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「一丁上がりっ!」
「まずは、こちらの様子見というところだな」
 言った焔は、青龍刀を振って血糊を払う。それ以外に、先ほどの戦闘の名残は無い。
「弱っちすぎる!」
「そう言うな、後で存分に暴れさせてやる」
「ぜってーだからな!」

「・・・・・・・・」
 とても夫婦の会話とは思えない、悟空と焔の会話に悟浄はかくりと首を落とす。
 八戒と三蔵が気にかけていないところを見ると、日常茶飯事なのか・・・。
「しかし、これであちら側には我々がやって来たことがバレましたね」
「遅かれ早かれ気づかれることだ」
「悟浄、紅孩児たちと連絡のとりかたは決めているのか?」
「あー・・・」
 悟浄は気まずそうにぽりぽりと頭を掻いた。
「こんな能無しに期待するだけ無駄だ」
「何だとっ」
 ふんとバカにしたように(事実バカにしているのだろうが)三蔵に言われて、悟浄が気色ばんだ。
「事実、絡手段は無いんだろが」
「・・・・・」
 見下すような三白眼に、悟浄はわめき出しそうになる自分を必死で抑えた。

(我慢だ、我慢・・っこいつは成人したばっかりのガキなんだ・・・・っ)

「本当に使えない人ですね」
 まるで他意はない、というような微笑にざっくりと胸が切り裂かれる。
 悟浄は、悟った。
 龍族と虎族の仲が悪いは、こいつらの性格が悪すぎるせいだっっ・・・・と。
「まぁ、敵の本拠地にたどり着く間、このペースで騒動がおきるなら紅孩児のほうで連絡をつけてくるだろう」
 何とも消極的な策だったが、龍族として虎族の土地を荒らしまわるわけにもいかない。
 少なくとも自分たちに敵が攻撃を仕掛けてきたことからして、紅孩児はまだ無事でいるはずだ。




 










 その後、二度ほど襲撃を受けて、悟空が『腹減った!』と叫び始めたため本日はここまでとなった。
 一行の食事担当である八戒が料理をしている間、三蔵は干渉されるのを拒否するように少し離れた場所に
座り、悟空と焔は寝床を整えている。悟浄は汲んで来た水を八戒に渡し、丁度よく見つけた果実を本格的な
食事の前のおやつにと与えた。
「サンキュっ悟浄っ!!」
 瓢箪のような形をした黄色い木の実に、がぶりと悟空がかぶりつく。
 こちらが清清しくなるような食べっぷりであるが・・・焔はこんな色気の欠片も無い相手を本気で『妻』として
扱っているのだろうかと、余計な世話であろうが悟浄は不思議だった。外見は、確かに以前見たような天女
の格好をしていれば十分に及第点だ・・というよりは、美少女だと言い切ってもいい。が、間違っても悟空は
脇に控えて微笑んでいるだけなんてことはしないだろう。会うたびに元気に跳ね回っている悟空から感じる
のは迸るような、『生』の気。大人しく閉じ込められてくれるような存在ではない。
 次期龍王は、焔と決定している。その妻である悟空にはもちろん『龍王妃』の位が与えられるだろうが。
 この目の前で、手をべとべとにして気のみにむしゃぶりついている野生児が龍王妃・・・・・

(・・・・・・・・・・・ありえねぇー・・・・・・)

「どうしたんだ、悟浄?どっか気分でも悪いのか?」
 顔を覆った悟浄に、悟空が不思議そうな顔でのぞきこんでくる。
 真っ直ぐに逸らされない瞳は、金色の瞳。闇の中でも輝く神秘の瞳だ。
 こんな瞳を持った存在を悟浄は未だ嘗て目にしたことが無い。放浪癖があって、紅孩児付きの護衛官になるまでいい加減色々な場所をまわったが・・・。
「なぁ、おい」
「何?」
 首を傾げた悟空の背から、さらさらと音をたてて茶髪が零れ落ちる。
「前に、自分は龍族じゃねぇて言ってただろ」
「うん」
「・・・・・じゃ、何なんだ?お前」



「悟空は悟空だ。それ以外の何者でも無い」



「焔っ!」
 いきなり背後から抱き上げられた悟空が、驚きと非難のまじった声をあげた。
「余計な詮索をするものでは無い・・・自分の目的が何かもう忘れたのか?」
「・・・・忘れてねーよっ!」
 笑みを形作りながらも、冷徹な焔の瞳を睨み返して悟浄は立ち上がった。
 悟空が何者なのか、それは確かに気になる。
 気になるが、今はそんなことをしている場合では無いのだ。一刻も早く紅孩児たちと合流して、玉面公主を
排除しなければならない。

「こちらの寝床は夫婦水いらずで構わないか?」
 敵地だというのに、焔はぬけぬけとそんなことを言い放つ。
「・・・勝手にしてくれっ」

 言った、悟浄の背中に尋常ならざる殺気が突き刺さった。
 敵襲かっ、と振り向いた先に居たのは、にこやかな八戒で・・・・その手にあるのは包丁がわりの短刀。
 きらりと、白刃が焚火の炎を反射してきらめいた。

「・・・・八戒・・・・・さん?」
 思わず敬称をつけてしまった悟浄である。
 それほど、にこやかな八戒から漂う冷気は尋常ではなかった。
「寝床といっても無尽蔵な広さがあるわけではありません。そんな我侭がまかり通ると思っているんですか?」
「案ずるな、悟浄がそのあたりの草の上にでも寝てくれるらしい」

(おいっ!!)
 焔の勝手な言葉に、心の中で突っ込みを入れる。
 心の中で・・・というわたりが悟浄の立場の弱さを如実に現している。

「ほぅ・・・・そうですか」
「ああ、全く問題ない」
 焔と八戒の間で、見えぬ火花が散った。




「なーっ!メシまだっ?オレ、腹へって死にそーっ!!!!」




 一触即発な空気を撃ち破ったのは、そもそもの元凶の悟空だった。
 その悟空の機嫌をとるように、焔も八戒も先ほどまでの緊張感が嘘のように穏やかに動き出す。
 その間、三蔵は全くの部外者であるように目を閉じて持参していた書物に目を通していた。



 悟浄は嘗てないほど、疲労した。










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