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「・・・お前、本当に悟空なのか?」 部屋に辿りついた悟浄は、未だに目の前に居る『天女』が悟空なのかどうか疑っていた。 「しつこい、悟浄」 「だってなぁ、お前・・その格好・・」 「これ?すっげー鬱陶しいよな!俺は嫌だっていうのに・・・そろそろ成人だからって焔が。どうせなら俺も 三蔵みたいな鎧がいいのにっ!ずりぃよな!」 「三蔵?」 「うん、三蔵も成人したから」 「成人ー?あのチビっちいのが!」 悟浄は4年前に記憶にある、己の腰ほどにしか身長の無い三蔵の姿を思い出し、腹を抱えて笑う。 それに悟空は、これだからと言わんばかりに首を振った。 「悟浄って龍のこと何も知らないんだな。・・言っておくけど、三蔵・・・俺より背高いよ」 かなりそのことを不服に思っているのか悟空の唇が突き出される。 「・・・・想像できねぇ・・・」 「あはは、悟浄よりは絶対カッコイイって!」 「何だとぉっ!」 「うわっ!何するんだよ!」 「・・・・・・っ!」 悟空の軽口にがしっと首に腕をまわして引き寄せた悟浄は、鼻腔をくすぐった甘い匂いに、思いのほか 動揺してしまった。 「悟空」 静かな声にじゃれあっていた二人の動きが止まった。 悟空は露骨に『ヤバイっ!』という表情を浮かべている。 「抜け出してどこに行ったのかと思えば、こんなところに居たのか」 苦笑まじりの艶めかしい低い声。 入り口には、4年前と全く姿の変わらない焔が立っていた。 悟空が慌てて悟浄の拘束を外し、焔に近寄る。 「ぬ、抜け出したんじゃないって!悟浄が来たっていうから挨拶に来た・・・・だけ」 「そうなのか?女官たちがお前を捜しまわって、俺のところにまで苦情を言いに来たんだが?」 「う゛・・・そ、それは・・・だって・・・・・・・焔が悪いんだろっ!」 「ほぉ、俺が?」 「俺だって三蔵たちみたいな鎧がいいって言ったのに、こんなぴらぴらした服着せるから!」 躓いて床と幾度仲良くしたことか・・・。 「それは仕方ない。三蔵と八戒は騎士だが、お前は私の龍玉だろう?着飾らせたいと思うのは当然のことだ。 それに何も毎日その格好をしていて欲しいと言っているわけじゃない。儀式のときだけ。そんな俺の慎ましい 我が儘を、悟空は聞き入れてくれないのか?」 「・・・・聞き入れてるからっ!こうやって我慢してるんだろっ!焔の馬鹿ッ!!」 真っ赤になった悟空に、焔がくつくつと笑う。 それはまるっきり夫婦漫才、いちゃついているようにしか見えない。 (――― はぁ、仲がいいことで・・・) 悟浄は呆れつつ、二人を眺める。 「悟空、客人の邪魔をこれ以上しては駄目だ。そろそろ戻ろう」 「・・・・うん。悟浄!疲れてるとこ悪かったな!」 「父上から簡単にではあるが話は聞いている。明日の御前会議では詳しいことを話してもらわねばならぬ。 それまでゆっくり養生するといい」 「・・・・お気遣いどーも」 「じゃぁな!悟浄!」 にかっと笑った悟空が、腕をひらひらと振って焔と共に出て行った。 「・・・―― 嵐みてぇ・・・」 疲れたように悟浄がぽつりと呟いた。 御前会議では、主だった重臣たちが集められ悟浄が持ち込んだ問題について討議された。 光明の代になり、虎族との関係は良好なものとなったとはいえ、古からの確執はそう簡単に取り払われる ものでは無い。虎族の問題に龍族が関わることは無いと強い反対意見が出される。 「そもそも玉面公主が本当に他族の領土まで侵略しようとしているかは、わからぬでは無いか」 「虎族の王位がどのように継承されるかなど、我らには関係なきこと。手を出す権利も無い」 幾人かが頷く。 「しかしながら、彼が言うように、まこと玉面公主とやらが龍族の土地まで狙っているとあれば由々しき事態。 何らかの準備は整えておくべきと思うが?」 「確かに、聞くところによると、玉面公主とやらは妙な術を使うらしい」 「虎族では無いのか?」 「違います」 悟浄が口を挟んだ。 「6年ほど前に王が側室に迎えられました。・・が、その前身については全く不明です」 何人かがそんな得体の知れない者を迎えるとは、と呆れたように首を振る。 「一同、我ら龍族は他国には不干渉が原則。しかし、友好を結んでいる同志からの助成には答えねば ならないだろう。正式な申し出ならば受けるが妥当。だが、問題は牛魔王が排され、王子である紅孩児殿は 行方不明。このまま虎族の土地に攻め入れば、それこそ侵略と取られかねん」 焔が言えば、全くだと頷く。 「では、こうしてはどうでしょう?」 今まで話し合いを静かに聞いていた光明が口を開いた。 「焔が言うことももっともです。このままで龍族の軍を虎族の土地に向かわせることは出来ません。しかし、 紅孩児殿の苦境を救うために、幾人かを選び彼を救出するというのは如何でしょう」 「・・・・・・・」 「無事に紅孩児殿を救い出し、旗印に掲げれば大義名分とはなりましょう」 それ以上の協力は今のところ龍族には出来なかった。 