#]V 脱 走










 その日。
 観世音菩薩の宮殿内、金蝉の部屋では相変わらず山のような書類にただ目を通して
判を押すだけの主が居た。
 その傍らに悟空はおらず、金蝉はまた庭で遊んでいるのだろうとその程度に思っていた。
 ”どうせまた泥だらけになって帰ってくるのだろう・・・・”
 そんな風に。


 けれど。
 朝、金蝉に叩き起こされた悟空はある決意をしていた。






『一人で宮の外には出るな』
 金蝉にきつく言い渡されていた約束だったけれど遊びたいざかりの悟空には
それが耐えられなかった。
 外には面白いものがたくさんある。
 天ちゃんのところにも、ケン兄ちゃんのところにも遊びに行きたかった。
 それに。
 悟空は手を開いてそこに載る紅玉を見つめる。
 焔とあの花畑で会う約束もした。

「・・・・金蝉、仕事だって言って遊んでくれないんだもん」
 退屈だった。
 だから悟空は決めたのだ。

 

 金蝉には内緒で外へ遊びに行こう、と。














「みーっ」
「しーっ!!」
 背中に抱えていたリュックの中で白虎の子供が鳴くのを悟空は口元に手をあてて
黙らせた。
「駄目だって、鳴いたら!」
 悟空の小声の叱咤に白虎の子供は首をすくめてしゅん・・となる。
「あの木を登って外に降りたら出してやるから、それまでのがまん!な、シロ」
「みー・・・」
 悟空のその言葉をおそらく理解したのだろう、『シロ』と呼ばれた白虎はごそごそと
リュックの中へ頭をひっこめた。
 悟空はそれを確認すると城壁のこちら側へ並ぶ樹木の一つへ目を向ける。
 それは丁度、城壁の向こうへ出るのに丁度良い高さで、悟空は前々から目をつけて
いたのだ。
「よしっ」
 悟空は掛け声をかけると周りを見渡し、樹木へと手をかけた。
 元来、野生児な悟空はするすると器用に足と手を使って登っていく。
 そして城壁の高さまで上った悟空は、その上に足をかけてぴょんっと下へと飛び降りた。

 すたっと着地した悟空はきょろきょろとあたりを見回し・・・・・・駆け出した。






「・・・・もう、大丈夫・・・かな?」
 宮からだいぶ離れた場所まで来ていた。
「シロ、出てきていいよ」
「みー」
 悟空の声とともに白虎が現れた。
「へへっ!お前、ここに来るのはじめてだろ!」
「みー」
「天ちゃん、居るかな〜?」
 居たらお菓子くれるんだけどなぁ、と悟空は建物に向かって歩き出す。
 天蓬の館に近づくにつれていつもは静かなそこは何やら騒がしくなってきた
 人が行き交い大声が各所からあがる。
「何かな〜?」
 悟空は疑問に思いつつも天蓬が居るはずの部屋へ足をすすめる。
 だが、こんな場所で子供が居れば嫌でも目だつ。
「こらっ、お前!こんなところで遊んで・・・っ」


「悟空っ!」
 悟空の出入りを注意しようとした男は前から走ってきた姿に目を見開いた。
「天蓬元帥?」
「あっ、天ちゃん!」
「悟空!いったいどうしたんですか?」
 天蓬は男を無視して悟空の前にしゃがんで話し掛ける。
 確か悟空は金蝉に一人歩きを禁じられていたはず。
「んーと・・・・・・・・金蝉には内緒〜!」
「おやおや」
「あの、天蓬元帥・・・」
 放っておかれた男が途方にくれた声で天蓬を呼ぶ。
「ああ。この子のことはいいですから、あなたは自分のことをして下さい」
「はっ!」
 敬礼した男は走り去った。
「さて、悟空。金蝉に内緒というのは?」
「あのねー退屈だったから出てきた♪シロも一緒だよ」
「みー」
 その悟空の言葉を受けて横にいた白虎が鳴き声をあげた。
「新しいお友達ですか?」
「うんっ!シロって言うんだ」
「そうですか、僕は天蓬といいます」
 天蓬はにこにこと白虎に自己紹介する。
「天ちゃん、今日はどうしたの?白くない」
「え?・・・・ああ、この服のことですか」
 天蓬は苦笑して身に纏っている軍服をみた。
「変ですか?」
「ううんっ!すっげーカッコイイよ!!」
「ありがとうございます」
「天ちゃんは今日は何かあるの?」
「ええ、ちょっとお仕事が入ったんですよ・・・残念ですが悟空とは遊べません」
「そっかぁ・・・・お仕事じゃぁしょうがないよね」
 目に見えて気落ちする悟空に天蓬は優しく頭を撫でると悟空を抱き上げた。
「今度また遊びに行きますから、お土産を持って」
「うんっ!わかった♪」
 天蓬の腕からおろされた悟空は「じゃあね、ばいばい!」と手をふって駆け出す。
 その悟空に付き従う白虎の子供。
「金蝉にばれないうちに帰るんですよ〜!」
「わかった〜!」
 元気に返事をかえした悟空を姿が見えなくなるまで見送ると天蓬はさっさと仕事を
終わらせるべく身を翻したのだった。
 


