−− 6 −−







 光明の名代で虎族との会議に出席していた焔は、虎族の使節団をつれて帰ってきた。
 互いの親善をより一層深めるためという理由からだったが、龍族と虎族が交流するようになってまだ二百年と
 経過していない。天界の時間ではまばたきするほどの時間だ。
 表面化しない確執は、余計に根深く残っており、反光明の勢力が不穏な動きを見せていた。


「焔ッ!」
 気配を感じた悟空が、部屋から飛び出し宮の入り口に向かって走り出す。
「焔ッッ!!お帰りーっ!!」
 走り、叫びながら・・・焔に抱きついた悟空を、焔は愛おしそうに抱きしめた。
「すまん、悟空。長く留守をしたな」
「うんっ、焔が居なくて寂しかった」
「しばらくは、ずっと傍にいる、約束しよう」
「指きりっ!」
 悟空に小指を突き出され、焔は微笑しながら、それに自身の小指を絡めた。
「嘘ついたらハリセンボンのーますっ!指きった!」
「では、これは俺からの約束だ」
「ん?・・・・んっ」
 上向いた悟空の唇に口づけた。





「・・・・おーい・・おい・・・」
 その背後から声がかかるが、二人の世界を作っている二人には思いっきり無視される。
「焔、虎族の方がお待ちですよ」
「ああ、忘れていた」
「おいっ!」
 あっさりと言われた言葉にツッコミしたのは、虎族の使節団の一人。
 赤い髪をして、とても使者の一人とは思えないラフな格好をした男だった。
「悟空、こっちは宮でしばらく預かることになった・・・・・・」
 間が空く。
「悟浄だよっ!」
「そう、悟浄だ」
 名前まで忘れたらしい・・いや、故意に覚えなかったのか、焔の能力からいえば後者の可能性が限りなく
 濃いのだが、相手は少しばかり眉間をひくつかせながら、自己紹介した。
「悟浄?」
 悟空は繰り返すと、焔の手を離れて悟浄の目の前まで近寄った。
 そして・・・


「・・・・っいってーっ!!何しやがるっこのガキッ!!」


 いきなり悟空に髪を引っ張られた悟浄は、叫ぶ。
 叫ばれて、悟空は半歩下がった。


「・・・・熱くない」
「はぁ?」
「燃えてるみたいに真っ赤だから熱いのかと思ったのに・・・つまんねぇっ!!」
「・・・・っ!おいこらっ!勝手に引っ張っておいてその言い草はねーだろっ!!」
 不意をつかれたように、一瞬息を呑んだ悟浄は、すぐに悟空を捕まえようと手を伸ばす。
 その手は、あっさりと悟空にかわされて、悟空は焔の横に並んだ。
「俺、悟空!焔の嫁。よろしくなっ!」
 にっこりと笑って言われ・・・悟浄の口がぱかりと開く。
「・・・・・・・・・・は?何だって?」
「悟空、虎族は耳が遠いらしい。もう一度言ってやったらどうだ?」
「おい」
「名前?・・悟空だって!」
「いや、そじゃなくてだな・・・・」
「悟空は俺の妻だ。何か問題でも?」
 焔は悟空の肩を抱きながら、文句があるなら言ってみろとあからさまに見下した視線を悟浄へと投げかける。
「問題って・・・そいつどー贔屓めに見立って・・・13、4だろっ!」
「16だっ!」
 悟空が言い返した。
「いや・・16って・・・・」
 焔と並んだ姿は、親子だと言われても納得できそうな年の差カップルに見える。
 悟空も誰かの”妻”になるほど成熟しているようには見えない・・・お子様だ。
 
 (犯罪だろっそりゃっっ!!)

 心の中で叫んだ悟浄は、髪をがしがしと掻き毟り、がくっと肩を落とした。













 虎族の使節一行は、虎族の王子とその護衛3人。王と護衛二人は光明の宮へ逗留することが決定したが
 残る一人は堅苦しい場所は嫌だと、どこでもいいから気楽に過ごせるところと要求したため、焔がその一人
 を引き受けることとなった。それが悟浄である。
 悟浄の胸中としては、気楽に過ごせる所=いい女の居る所、だったので、誤算もいいところだ・・とふて腐れ
 て居たところへ先ほどの仕打ちである。
 大人しく皆と一緒に居ればよかったぜ、と今更ながら後悔していた。


「悟浄っ!」
「・・・・・」
「ごーじょうっ!悟浄っ!・・・・河童っ!」
「誰が河童だ!このガキっ!」
「悟空だっ!」
 焔たちと別れ、あてがわれた部屋へと案内された悟浄。部屋で一人、黄昏ていたはずが、気づけば何故か
 悟空が顔をのぞきこんでいた。
「てめーなんかガキで十分なんだよっ!」
「俺は悟空だって!・・・ちゃんと呼べよ」
「・・・・・へーへー、気が向いたらな」
 どこか必死な眼差しの悟空に、誤魔化すように悟浄は天井を向いた。
「なぁ、悟浄。悟浄って虎なんだろ?」
「ったりめーだろ。それ以外の何だってんだ!」
「じゃっ!虎になれるんだっ!」
「・・・・・・・・・まーな」
 のぞきこむ悟空の金色の瞳は、嫌になるほどきらきらと輝いている。
 次にいいそうなセリフが嫌でも頭に浮んだ。
「なってみてよっ!」
 ほらな、と悟浄は呟く。
「・・・そーだな。てめーが龍になってみせるなら、考えてもいーぜ?」
 断るのは簡単だ。だが、悟空は素直には引きがらないだろう。
「・・・・・無理」
「あ?」
 そんなの簡単だ、と答えると思っていた悟空の反応に、悟浄が問い返す。
 悟空は、怒ったような、泣きそうな表情を浮かべていた。
「・・・だって、俺・・・龍じゃねーもん」」
「は?」

「龍じゃないって言ってんだよっ!悟浄のバーカッ!!

 悟浄の耳元で怒鳴った悟空は、そう叫んで窓から飛び出して行った。
「くそっ・・・あいつ・・・何だってんだ・・・」
 つーんとする耳を押さえて、悟浄は、悟空が消えた窓を見つめる。
 脳裏には泣きそうな顔の悟空が色濃く焼きついていた。




















 書類をめくる音が、静かな室内に響く。
 ソファに座りながら堪った仕事をこなす焔の隣には、いつもの元気が嘘のように大人しい悟空が居た。

「どうした?」
 焔に寄りかかる悟空に優しく問いかける。
 他の誰にもこんな態度はとらない。悟空にだけだということを、本人はわかっているのかいないのか。
「ん・・・」
 優しく髪を梳かれ、悟空はぼんやりと口を開いた。
「・・・どうして、俺・・・焔と同じ龍じゃないんだろ・・・」
「龍になりたいのか?」
「うん・・・・ううん」
 どっちつかずな悟空の返答。
「龍はさ・・・すっげー綺麗だから・・・・・・・俺だけ、何にもなれない」
「悟空」
 書類を置いた焔は、悟空を向かい合わせに膝の上に乗せ、その顔を見つめた。
「お前はお前以外の何者にもなる必要は無い。俺は、今ここに居る、悟空という存在を愛したのだから。
 それにお前は龍になれないかもしれないが、俺が居る。俺では不満か?」
 悟空は首を横に振る。
「・・・・焔、大好き」
「ああ、俺も。悟空」

 互いのぬくもりを分かち合うように、二人は抱き合ったまましばらくそうしていた。











  ≫


BACK