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 七日七夜続けられた祝いも、漸く落ち着きをみせ、日常へと戻っていく。
 ここ数百年、他の種族との争いもなく、平和と安寧に包まれた日常。好戦的なイメージの付き纏う龍族では
 あったが、決して無用な争いを望むものでは無い。特に現龍王光明は、同族の血が流れることを悲しみ、
 長年憎みあっていた因縁深い虎族とも和平を結び、互いに交流を結ぶまでにその関係を修復した。
 だが、その彼をして・・・同族が二つに分かれるほどの危機が迫っているなど、知るよしもなかった。










「んー・・・」
 焔を送り出した悟空は、焔の宮『朱炎の宮』にて退屈の虫を飼い始めていた。
 まだ慣れないこの世界では、悟空は親しい友人も居なければ、遊べる場所もよく知らない。
 悟空の行動力からすれば、すぐさま飛び出していきそうなものだが、焔から迷子になっては困るからと、
 一人で外出するのを固く禁じられていた。
 最初こそ、広い庭で駆け回ったり、木に登ったり、寝転んで泥だらけになったり、とおよそ新婚の妻とは
 思えないようなことをやっていた悟空だが、そろそろそんな行動も飽きてきた。
「焔・・いつ帰ってくるのかなぁ・・・」
 侍女に泥だらけになった服を着替えさせられ、昼食で腹も満たされた悟空は、部屋の中からぼんやりと
 空を見上げていた。

「・・・・・ん?」

 その空に、何かが飛んでいた。
 黒い点にしか見えないそれはだんだんと大きくなっていく。悟空はもっとよく見ようと身を乗り出す。
 

「・・・・・っ龍だっ!」

 黄金色の龍が太陽の光を浴びて、きらきらと輝いている。

「・・・きれー・・・すっげっ綺麗っ!!」

 黄金龍は宮のはるか上空を通り過ぎていく。
 その綺麗な龍がもっと近くで見たくて・・・悟空はついに、宮を飛び出した。












 空を飛ぶ龍には障害は無い、しかし地を駆ける悟空の前には岩があり、谷があり、山があり・・・何度か
 見失いそうになりつつも、悟空は必死で追いかけた。
 そして、漸くたどり着いたのは、焔の朱炎の宮と同じような造りをした宮だった。

「えーと・・・」
 さすがの悟空も他人の家に無断で入ってはいけないことぐらいわかる。
 どうしよう、と迷った末に・・・・悟空は忍び入ることにした。

 (もう一回・・・あの龍見たら、すぐ帰るから!少しくらい、いいよな!)

 いいわけ無いのだが、悟空の興味は黄金の龍一色に染まっていた。
 そう決意すると悟空の行動は早い。
 宮の外壁をぐるりと見て周り、壁の外まで伸びている木の枝を見つけると、身軽にその枝へ飛び移った。

「あの龍どこにいるんだ・・・??」
 木の枝から宮の中をぐるりと見回すが、広すぎてわからない。
 とりあえず、ぴょんっと飛び降りると、無造作に歩き出した。
 焔の宮は庭も綺麗に剪定され、どこか人工的な感じもしたが、ここの庭はとても自然・・・むしろ、伸び放題
 茂り放題・・・悟空の背丈ほどある草がそこかしこに茂っている。
 その草を掻き分けつつ、悟空は歩いていくと・・・ぽかり、と広い池のある場所にたどり着いた。
 その池の周りだけは、見られる程度には草が刈り取られ、囲むように回廊が伸びている。
 きょろきょろ、と視線を彷徨わせた悟空は・・・・・・廊下からこちらを見ている人物とばっちり目があった。

「あ・・・・・」
「・・・・誰です?」

 悟空より頭一つは低い少年・・・・眼鏡をかけ、書物を携えた・・・が冷静に問うた。

「え・・・と・・・俺、悟空!」
「そうですか、私は悟能と言います。・・・で何かご用ですか?」
 相手をしてくれそうな雰囲気に悟空は顔を輝かせて、草むらから飛び出した。
「あのさっ!龍、見なかった?金色の龍なんだけど・・・こっちのほう飛んでいったんだ!」
 眼鏡の向こうの緑色の目が、不審そうな眼差しで悟空を見る。
「・・・あなたは、何者です?このあたりでは見たことがありませんが・・・」
「だから悟空だって!」
「・・・・・・・・」
 悟能と名乗った少年はますます不審そうな表情になる。
「・・・まさか、この宮が誰のものか知らないわけでは無いでしょう」
「誰のなんだ?」
「・・・・・・。・・・・・・迷子、なんですね」
 少年は鎮痛な面持ちでそう結論を下した。無理もない・・・まるで埒が明かないのだから。
「違うって!龍追いかけて来たんだ!」
「・・・で、保護者は?」
 