「反対はありませんね?・・・では誰を選ぶかですが・・・焔、あなたに任せてもいいですか?」 「はい、問題ありません」 光明の問いに焔は頷き、悟浄に視線を向けた。 「悟浄殿、今はこの程度しか出来ませんが、どうぞご容赦下さい」 「とんでも無い!・・十分です」 実際のところ、何もせずにとりあえず様子を見るだけという結果が出ても仕方の無いことだと悟浄は 思っていた。だいたい龍族は他の種族と比べても、段違いの力を持っており、それを承知しているからこそ 昔からどこか排他的な気風が強い種族である。 「感謝致します」 「大変なのはこれからです。そのお言葉は全てが済んでからお聞きしましょう」 光明は穏やかな微笑を浮かべて頭を下げる悟浄に告げた。 「あっ!焔!悟浄ッ!」 背の高い二人の人間に挟まれた悟空が、その間から会議から帰ってきた焔と悟浄を見つけて手を振った。 「悟空。・・・・三蔵に、八戒も来ていたのか」 「は?」 その名前に悟浄が焔を見・・・悟空の両脇に居る二人を見た。 「・・・・三蔵?・・・・八戒?」 「はははっ、悟浄間抜けづら〜っ!」 悟空が呆気に取られた悟浄の顔を指差し大笑いする。 その悟空は先日の格好が嘘だったように、気楽な男物の服を着ている。 その両脇に立っている二人・・・三蔵と八戒らしいが・・・悟空より確実に頭一つ分は裕に高く、焔と同様に おそらく龍族の正装なのだろう、三蔵のほうは紫紺の鎧をまとい、八戒のほうは緑青の鎧を纏っている。 その姿は悔しいことに・・・・確かに悟空の言ったように様になっている。 かつての生意気いっぱいの小憎らしいガキとは思えない・・・面影はあるが。 「・・・ふん」 「お久しぶりですね、悟浄」 「・・・よぉ」 (・・・中身はさすがに全然っ変わってねぇな・・・) 5年前と変わらない対応の仕方に悟浄は二人が確かに三蔵と八戒であることを自覚した。 「何か用か?」 焔が二人に尋ねる。 「次期様に用があったのではありません、悟空と成人の儀の打ち合わせに来たんです」 毒含みまくりの八戒の言葉に悟浄のほうが驚く。 「今回は三蔵と僕、悟空の三人だけですからね」 「このサルが全然段取り覚えやがらねぇから」 「サルじゃねぇもんっ!三蔵のハゲッ!」 「誰がハゲだ!このクソサルッ!」 「あー、はいはい、喧嘩はやめて下さいね・・・と、こんな様子ですので、段取りが全然進まないんですよ」 なるほど。 「なぁ、焔〜、やっぱ俺って女役?」 三蔵とじゃれあっていた悟空が、焔に駆け寄ると恨めしげに睨み上げる。 「仕方ない、今回はお前たち三人だけだからな。誰かが女役をするしかない」 「だったら三蔵でも・・・」 「死ね」 「・・・・じゃ、八戒」 「ははは、冗談は夢の中だけにして下さいね、悟空」 この三人で誰が女役を務めるかと言われれば、確かに悟空しか居ないだろう。 後の二人は死んだってやるわけが無い。 悟浄は龍族の『成人の儀』とやらがどういったものかは全くわからないが、悟空のあの格好は結構眼福 だったので、見られるものならもう一度見てみたいものだと、嫌だ嫌だと暴れる悟空を見ながら――これが 本当に成人するというのだから謎だ―――心の中で賛成に一票を投じた。 「だいたい、てめー今更嫌もねぇだろうが。嫌なら初めから断れ」 「だってー!・・・・焔が」 「「「焔が?」」」 「背中に乗せて飛んでくれるって言ったから・・・」 「「「・・・・・・・・。・・・・・・・・」」」 「あと何でも欲しいもん食わせてくれるって!」 「「「・・・・・・・・。・・・・・・・・」」」 何故これが成人・・・? 頭に浮んだのは悟浄一人だけでは無かったろう。 「実際、そうしてやるつもりなのだから嘘では無い。男の約束を破るのか?」 「う・・・そ、そんなことしねーって!わかったよ!やればいいんだろ!やれば!」 「楽しみにしているぞ、悟空」 焔はぷいっとそっぽを向いた悟空にわからないよう、にやりと笑った。 「ということで、サル。行くぞ」 「サルじゃねーっ!」 「それでは、次期様、悟浄。僕たちは打ち合わせの続きがありますから失礼します。ああ、遅くなりましたら 悟空の食事はこちらで用意させていただきますからご心配には及びません。では」 「ああ、時間になったらきっちり迎えに行くから、せいぜい楽しむがいい」 「・・・・・・失礼します」 確実に焔との間に雷光を閃かせた八戒は、ぎゃーぎゃーとわめく先を行く二人を静かに追いかけた。 「・・何つーか・・・もしかしてちょっとした修羅場?」 軽口を叩いた悟浄に、焔はふっと笑みを浮かべた。 「悟空が、誰の妻か・・・よくよく知らしめねばならんらしい。まぁ、仕方が無い。悟空はあの通り素直で愛らしく 魅力的だからな」 「・・・へーへー・・・」 悟浄はうんざりと相槌を打つ。 「虎族の土地に向かう騎士については明朝には選び終える。そのまますぐに出発する」 のんびり過ごしているように見える悟浄だったが、その内実はかなり焦っていた。 焔はそれを見通していた。 「・・・・感謝するぜ」 それは悟浄の心からの言葉だった。 |