「天ちゃんはお仕事か〜・・・じゃ、ケン兄ちゃんのとこに行こうか?」
「みー」
 だが、天蓬が仕事で出るということは当然倦簾も一緒というわけで・・・・・。
 結局、悟空は倦簾に会えなかったのだった。




「どうしようかなぁ・・・・?」
「み〜・・・」
 悟空は立ち止まって空を見上げた。
 青い空に白い雲がたなびいている。


 『花畑で会おう』


 ふと、焔の言葉が悟空の脳裏に浮かびあがった。
 悟空は無くさないように巾着に入れておいた紅玉を取り出した。
「みー?」
「綺麗だろーっ!焔に貰ったんだよ♪」


 『約束だ・・・・』


「うんっ!焔のとこに行こう♪」
「・・・みー・・・」
「どうした?」
 それまでと反応の違う白虎の様子に悟空は首をかしげる。
「みーみー」
「大丈夫だって!焔ってすっげー優しいし、お前もすぐ好きになるって」
「みーっ」
「さっ行こうっ!」







 黄色い花が咲き乱れる花畑。
 太陽の光を浴びてそこは金色に輝く。
 






「焔、いないなぁ〜・・・」
 ここに来れば会えるとそう思いこんでいた悟空は困ってしまった。
「どうしよ、シロ?」
「みー?」
 せっかく金蝉に内緒で出てきた悟空だが、どうやら今日は日が悪かったらしい。
「居ると思ったんだけどなぁ・・・・」
 悟空は手近な花をちょんっとつついた。





「孫、悟空・・・・?」






「・・・・え?」
 花をつついていた悟空は突然かけられた声に顔をあげ、見知らぬ姿に首を傾げた。
「あなたが孫悟空ですか?」
「え?うん。・・・だれ?」
 白髪に目を閉じたままという風体に怖じることなく悟空は問う。
「私は焔の友人で紫鴛といいます」
「しえん・・・?」
「はい。実は今日、焔はここに来るつもりだったのですが・・・・怪我をしてしまいまして」
「けがっ!?」
 悟空は金色の瞳を驚きに大きく見開いた。
「ええ」
「酷いのっ!?」
 白い長衣にすがりついて悟空は問いただした。
「それが・・・・・・・来ていただけますか?焔は館にいますから」
「うんっ!」
 怪我の状態をはっきりとは告げず、紫鴛は悟空を焔の館に誘う。
 それに迷うことなく頷いた悟空は自分から早く行こうと紫鴛の裾を引っ張った。



 紫鴛はその様子にうっすらと笑う。
 ・・・・・・・・・・・・・・罠にかかった獲物を見るように。



「では、行きましょう」

















 その日、悟空は金蝉の元へ帰らなかった。








† あとがき †

「・・・えぇっ!?」というところで終わってしまいました(笑)
金蝉がちょっと油断した隙に悟空は脱走!
そして行方不明!!
さぁ、どうする金蝉!!(笑)
心配と怒りで部屋をうろちょろしてる金蝉の姿が目に見えるようです(笑)

それでは、また次回に♪





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