−− 2 −−







 花嫁を迎えた翌日は、皆の前でのお披露目が行われる。
 龍王の宮では、新婚の二人を迎えるためのお目出度い飾りつけが施され、華やかさを増す。
 金銀に、祝福の赤、花嫁の白、その他様々な祝福の色が二人を迎える。
 公式の行事はだいたい位の低い者から入室し、龍王が呼びかけとともに最後に入室する。
 しかし、この日ばかりは主役は新婚の二人。龍王さえも二人を迎えるために、他の龍族と共に、一段高く
 なった場所で二人が現れるのを待つのだ。
 江流も面倒な顔をしつつも、傍近くに控えている。

「お着きです」

 その言葉にざわめいていた広間の喧騒が、沈黙に変わった。
 広間に続く扉がゆっくりと開かれ、主役の二人の姿が現れる。
 いつも通りの焔の隣で、少々緊張しているらしい小柄な花嫁は焔の服の裾をぎゅっと片手で掴んでいる。
 睦まじさがにじみ出て、微笑ましい。
 そんな緊張している花嫁を焔は促し、最前の龍王の前まで共に進み出た。

「焔、悟空。結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
「えと、ありがとう、ございますっ」
 たどたどしい口調の花嫁に、光明の優しい笑顔が向けられる。
「悟空、焔のことをよろしくお願いしますね?」
「うんっ!」
 結婚前に光明とはすでに面識を得ているので、悟空は臆することなく返事をかえした。
「焔は、私が言うまえでも無いと思いますが、悟空のことを大切にしてあげて下さいね」
「もちろんです」
 にっこりと笑いあった悟空の焔の脇で、目を見開いている江流が居た。

 (・・・・想像と違う)

 予想していた(筋骨隆々)花嫁の姿とはまるで違う悟空の姿に江流は驚いていた。
 焔と並ぶとあまりに華奢すぎて、あれで本当に焔より力が強いのかと大いに疑わしい。しかも幼い。

 (・・・あいつにロリコンの趣味があったとはな・・・)

「さて、堅苦しい挨拶はこれまでにして・・・お祝いです。楽しみましょう」
 龍王の言葉に各所から歓声があがった。
「悟空もいっぱい食べて下さいね」
「うんっ!ありがと!」
「悟空、こっちに来い。席が用意されている」
 焔に手を引かれ、隣に座らされた悟空は目の前のご馳走に金色の瞳をきらきらと輝かせている。
 そうしていると幼さが一層引き立って、焔との年の差が思われる。
「悟空、これも美味しいぞ」
「うん!」
「そんなに急いで口に入れずとも、逃げはしない」
「う、んぐっ」
 甲斐甲斐しく悟空の世話をやく様は、普段の冷徹な焔のイメージから驚くほどにかけ離れていて、焔が
 いかにこの伴侶を大切に思っているのか嫌でも思い知らされる。

 (・・・鼻の下伸びきってやがる・・・)

 そんな焔のざまに、ふんと鼻を鳴らした江流はもうこんな喧騒な場に居るのはご免だと立ち上がった。

「ん?」
 その江流にたまたま気づいたのが悟空で、焔は次々に現れ祝辞を述べていく連中に対応して、一瞬、
 悟空から目を離した。
 悟空は掴んでいた箸を置くと、興味の赴くままその背を追った。





 ぎゅっ!

 ぶちっ!




「あ・・・・・」
「・・・っ!?」
 悟空の手に、数本の金糸が握られている。
「てめ・・・・っ何しやがるっ!!」
「ご、ごめんっ!あ、あの・・・」
「ふざけんなっ!」
 引き抜かれた髪があった部分の頭皮を押さえつつ、江流は不意の事態に目を吊り上げた。
 だが、振り向いた江流はそこに立っていた人間に言葉を失う。

 (・・何で、こいつがここに・・・??)

 兄の焔の伴侶たる悟空が、わたわたと手を上下させている。
 その右手に握られているのは、間違いなく江流のもので・・・。


「ご、ごめんなっ!み、見てたらきらきらしてて、すっげ綺麗で・・太陽みたいだったから!」

 江流は自分より頭一つは高いところにある顔をぽかんと見上げる。
 後で思い返せば、酷く間抜けな表情をしていたことだろう、と後悔するのだが・・・。

「ほんと、抜くつもりなんて無かったんだって・・・ごめん」
 何故か抜かれた江流ではなく、悟空のほうが悲しげな顔をしている。
 『許してくれる?』とばかりに江流を見つめる瞳が犬を思い起こす・・・もっともこんな金色の瞳をした犬など
 どこを探しても居るわけもないが。
「・・・・・・俺は」


「悟空、何をしている?」
「あ、焔」
 煌くばかりの笑顔を浮かべて悟空は振り返った。
 焔が歩みより、悟空の肩を抱き、引き寄せる。
 悟空へと愛しげに向けられる眼差しが、江流にながれると、瞬く間に凍てついた。
 
「何をしている、江流」
「・・・・・」
 問われて、江流はただ焔を睨みつけた。
「焔!オレがさっ、江流?・・の髪の毛抜いちゃったんだ・・・・・ごめんな」
 最後の言葉は江流に向けられた。
「そうか、それは悟空がすまないことはしたな。悟空、前にも話したことがあると思うが、これは俺の弟の
 江流だ。まだ幼な龍だが、なかなか力は強い」
「へぇ!凄いんだなっ!」
「・・・・・・」
 江流の眉間に皺が不快そうにぴくりと動く。腕の中に悟空を閉じ込めたまま、所有権を固辞するように話す
 焔に訳も無く苛立った。
 
 (そんなに他人に見せるのが嫌なら宮の奥深くにでも閉じ込めておけ・・っ)

「悟空。急に席をはずして皆が心配している、戻るぞ」
「うん。・・・じゃ、またな。江流」
 ばいばいと手を振り、悟空と焔は去っていく。

「・・・・ちっ」
 江流は小さく舌打ちすると、全てを振り払うように踵を返した。







  


BACK