*17*




-暁-








 焔の姿が天界から忽然と消えたのは、悟空が消えて季節が一巡りした頃だった。













「いったいどこに行っちまいやがったんだ、うちの大将は」
「・・・・・・・・・。」
 是音の問いに応えられる者は誰も居ない。
 天界に居ないのならば、下界に・・と考えられなくも無いが・・・。

 悟空の居ない下界に焔が果たしてどんな用があるのか。

 それを考えると暗澹たる思いに包まれる。
 
 
 死に場所を。
 求めに行ったのでは無いのか、と。


「どうであれ・・・私たちは」
 焔を・・・・悟空を救えなかった。






 天帝を失い、闘神も失い、それでも天界は”日常”を取り戻しつつあった。



「はい。金蝉、仕事です」
 天蓬は抱えるほどにある書類を執務机の上にどん、と落とした。
「・・・・なんで、お前が運んで来る」
「いえ、ちょっとそこで観世音菩薩に会ったら渡されてしまいました」
 金蝉の眉間がぴくぴくと震える。
「それにしても・・・」
 締め切られていた窓を開け放ちながら天蓬が誰にともなく話しはじめる。

「この世界は・・・結局”元のまま”に戻ってしまったんですね・・」
 悟空という天地に稀なる存在が突然に現れて以来、この天界は絶後の転変の
 連続だった。しかもその転変はこの腐れきった天界に新風を巻き起こし、全ての
 膿を吹き流してしまうように思われた。
 また、それを望んだ者も少なくは無かった。

 しかし、結局は。

 何よりもその笑顔を失いたくないと思った子供は・・・・・もう居ない。
 
「思い出すのが・・・あの泣く前の悲しそうな顔だなんて、やってられませんよね」
 最後に見たのは笑顔のはずなのに。




「・・・・変わらないものなど、無い」




「金蝉?」
 まさか友人のそんな言葉が聴けるなどと思いもしていなかった天蓬は驚きに目を
 見開き、やがて微笑を浮かべた。

「・・・そうですね、確かに変わらないものなど無い」
 天帝不在の天界はもう、”元の”天界と同じとは言えないのと同様に・・・。
 自分たちも、変わったのだ。


「僕は今でも信じられないで居るんです」
「・・・・・・・。」
「本当に悟空は・・・・・・・・・・・逝ってしまったのでしょうか?」
「・・・さぁな」
「もし・・・もし生きているなら」
 
 もう一度会って、あの笑顔を忘れないように心に刻みたい。
 




 










「た・・・大変ですっ!」













 声をかけるのも忘れて誰かが金蝉の執務室に飛び込んだ。

「いったい何事だ?」

「金闕雲宮で・・・いえっ!とにかく急ぎおいで下さいと観世音菩薩が!」
 余程急がされたのかそれだけ言った官吏はへなへなとその場に腰を落とした。

「何かあったのでしょうか?」
「無いならわざわざ呼びもしないだろうが」
「・・・僕は倦簾も呼んできます」
 今は誰も住む者の居ない天帝の宮城で何が起こったのか。
 金蝉と天蓬は妙な胸騒ぎを感じていた。









 固く閉ざされていたはずの宮城の門は開け放たれ、立っていた役人が金蝉の姿を
 見つけて、中に居る観世音菩薩のことを知らせた。

「お待ちです、どうぞお入り下さい」
 いったい何だというのか。
 足早に玉座への長い廊下を歩きつつ、思案に暮れる。

 天帝の宮城・・金闕雲宮は焔の反乱により見るも無残に破壊つくされたが、悟空が
 その地位につくときにほとんどの修繕を終えていた。
 そして、今は反乱があったことさえも伺い知れぬほど、美しく全てが輝いていた。


「よぉ、来たな」
 重く厚い扉の前で観世音菩薩が金蝉を待っていた。
「何だ、いったい?何があった?」
「まぁ、それは中に入ってからのお楽しみ、というやつだな」
 相変わらず謎かけなのか、何なのか要領の得ない観世音の返答に金蝉は眉根を
 しかめる。
 その観世音は薄く笑うと、扉の前から退いた。
 入れ、ということなのだろう。


 ぎーっと軋む扉を押し開けて、くぐり抜ける。


 一瞬の眩しさに目がくらみ、慣れたころ・・・・・金蝉はそこにあるものを見つけた。




「金蝉!いったい何が!?」
「何だっていうんだ〜」
 遅れてたどり着いた天蓬と倦簾の二人が固まってしまった金蝉の背後から声を
 かける。そして、金蝉の向ける視線の先を見て、二人も驚きに目を見開いた。



 天地至上の王が座す、その玉座に。
 


 小さな小さな、赤子ほどの大きさのものが蹲っていた。
 扉から入る風を受けて、茶色い髪がふわふわと揺れる。
 目に優しい・・・・大地の色。

 見覚えのある・・・・愛しい色。


「まさか・・・・」
 天蓬がそう言葉を落とした瞬間、金蝉が玉座に駆け寄った。
 二人も同じように、玉座へ向かう。

 金蝉は玉座の前で立ち止まると・・・震える腕で・・・その赤子を抱き上げた。


「・・・・・・・」
 口を開き、閉じ。
 それを繰り返し・・・・。

「・・・・悟空」
 漸く音になったその言葉に、赤子の瞳が開いた。










 
 
 闇を打ち砕く、黄金の光。















←*16*  *18*→

BACK

------------------------------------------

あぅぅっっ、終わらせようと思ったんですが・・・
とりあえずここまで!
次こそ!次こそ終わらせますので!