「焔だ」
 口を開きかけた悟空の機先を制して、脇から声が掛かった。


「・・・・江流」
「あ!・・・江流っ!!」
 少年と悟空が異口同音にその掛け声の主の名を呼んだ。

「・・・・・お知り合いですか?」
「・・・・・焔の、”嫁”だ」
「・・・・・・・・。・・・・・・・・・・は?」
 少年の問い返しに、江流の顔が嫌そうに歪む。自分だってこれが本当に兄嫁なのかと思うと何だか頭が
 痛くなってくるのだ。
「うんっ!俺、焔の嫁っ!」
 笑って、悟空自ら、宣言してくれた。
 悟能の視線が江流へと流れる。江流はそれを無視した。何が言いたいかは、わかる。きっと自分と同じ
 ようなことを思っているのだろう。

「・・・まぁ、それはともかく。何だっててめぇが人の宮の庭でボロキレみたいになってんだ?」
「ん?」
 江流に言われ、悟空が己の服を見れば・・・それは無残に破れたり、ほつれたり・・・きっと龍を追いかけてる
 最中にでも引っ掛けたりしたのだろうが・・・あまりに酷すぎる。
「うわ。すげっでかい穴っ!・・・・紫鴛に怒られる!」
「「・・・・・。・・・・・・」」
 悟空はどうしよう、と言いながら服を引っ張って、余計に穴を大きくしている。

「・・・・江流、言っては何ですが・・・あの人が”嫁”というのは、何か激しく、間違いでは・・・・?」
「・・・・そうであれば、俺の頭痛も少なくて済むんだがな・・・」
「・・・・とりあえず、あの格好でお帰りいただくわけにもいきませんし、着替えを用意しましょう」
「・・・・そうしてくれ」
 もうこれで自分の用は済んだ、と去っていこうとする江流を悟空がとどめた。

「あ、江流!な、金色の龍、見なかったか??」
「・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・」
「見てない?・・・おっかしーな、こっちのほう飛んできたと思ったのに・・・・!」
 悟能が江流を見る。
「すっげー綺麗な金色の龍だったんだけどな!きらきらして、絶対近くで見てやろうと思って追いかけてきたん
 だけど・・・そういえば、江流の髪の毛の色と同じくらい綺麗だった!」
「・・・・・知るかっ!」
 江流は吐き捨てるとさっさと宮の中へ入って行ってしまった。
「へ??」
 悟空は訳がわからず、首を傾げる。
 その後ろから、くすくすと笑う声がした・・・・振り返ると悟能が、今までの不機嫌そうな表情を一変させて
 眼鏡を外して、目元を袖でぬぐっていた。

「???」
 ますます訳がわからない。
「ああ、すみません・・あんな江流を見たのは久しぶりだったもので・・あの人にも”照れる”なんて感情あった
 んですねぇ・・・・・・悟空さん」
「??悟空、でいいって」
「では、悟空。その金色の龍は・・・・・・・・・」
「えっ!?やっぱ悟能、知ってんのかっ!?」
 回廊のきざはしから身を乗り上げ、悟空の金色の瞳が期待をこめて悟能を見た。
 その目を見た瞬間、悟能は何か、自身でもよくわからない衝撃を感じ、一瞬、見惚れてしまった。

 (・・・ここで素直に教えてしまうのも面白くありませんよね・・・・・)

「いえ、僕の気のせいかもしれません。・・・それよりも、悟空。服を着替えていったほうがいいでしょう?用意
 させるので、こちらへ上がってきて下さい」
「そっかぁ・・・・あ、でも!見つけたら教えてくれなっ!」
「はい、わかりましたv」

 にっこり笑顔を浮かべて頷いた悟能は・・・・・・・・完璧に面白がっていた。






  


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