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 そして、集められたメンバーに悟浄は頭を抱えた。
 焔はいい。焔は・・・次期というだけあって実力も相当なものなのだろう。
 だが、あとの三人はどうなのだ。
 未だ成人の儀も終えていない子供たち・・・・・三蔵に八戒。そして、悟空。

「いいお天気ですね〜、悟空。昼食には腕をかけてつくってきたお弁当を食べましょうねv」
「マジっ!?サンキューっ!」
 喜ぶ悟空の背後にはふらふらしながら、背中に巨大な包みを抱えた小龍が蛇行しながら飛んでいる。
 悟浄の脳裏に『動物虐待』の文字が浮んだ。
 まるでピクニックでも行くように彼等は陽気だった。
「・・・ったく、何で俺がこんなめんどくせーことを。自分の国のことぐらい自分で片がつけられんのか?」
「・・・・・・わるーございましたね・・・・・」
 とてつもなく柄の悪い物言いは、当然三蔵だ。

         このメンバーで大丈夫なのかよ・・・・

 大いなる不安が横たわる。
「心配か?」
「・・・・・そりゃーねー・・・」
 悟浄の正直な感想に、焔は不思議な微笑を浮かべた。人の悪そうな・・・
「一度、戦えばその心配も杞憂と知るだろう」
「さいですか・・・」
 どうせ悟浄に他の策は無い。せいぜい焔の言葉を信じさせてもらうことにしよう・・・。












「ここが境だ」
 焔が示したのは、さして他の場所と変わりの無い大地だった。
「・・・焔、何か向こう側嫌な感じがする・・・」
 焔の腕を掴みながら眉をしかめる悟空に焔は微笑んだ。
 大地の精霊である悟空は、あちらとこちらの違いを敏感に感じ取ったのだろう。
「あぁ?怖気づいたのか?」
「ん・・なわけねーだろっ!馬鹿悟浄!」
 きっと睨みつけた悟空の金色の瞳が爛々と輝く。
「そっちこそ何も感じねーなんて鈍いんじゃねぇ?」
「何を・・っ」
 はいはい、と間に割って入ったのは八戒だった。
「仕方ないんですよ、悟空。虎族というのは元来方術に弱く、専ら力技が得意な種族ですから」
 暗に、筋肉馬鹿と言っている。
「もっとも、どこにも例外はあるもので・・・紅孩児殿と側近の八百鼡さんは術のほうもそこそこに使われるよう
でしたが・・・ね」
「・・・・・・・・」
 八戒の嫌味は遠まわしながら、確実に人の痛いところを突いてくる。
 悟浄は術に関してはからっきし。こまごま術を唱えている暇があれば、拳に一つでも繰り出す典型的な
筋肉馬鹿タイプだ。
「おい、とっとと行くぞ」
「あ、待ってよ、三蔵!」
 厄介ごとはさっさと済ませてしまいたい三蔵は、常時不機嫌で口数も少ない。
 てんでばらばら、ともすれば空中分解しそうになる一行をまとめているのは焔では無く、悟空だった。
 騒ぎを起こすのも悟空だが、不穏な空気が漂いはじめればぱっと気持ちを入れ替えて元通りにしてしまうのも
やはり悟空なのだった。
「悟空」
「ん、わかってる、焔」
 阿吽の呼吸でやりとりする悟空と焔の姿に、空気が冷たくなる。
 術には鈍くともそういう方面には鋭い悟浄は、三蔵と八戒が悟空に対して抱いている思いが冗談で済ませ
られるレベルでは無いことを感じとっている。
 悟空という存在は、龍族にとってかなり危ういものなのかもしれない。
 それは、弱点とも呼べる。

       龍族とやりあうつもりなんて今さらねーけどな・・・・)

「悟浄っ!ぼーっとするな!」
「っ誰が!」
 見れば、悟空はいつの間にかその手に朱色の棍を携えている。
 悟浄が油断していたのは、確かに間違いない。ここは『境』なのだ。こちら側に居れば敵も攻撃を仕掛けて
くることは出来ない。だが一歩でもそこを踏み越えれば、あちらに躊躇う理由など無い。
 悟浄もいつでも攻撃に出られる体勢をつくった。
 一行にぴりりとした緊張が張り詰める。
 その空気を僅かに揺らしたのは、焔の含み笑いだった。
「そう気を張るな。悟空も・・あまり頑張り過ぎてやりすぎないようにな」
「わかってるって!」
 戦いに昂揚したキラキラした眼で言われても、そこに説得力は皆無だ。

(さて、お手並み拝見といこうじゃないか・・・・)

 焔が境界を越えた。



 予想通り、攻撃がくる。まずは、一行に向かって矢が降り注ぐ。
 龍族の体は、たとえ龍化しておらずともその肌は意志によって鋼鉄のうろことなる。矢ごときいくら降り注ごう
と全く意味が無い。だが、ここには悟浄と悟空がおり、視界を埋め尽くさんばかりの矢数は鬱陶しくもあった。

「僕にまかせて下さいっ!」
 空に手を掲げた八戒が結界を作り出す。
 ドーム型の結界にはじかれて、矢はあっけなく墜落していく。
「悟空っ!」
「焔っ!」
 矢がやんだところで、二人が跳躍する。
 焔の獲物は大ぶりの青龍刀。その輝きは鋭く、多くの血を吸ってきたのだろうと察せられる。
 二人は、獲物を手にわらわらち出てきた虎族の連中の中に飛び込んでいく。
 周りの雑魚は、三蔵の手から発する光球によりバタバタと数を減らしていく。
「伸びろっ!」
 悟空の言葉に、朱の棍が長く伸び掛け声と共に数十人の虎族がなぎ飛ばされていく。
 あれだけの長さを操るには相当な力が必要だろうに、悟空は必死どころか楽しそうに笑っている。
 一方の焔も、青龍刀を片手でなぎ、その風圧で敵を吹き飛ばしながら、残る片手で炎を生み出す。
 その炎は焔と悟空によって積み重なった無数の敵を跡形も無く焼き尽くす。

 悟浄の出番は全くといって無かった・・・・・

 龍族の攻撃力は、半端では無いと知ってはいたが・・・・これはもう反則と言ってもいい。
 しかも、四人の誰一人として本気では無い。実力の半分も出してはいないだろう。
 こんな連中と虎族は長年争ってきたのだ・・・・・・同等の力を持っている、というわけではもちろん無い。
 間違いなく・・・龍族のほうが手加減していたのだ。

 ここに至って、漸く悟浄は焔の言葉を本気で信じる気になったのだった。








  


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