空虚だった。

権力も金も女も、何ものもそれを埋めることは出来なかった。
ただ

一つだけ


きっとそれが
俺を


救う
















√5 焔 4
















「ったく・・・まさか俺が盗人の真似をすることになろうとはな」
「嫌なら私だけでします。あなたは会社に戻っていて下さい」
「誰も嫌だとは言ってねーだろ・・・はぁ、準備しとけって言ったのはこのことか・・・」

 焔から電話を受けた紫鴛はすぐさまに行動に移した。
 外回りに出ていた是音を呼び戻し、目立たない車に共に乗り込むと激しい雨が降り続く
 道をある場所に向かって走らせた。

 その場所とは。


「・・・ここか?」
「ええ、例の人形を売っている店です」
 路地裏のひっそりした、人の出入りも無い場所に隠れるようにある店。
 そここそが、焔が悟空を見つけた場所。
「茶色い髪をした、金色の目の少年です。間違えないように」
「りょーかい」
 紫鴛の言葉に是音は顔を知られないようにマスクを被る。
 いつの間に用意したのか店の見取り図から悟空が置かれている場所はだいたい検討が
 ついている。
「5分後に店の前に車をつけます」
「わかった」
 是音は短い言葉に頷く。
 
 紫鴛と是音は、唯一焔が孤児院に居たころからの、いわば友人だった。
 焔が帝家の養子となり、その稼業を継いだときに引き立てられた。
 昔から焔は何にも執着しない、わが道を行く傲慢な性格だったが帝家の養子になってから
 さらにそれに拍車がかかっている。
 だが、焔は決して人でなし、では無い。
 冷たく見え、そう振舞っていたとしても・・・本質は違う。
 環境が焔にそうすることを強いただけで、もし穏やかな平和な日々に身を置いていたならば
 彼は、きっと優しい男になっていただろう。
 そのことを紫鴛も是音も知っていた。・・・二人だけが。
 だから、こうして犯罪行為をも犯そうとしているのだ。



 
 是音は外からプレーカーを落とすと、真っ暗闇になった店の中に忍び込む。
 人殺しは本意では無いが、場合によっては仕方が無いと銃を携行していたが出来れば
 使わずにすませたいものだ。
 赤外線スコープで足音を消して、進む。

 果たして、誰にも出会うことなく是音は”それ”を見つけた。
 椅子に座るそれはぴくりとも動かず目は閉じたまま。
 だが、間違いないだろう。
 さっと抱き上げ肩にかつぐと、入り口を目指した。


 タイミングよく紫鴛の運転する車が停止する。
 自動的に開いた後部座席に是音は滑りこむと、車は何事もなく走り出した。






















 帝家の本宅とは別に焔の屋敷は街を少し離れた場所に建っている。
 ここは焔と、紫鴛、是音の三人以外には滅多に訪れることはない。
 隠れ家のようなものだった。

 その屋敷の一室に攫われた悟空は居た。
 天蓋付きの瀟洒なベッドの上に横たえられている。
 
「・・・・悟空」
 それを見つめるのは、焔だった。
 紫鴛と是音の二人から悟空を受け取った焔は用意させていた部屋に運び、それから
 ずっと傍についている。
 
「早く・・・目覚めろ・・」
 普段の焔を知っている人間が見れば目を疑うような、優しく熱っぽい眼差しで悟空に
 語りかけ、その頬を優しくなでる。
 焔は今、己でも信じられないほどに昂揚していた。
 快哉を叫び、踊り出しそうなほどに。

「・・・・・ふ」
 自然と口元に笑みが浮かぶ。
 
 悟空を目の前にして改めて焔は思い知っていた。
 どれほど自分がこの存在を欲していたか。
 内で荒れ狂う感情は・・・手に入れたという喜びと、いとおしさ。
 
「・・・・悟空」
 その名を口にするだけで、目頭が熱くなる。


「もう・・・誰にも渡しはしない。お前は・・・俺のものだ」

 金蝉はおそらく・・・いや、間違いなく悟空を探すだろう・・・死に物狂いで。
 だが、焔にはそれを凌ぐ自信がある。
 ぬるく、甘い世界で生きてきた御曹司ごときに己が負けるものか。
 場合によっては・・・

「くっくっく・・・・」

 早く、目覚めろ。悟空。
 そして祝杯をあげよう・・・・・。
















 


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† あとがき †

ブラック焔(笑)
次で終了・・・できるかなぁ・・・


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