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悟空が迷い込んだ江流の宮から焔のもとへ報せが入った時。 突然姿が見えなくなった悟空に、焔の宮の人間は大慌てで焔の下へ使者を送り、捜索隊を編成して いるところだった。少々大げさすぎると思わないでも無いが、平和な龍族内部にも虎族との和解をよしと せず、光明・・・引いては時期龍王と目される焔に反する勢力も存在する。 もしも、ということがあるのだ。 だから殺気立つ宮内で、おろおろと所在なげに紫鴛の前に通された江流の使者は感謝されるよりも 先に、八つ当たりともいえる殺気を向けられた。何とも運が無かったとしか言いようが無い。 しかも急遽、宮殿より知らせを受けて帰ってきた焔には、喉元に刀をつきつけられる始末。 このとき、使者は自分の命もこれまでだ、と思ったらしい・・・・。 そして、すぐさま輿がしつらえられ、江流の宮へ焔自ら、迎えに出向いた。 「朱炎の宮様が、ご到着されました」 侍従が伝えに来た時、悟空は悟能によって用意された食事を頬いっぱいに詰め込んでいる最中だった。 「ふぐんぐっ??」 「・・・・・・・・・」 何を言っているかわからないが、何となくわかる。 「朱炎の宮、というのは焔様のことですよ」 悟能は穏やかな笑顔を浮かべて悟空に教える。 龍族では名はあまり口に出して呼ばれることは無く、専ら家名や、与えられた役職で呼ばれる。 焔は王族なので、属性の『朱炎の』という尊称で呼ばれることになる。ちなみに江流の場合は、『紫金の』 と呼ばれている。 「え!焔が!・・・・あ」 一瞬、喜びに輝いた顔が・・・瞬時にヤバイ、と変化する。 絶対に一人で外には出るなと言われていたのに、まんまんと出てきた悟空である。 (お仕置き・・・・されるかも・・・・夕食抜きとか・・・・・・) 想像しただけで、暗澹たる気分になる悟空は顔色まで悪くなる。 先ほどまで嬉々として食事を頬張っていたとは思えない悟空の様子に、もしかして焔太子は亭主関白なの だろうか、と悟能は色々と推測する。 そこへ、ぶち破られるのでは無いかというほどに荒々しく開け放たされた扉と共に、礼儀も何もなく焔が 飛び込んできた。 「悟空っ!!!」 焔の姿に半分腰を上げて逃げ出しかけていた悟空は、最後の海老焼売の未練に負けた。 海老焼売を口に加えるその一瞬に、焔は悟空に駆け寄り、その体を抱きしめた。 「悟空!無事だったか!?どこも怪我はしていないか?」 「あー、うん、全然。元気」 鬼気迫る焔に対して、悟空はどこまでものほほんと平和である。 「良かった・・・お前にもしものことがあれば、俺は生きてはいられない」 「・・・・・・焔、ごめんな・・・・・・約束破って・・・・・・」 「いや、お前を一人にした俺が悪かったのだろう。寂しかったのか?」 「うん、寂しかった。でもここに来たら江流も悟能も居たから平気」 見るからに、焔はその悟空の言葉で計り知れないショックを受けていた。 「悟能ってすっげー料理うまいんだ!俺より小さいのになっ!」 「・・・・・・・・」 悟能は笑顔のまま、悟空の言葉にショックを受けた。 確かに悟能は悟空より身長が低い。仕方ないまだ成人前の龍なのだから。けれど、悟空に言われると 何故かとてつもなく衝撃だ。 「・・・ところで、この宮の主はどうした?」 「ここに居る」 不機嫌そうな江流が壊れかけた扉の前に立っていた。 「その主に挨拶もなく、いきなり押し入りのようにやって来るとは・・・・そいつと結婚してどうかしたんじゃない のか?誉れ高き時期龍王サマが?」 「ふ、望むところだ。しかし、お前もやけに饒舌では無いか?いつもは鼻で笑うか、睨むだけだろうに・・・ 俺が羨ましいか?」 「ちっ、誰が!」 「兄弟喧嘩は駄目だって!」 睨みあう二人の間に悟空が割り込んだ。 「黙れ、何も知らない奴は引っ込んでいろ」 「悟空への暴言も大概にしろ、江流」 「何だと?」 「未だ成人もせず呆けたか?」 ガゴッ!! 「「・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・」」 突然響いた凄まじい音に、焔と江流が悟空を振り向くと・・・・・・・・ どこからか取り出した如意棒を床にめりこませていた。 「・・・・・・・・・喧嘩するなって言っただろっ!!」 龍の足でも粉々にすることは出来ない床石を見事なまでに破壊した悟空はきっと二人を睨みつける。 凄まじい破壊力に、誰もが言葉を発せ無いなか、いち早く我に帰ったのは多少免疫のあった焔だった。 「・・・悟空。悪かった」 「もう喧嘩しない?」 「ああ」 本当のところはどうあれ、焔は頷く。 「・・・・江流は?」 「・・・・・・・・」 振り向いて問われ、江流はふいっと顔をそむけた。 適当な言葉で誤魔化せばいいものを、悟空のまっすぐな瞳に嘘は通じない気がして、言葉にできなかった。 悟空の顔が悲しげに歪む。 「・・・・大丈夫ですよ、悟空。江流は素直じゃないだけですから」 「悟能・・・」 それをフォローするように傍観者に徹していた悟能が穏やかに笑いかけた。 「悟空、帰るぞ」 「あ、うん・・・・・あの、江流、悟能・・・・また、遊びに来ていい?」 「誰がお前な・・・っん」 「江流は静かにしていて下さい。ええ、是非。歓迎しますよ、悟空・・・・ただ、朱炎の宮様のお許しがあれば ですけど、また騒ぎになっても困りますし」 「・・・・焔、いい?」 「・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・」 「駄目?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・仕方ない。ただし、出かける前には俺に言え」 「!!うんっ!ありがとう、焔!」 本日一番の笑顔を浮かべた悟空は、焔に飛びつくとその頬にちゅっとキスを落とした。 焔の目じりが明らかに緩む。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 その光景に江流と悟能の中に、もやもやとしたものが沸き起こる。 それがいったい何なのか。 いずれ、思い知ることになるが今はまだ、闇の中。 |