*16*




-残 者-







 常春の世界、天界。
 そこには飢えの苦しみも、寒さに震える日々も無い。
 
 そんな風に表現したのは何も知らない人間たちだった。











「・・・焔、いい加減にしろ」
 地を這うような低い押し殺した声で金蝉は何の建物も存在しない、荒野に
 座りこむ焔に言い放った。
 だが、それが聞こえているのかいないのか、焔の反応は無い。
「・・・っ」
 腹立たしさと怒りと・・・悲しみに唇を噛む金蝉。

 金闕雲宮の裏。
 今は・・限られた人間しか出入りしないその場所に焔は1ヶ月という間、
 食事をするでもなく、睡眠をとるでもなく、ただ座っていた。

「悟空は・・」
 その名前に焔は初めて反応らしきものを見せる。
 それも微かな動きに過ぎなかったが。
「悟空はお前がそんなになることを望みはしなかったはずだ」
 何故、自分が敵にも思う相手に饒舌にこんなことを言わなければならないのか、と
 不条理な思いに苛まれつつ、金蝉はただ悟空のためにと言葉を続ける。
「あいつがどんな風に逝ったのか俺は知らない。だが・・」
「悟空は死んでなどいない」
「・・・」
 寂しい風が吹いていた。



































「悟空―――っ!!」


 雷鳴をも圧倒する焔の迸る叫びは・・・応える者もなく、大気に溶けた。
「悟空っ悟空っ悟空っっっ!!!」
 雷が落ち、大地がえぐられたようになったその場所に焔は拳を打ち付ける。
 我を忘れ、狂ったように。
 誰もそれを止めることは出来ない、止めようともしない。
 ただ、度重なる怒涛の展開に呆然とするのみだった。

「悟空・・っお前は・・・永遠に共に在ると言ったお前の言葉は・・・」
 大気が震える。

「っ!?いけませんっ焔!!・・・是音!すぐに結界を張って下さい!」
「っぅ!よしっ!」
 紫鴛の呼びかけに是音が結界を張って・・数瞬。


「偽りだったと言うのかっっ・・・っ!」
 焔を中心に爆炎が舞い上がった。
 その激しさは結界の中に居てもじりじりするほどの熱風を感じられるほどに強い。

 焔の力は完全に暴走していた。
 爆音とともに焔の慟哭が、世界を奮わせる。





 悟空。悟空。悟空。悟空。






「ちっ・・耐えきれねーぞ・・・」
 紫鴛と二人がかりの結界も焔の力の強さに圧されてほころびはじめる。
 結界の外は、一面生い茂っていたはずの草花が姿を消し、地の肌をみせる。

「手を貸しましょう」
「・・・・っ天蓬元帥!?」
「俺たちもな」
「倦簾大将・・・金蝉童子!」
 いつその場に現れたのか、三人の力が紫鴛と是音の結界に加わった。
 だが、それでも焔の力は留まらず、溢れ続ける。

「ちっ、埒があかん!・・・おいっクソババァ!さっさと何とかしろっ!」
 金蝉の呼びかけに、結界の外・・・焔の力が荒れ狂う空中にほのかな光が現れた。
「こっちも色々忙しぃんだよ」
 観世音菩薩はそう言って、手に持っていた蓮を焔に投げかけた。


 蓮の華はくるくると螺旋を描きながら、焔の頭上に達すると、光の粒子となって
 降り注いだ。
 粒子は焔を包みこむ。
 優しい光に・・・・暴走していた力が徐々に勢いを失っていく。



 やがて、全てが静かに・・・荒野になった世界に焔はうずくまっていた。

























 それから焔は誰の言葉も受け入れず、何ものも拒絶し、ずっとそこへ座っている。
 完全に狂ってしまえば楽だろうに・・・焔の瞳は正気だった。
 ただ一人に向ける想いゆえに、正気のまま焔はひたすらに待ち続けているのだ。

 
「・・・馬鹿が」
 金蝉のぽつりと落とした呟きは誰に放ったものなのか。
「あいつは・・・・」
 もう居ない。






 天帝・・・悟空は世界から消えた。








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い・・・いよいよ次で終了です!
それにしても暗い・・・(ーー;)