これが、これこそが 執着 己以外の誰にも 触れさせはしない |
√5 焔 5 |
部屋の中で、じゃらりと金属の擦れる音がした。 「・・・目覚めたか?」 ベッドの上で身を起こした小さな影は、首を傾げて自分の足首を見ていた。 そこには鎖がつけられ、ベッドのポールに繋がれていた。 目覚めても逃げ出せないように焔がつけたのだ。 焔はそのベッドに近寄り、現状を把握できず不安そうな顔をしている悟空に優しい笑顔を向ける。 「俺のことを、覚えているか?」 悟空はこくん、と小さく頷く。 「まだ名乗っていなかったな。俺は焔、と言う」 悟空が再びこくん、と頷く。 「お前は今日からここで暮らすんだ。もし何か欲しいものがあれば・・・この紙に書いて俺に渡せ」 悟空は首をかしげ、口を動かした。 『こんぜん・・は?』 「金蝉は居ない。そのかわりに、俺が何でもお前の望むことを叶えてやろう。何不自由無い暮らし、 お前を決して一人にはしない」 焔は愛しげに悟空の茶色の髪を撫ぜ、頬を包むと、見上げる悟空の金色の瞳が悲しげに陰り 今にも泣きそうになっていた。 『・・おれ・・いらない・・・』 「ん?何もいらないのか?」 悟空は違う、と首を横にふる。 『こんぜん・・・おれ、・・・すてた・・・?』 「・・・・・・」 『こわれた、から・・・・』 悟空の誤解だった。 金蝉は悟空を捨てたわけではない。焔が奪ったのだ。 だが、それを教えてやるほどお人よしな焔ではない。 「大丈夫だ、悟空。俺はお前を捨てたりはしないから」 悟空の目から涙がぽとり、と零れ落ちた。 それは丸い宝石となって焔の手の中で光輝く。 「悟空・・」 泣き続ける小さな体を抱きしめて、焔は笑みを浮かべた。 焦がれた存在は、今。腕の中に―――。 「ちょっと待って下さいっ!どこへ行くんですかっ!!」 止めようとする天蓬の腕を振り切って、金蝉はロビーを出て行く。 ほんの3分前に、悟空を修理に出していた店から電話が入り金蝉に取り次いだのだが、その電話 を聞くや否や金蝉は受話器を投げ打って社長室を飛び出したのだ。 いきなりのことに驚いた天蓬が慌てて、後を追うが金蝉は聞く耳もたずで車に乗り込み走らせる。 「いったい・・どうしたんですか?」 同じように金蝉の隣に乗り込んだ天蓬が問いかける。 「・・・・悟空が」 金蝉が眉間に皺をよせ、不機嫌に低い声で答えた。 「・・・何者かに盗まれた」 「な・・・・っ」 驚く天蓬、そのまま金蝉は一言も口を開くことなく悟空を預けていた店に到着した。 「申し訳ございません」 店主は金蝉の姿を見るなり深々と頭を下げた。 「今までこのようなことはありませんでしたので、油断しておりました。プランツが一人でどこかに 行くとは思われませんし・・・外からブレーカーが落とされていた痕がありましたので、誰かが プランツを連れ出したのだと思います」 「手がかりなどは?」 「全くありません」 金蝉はぐっと拳を握り締めた。 「ただ他のプランツに触れたあとはございませんから・・・」 「悟空だけが狙いだった可能性が高いんですね」 「はい」 「・・・悟空は、何か特別なものだったのか?」 「いいえ。あのプランツは少年体であるということは珍しゅうございましたが、それ以外は普通の プランツたちと同じでございます」 「・・・・金蝉」 黙ってしまった金蝉に天蓬がどうしましょう、と問いかける。 「・・・帰る」 「金蝉!」 「ここに居ても仕方ない。もし・・・悟空が戻ってくることがあれば連絡をもらえるか?」 「もちろんでございます」 慌しく再び車に乗り込んだ金蝉は天蓬に命令した。 「悟空に関わった可能性のある人間をリストアップしろ。そう多くは無いはずだ」 「ええ、わかりました。倦簾にも手伝わせます」 『天竺』の総務、警備部門を担当している倦簾は仕事がら他の会社の動きにも目を光らせている。 「・・・・頼む」 「もちろんです。僕だって・・・悟空は本当に大切なんですから」 これまで何者にもこれほどの執着を見せたことは無かった金蝉。 悟空のことだって最初はいきなり観世音に押し付けられて、いい迷惑だと思っていた。 (悟空・・っ) 居なくなったと電話で聞いて、咄嗟に体が動いた。 何も考えられず、ただ悟空の行方を求めて店へと車を走らせた。 これほどに自分は。 あの存在に囚われていたのだ、と。 金蝉は自覚した。 天蓬は全ての仕事を後回しにして、関係者リストの作成に集中した。 その甲斐あってか、おそらくこれで漏れは無かろうというリストは午後には金蝉の元に届いた。 「まず、金蝉と僕、倦簾は除外できます。・・・それから観世音会長ですが・・・」 「ババァか・・・あいつなら嫌がらせでしかねん」 「・・と僕も思いましたので一応お尋ねしてみましたところ今回は本当に心当たりが無いそうです。 ですから4人を除いて、悟空に会ったことがある人間というのは100人ほど。その方々のアリバイ などを確認した結果、可能性があるのは20人ほどに絞ることが出来ました。それが渡したリスト に載っている人たちです」 「・・20人か、個別に確認できない人数では無いな」 「ええ、可能です。少々時間がかかりますが・・・。それよりも先ほど店の方から電話がありまして」 「何だ?」 「悟空のメンテナンスが一通り済んだ日に、悟空のことを尋ねに入ってきたお客が居たそうです」 「・・・誰だ?」 「名は名乗らなかったそうですが、特徴を詳しく教えていただきました。背はすらりと高く、バランスが とれていて、品も良く上流階級の人間であること。黒髪に端整な美貌、そして何より目を引いたのが ・・・・・両目の色が違う、オッドアイ」 「・・・焔かっ!」 「おそらく。この特徴が全て当てはまる人間というのはそう多くは無いでしょう。すでに倦簾には 『闘神』のほうに行ってもらっています」 「俺も向かう」 「きっとそういうだろうと思ってましたから、正面に車をまわしてます」 いったい何のつもりで焔が悟空をさらったのか、金蝉にはわからなかったが、奪われたものは 取り返すまで。 いつになく好戦的な気分で金蝉は腰をあげた。 |
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† あとがき †
次で。次でおそらく終わりです。
焔VS金蝉
決着つきます(笑)