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 虎族の使節団の滞在日数である二週間は、心配された反対派による騒ぎもなく、穏やかに過ぎていった。
 最後の日、光明は宴の座を設けて、使節団をねぎらった。

「わが国は如何でしたか、紅孩児殿?」
「・・良い、国だと・・・」
 あまり話すことが得意でないらしい王子は言葉少なに返す。
 それに気を悪くすることもなく、光明はにこにことまたおいでいただきたいと再訪を請うた。

 さて、宴にはもちろん焔や悟空、三蔵も席についていた。

「悟浄は明日帰るのか?」
「ああ、どうした。寂しいって?」
 冗談半分ににやにやと言った悟浄に、悟空は予想外の反応を見せた。
「―― うん」
 悟浄の酒杯を持つ手がぴたりと止まった。笑顔もそのまま固まる。
 滞在の間、ほとんど喧嘩ばかりしていた相手の思わぬ素直な反応にどう返して良いやら混乱していた。
「あー、いや・・・」
 視線を宙に泳がせる悟浄を、悟空の隣に居た焔が睨む。
「悟空、何も寂しくは無い。多少騒々しかったのが、いつもの生活に戻るだけだ」
 ひくりと、悟浄の頬がひきつる。

 (―― 騒がしくてわるーございましたね・・・)

「だって・・・悟浄が居なくなったら、馬の役をする奴が居なくなるもん」
「そっちかよ!」
 毎回というわけではないが、悟空の強引な懇願により時折、悟浄は虎の本性に戻って背中に悟空を乗せて
 走り回ったりしていたのだ。
「ふふん」
 そのやりとりを見ていたらしい江流が三人から少しばかり離れたところで、馬鹿にしたように笑う。
 耳のいい悟浄はしっかりと聞き取っていた。

 (・・・くっ・・・たく、龍族の奴は小生意気な野郎ばっかだぜ・・・俺とは合わねー・・)

 性格の不一致。それが二つの部族の対立原因・・・かもしれなかった。

 











 翌日。
 使節団を見送るために、龍族内でも錚々たる面々が大門に集まっていた。
 龍族の領地内に出入りするためには、まずこの大門を通らなければならない。龍といえど、空から違法に
 侵入することは許されなかった。その決まりを破って侵入しようとした者は強力な結界にはじかれる。

「紅孩児殿。旅のご無事をお祈りします」
「・・滞在の間、世話になりました」
 潔く頭を下げた王子に、光明は目を細める。この王子が虎族を継げば、龍族との関係は今以上にきっと
 良いものとすることができるだろう・・と。
「紅孩児!元気でなっ!」
 その横から出てきた悟空が、拳を一発突き出した。
 それを難なく受け止めた紅孩児が、僅かに口元をほころばせる。
「・・・お前もな、悟空。今度会うときは・・・勝つ」
 滞在している間、悟空とちょくちょく手合わせをしていた紅孩児である。とても成人しているとは思えない
 子供(悟空)相手のことに、護衛の者たちは慌ててとめようとしたのだが、意に反して地に手をついたのは
 紅孩児のほうだった。
「俺だって、もっともっと強くなるからなっ!」
「・・・そうやって頭のほうはどんどんお留守になるわけだ?」
「悟浄っ!」
 最後まで憎まれ口を忘れない悟浄に、いつものように悟空は真っ赤な顔で怒ってみせた。

「そろそろ行くぞ」
「はい」
「おう」
「へぇ〜い」
 紅孩児の掛け声に、護衛たちの返事がかえる。

「では」
 それぞれ、紅孩児を中心に天馬にまたがる。

「悟浄っ!紅孩児っ!・・・・・またなっ!」

 龍族の領地と虎族の領地ではかなりの距離がある。
 ましてや、悟空は龍族の領地を無闇に出てはならないと、焔ばかりか光明にも言い含められているのだ。
 いつ再会することが出来るかわからない。
 もしかすると永遠に会わないかもしれない。
 ・・・そこまで悟空が考えているかどうかはわからないが、悟空は一行に向かって最上級の笑顔を浮かべて
 見送っていた。


 






  


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