてきてしまったことが悔やまれた。
 











 
 ずっと共にあると約束した魂。
 それが何の手段も講じることもできず失われるかもしれない・・・・・・・・・・・













 焔の心の奥底で何かがはじけた。













『・・・ァァァァァァァアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!』




















 大気が震え、空間が揺れる。
 ピシッと暗闇に亀裂が走り、光が放射状に差し込んだ。




 『・・・・・・なっ!?』




 余裕に溢れていた声は動揺し、焔の目の前にその姿をあらわす。
 武具に身を包んだ神、『武曲星君』。

 その神が焔の姿を見て、恐れ戦いている。


 (ああ・・・・熱い・・・・・っ)


 身の内から溢れるように生まれる『力』
 今まさに焔の力が解放されたのだ。




「悟空・・・・」
 じろり、と武曲星君に目をやればひっ、と悲鳴をあげて後退する。

 (コレが神・・・・・何と卑小なことか・・・)

「く・・・くっくっくっ・・・・・・っ」
 笑いがこみ上げてくる。
 その焔の面に浮かんだ壮絶な笑み。



「悟空は・・・・・・・悟空はどうした?」
「し・・・知らんっ!」
 この瞬間、”神”の運命は決まった。












「では、死ね」








 焔の圧倒的な力の前に武曲星君は塵となって消えた。








 


























「悟空っっ!!!」
 急ぎ戻った焔は何事も無ければ夕食の準備をして己を待っているであろう家の扉を荒々しく
開け放って名を叫んだ。

『お帰り焔っ!・・・どうしたの?』

 そんな風に迎えてくれるはずの悟空の姿はどこにも見当たらなかった。
 家の中は静まりかえり、無機質な空間が広がる。
 気配さえも感じられない。

 ほんの一刻前には焔の隣で笑っていた悟空・・・・・・・・・・・・・・。




 ピチャン・・・・・・ッ!




「・・・っ!」
 水滴の音に目をやれば悟空が汲んで来たのであろう水の入った桶があった。
 ほんの少しの手がかりにでもなれば・・・と近寄った焔は桶を覗き込み凍りついた。


 水鏡となったそこに映る己の姿。












 右の瞳は金色へと変わっていた。
















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