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龍は、自身の力の源である『龍玉』を身の内に所持しているという。 その伝承が真実であるか否かは龍族の者しか知るところでは無いが、古来よりその龍玉を手に入れ、 力を我が物にせんとして争いがあったことも、また事実。 そして、此に一つの龍玉があった。 その内に潜む力は他を圧倒し、その美しさは見る者全てを陶然とさせる。 まさに龍玉の中の龍玉。至高の一。 いつしか人々は、その龍玉を 『 麗龍玉 』 と呼ぶようになった。 虎族の使節団が龍族を訪問してより、4年の歳月が経過していた。 ■□□■■□□■ 龍族の地の入り口、大門へ凄まじい勢いで近づいてくるものがあった。 遠目に黒い点にしか見えなかったそれは、どんどん形をなしていき、天馬であることが知れる。 その背では、見慣れない男が綱を取っていた。 「止まれぇッッ!!」 大門を守る衛兵が強い怒鳴り声を上げる。 何者であろうと、長の許しが無い限りこの門をくぐることは許されない。 無理やりに突破しようとする者があれば、衛兵はその名にかけて断固阻止せねばならない。 天馬は、衛兵の数歩前で砂埃を立て地に足をついた。 千里を苦も無く走るはずの天馬が、鼻息も荒く、目を血走らせている。 馬上の男も、疲労の強く浮き出た顔をさらしていた。 「何者だっ!」 門番の誰何に、馬から下りた男は素性を名乗った。 「虎族が王子、紅孩児様付き側近。沙悟浄・・・火急の用件あり、光明殿にお目通りを願いたい!」 門番の目が大きく見開かれた。 門を守ることが兵の役目であり、それ以上の判断は出来ない。 「しばし待たれよ!・・・すぐに伝えよう」 「・・・頼む」 相手の切羽詰った様子にただ事では無いと感じた門番は、仲間の兵に門を預け光明が座す宮へと 飛び立った。 悟浄の訪問は、光明のもとへ速やかに伝えられた。 悟浄は門を通ることを許され、光明の前で膝をついている。 その姿を改めてい見るに、鎧装束は砂塵にまみれ、所々に黒い血痕が飛び散っている。 悟浄自身も、僅かに傷を負っていた。 「このような姿を御前に晒しますこと、ご容赦願います」 悟空とじゃれていた時とは別人のように、真面目で折り目正しい口調だった。 「構いません。相当の急時と拝察します。いったい何があったのです?」 「身内の恥。我らで処理するのが当然のことながら、どうにもならず、手をお借りしたく参りました」 悟浄は、頭を下げる。 「・・・我らが長、牛魔王の妻、玉面公主。その野望、果てを知らず、力を求めて仲間を次々と虐殺し、取り込 んだ力を我が物にし、遂には夫君にまで手をかけ、虎族の地は地獄絵図と化しつつあります」 「何と・・・!」 「何とか、封じようと王子と共に戦いましたが力及ばず・・・こうして助けを求めに参りました。虎族のことを 他の方々に頼むは筋は違えど、玉面公主は虎族の地を蹂躙した後は、遠からずここにも触手を伸ばして くることでしょう。・・どうか、手を貸していただきたい!」 悟浄は言うと、光明の言葉を待った。 「・・・わかりました。早速、部隊を編成させましょう」 「っありがとうございますっ!」 即決の沙汰に、悟浄は驚きながら心からの礼を述べる。 「――― 紅孩児殿は」 「危ういところで逃れました―― 今は恐らく数名の仲間と共に潜伏しているものと思います」 「そうですか・・・悟浄、準備が整うまでしばし時間をいただきます。あなたもどうやらかなりお疲れの様子。 それまで休息なされなさい」 「しかし・・」 「急いては事を仕損じる・・・と申しますから」 「・・・お心遣い、感謝致します」 深く辞儀をする悟浄に、光明は慈愛に満ちた微笑を浮かべた。 悟浄は、侍女の案内を受け客殿へと向かっていた。 玉座のある正殿とは、庭を隔てて奥にあたる・・・と、そう言えばごく近くにあるように思えるが、忘れては ならない。ここは龍族の宮殿。常には人型で過ごす龍族ではあるが、特定の儀式や急時にはすぐに本性 である龍へと姿を変える。その大きさを基準に宮殿は作られているのだ。 それもそうだろう。元の姿に戻ったら自分の家を壊した・・・などと冗談にもならない。 悟浄はその広さに些か辟易しながら、疲れた体に鞭打ち侍女の後へ続く。 目の前の侍女は相当に美人だと思うのに、コナをかける気力すら無い。 「もうすぐでございますので。あの階段を上りましたら正面です」 「・・・はぁ」 どうでもいい、早く休ませてくれ・・・そう言わんばかりの悟浄の態度だった。 やっと龍族の地に辿りついた安堵で、悟浄はかなり気を抜いていた。 その油断ゆえに、悟浄は階段の上から”落ちてくるもの”にすぐには反応することが出来なかった。 「悟浄―――ッッ!!」 名を叫ばれて、驚いた悟浄が見上げた時には、ソレはすでに目の前に迫っていた。 (――――― て、天女・・・?) そう思った瞬間、ドンッッとかなりの衝撃が悟浄を襲った。 「――― っ!!」 何の構えもしていなかったため、勢いのまま後ろへ倒れる。根性で何とか頭を打つことだけは免れた。 だが、何故か悟浄は言葉もなく、うめいている。 「悟浄っ!久しぶりっ!」 そんな悟浄の様子を気にすることもなく、降って沸いた・・まさに悟浄にとってはそんな感じに出現した相手は 倒れた悟浄に馬乗りのまま、笑顔を浮かべた。 「・・・・久、しぶり・・・じゃねぇ・・・ッッ!!」 ごほごほっと咳き込む。 「??どうしたんだ?」 「・・・て、てめーの膝が・・・鳩尾にヒット・・・」 それはかなりの痛みだったのだろう。 「あー・・・ごめんっ!」 (それで終りかっ!!) あまりにも軽い謝罪に心の中で突っ込んだ悟浄は、改めてその人物を見た。 「―― え・・・?」 「ん?」 薄布で手足をすっぽり覆い、衣の裾は優雅な紗を作り出している。 傍に居た侍女と似たような服ではあったが、その質、光沢が並ならぬ高価なものだと伺わせた。 しかもその中身は、悟浄が今までお目にかかったことの無いほどの美女・・というよりは美少女。 (―― こんな知り合いが龍族に居たか、俺・・・?全然思い出せないんですけど・・・でも何かどっかで 見たような顔ではある・・・ような) 「悟浄?」 「―― えーと・・・君、名前を何て言ったかな?」 悟浄の問いに美少女の目がまん丸く広がり・・・・むっと不機嫌にしかめられた。 だが、それさえも目に心地よい。 「ひっでーっ!俺のこともう忘れたのかよっ悟浄!!」 ――― 美少女な顔には似合わぬ物言いである。 かなり強烈な印象があると思うが、それでも悟浄には思い当たるものがない。 「俺だよっ俺!・・・ったく焔がこんな格好させるから・・・悟空だよ!悟空っ!」 「・・・・・・・・。・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えぇぁッ!?」 信じられぬとばかりに、悟浄は悟空を指差した。 「・・・・・・・・。・・・・・・・・・驚きすぎ」 悟空が半眼で睨んでいた。 |