愛していた

何よりも誰よりも

強く 強く


この命より















√5 焔 6













「だから言ってるだろ。ネタは割れてんだからさっさと返せよ」
「ですからこちらも申しておりますように、いったい何のことやらわかりません。何か勘違いして
 おられるのでは?」

 こんなやりとりが30分は続けられている。
 ここは『闘神』本社ビル、最上階にある応接室である。
 賓客を迎えるために造られたその部屋には、倦簾と紫鴛が向かいあっていた。

「だったら焔社長はどこに居る?昼日中からどっかに遊びに行くほど暇じゃねぇだろ?」
「答える必要の無い質問かと。社長は所用で外出中です」

 プランツ・・悟空のことを尋ねにやってきた人物が焔であることが判明してすぐに倦簾は天蓬に
 『闘神』へ向かわされた。
 すでに連絡はしてあったのか、あっさりとここまで通されたもののあとはずっとはぐらかされる。
 本当に知らないのだという可能性も考えられないではなかったが、倦簾の勘がクロだと告げていた。

「他人のものを取るなんて泥棒だぜ?」
「さて。何のことを仰っているのかわかりかねますが、物の価値観は人それぞれですから」
「・・・・・・・・」
 埒があかない。
 紫鴛を相手にするには、倦簾は真っ直ぐに過ぎる性格だった。
 何をしてやがるんだ、天蓬の奴は・・・と内心で悪態をついた倦簾に、内線連絡の音が響いた。
 
「何ですか?」
 すかさず紫鴛が受け取る。
『天竺の金蝉様、天蓬様がおいでです』
「・・・わかりました。失礼のないようにこちらにお通しして下さい」
 倦簾は言うなれば実働部隊だ。漸く頭脳班が到着したらしい。







「悟空はどこだ?」

 入ってきていきなりの金蝉の怒声に、倦簾は驚いた。
 これでは頭脳班どころか突撃隊だ。
「まぁまぁ、金蝉。落ち着いて下さい・・・あ、倦簾。悪いんですけど車、すぐに動けるようにしておいて
 もらえます?」
「お、おう・・」
 後はまかせた、とばかりに倦簾はそそくさと応接室を後にする。
「さっさと言え。焔が悟空を連れていったことはわかってんだ」
「さて、悟空さん・・というのは?」
「貴様・・・っ」
 紫鴛の襟首を掴もうとする金蝉を抑えて、天蓬は前に出る。
「ご存知のはずです。悟空というのは我々の保護下にあるプランツドールのことです。プランツドール
 といえば一財産に値する存在です。それを無断で拉致監禁、隠匿するようならば法的手段に訴え
 てもよろしいのですよ?」
 紫鴛が薄く笑った。
「なぜそれほど慌てられるんです。確かに一般人からすればプランツドールといえば大変な財産ですが
 『天竺』ともなれば、プランツの一体や二体痛くも痒くも無いでしょう」
 こうなれば騙しあいだ。
 長期戦になることを覚悟した天蓬だったが、金蝉が静かに告げた。







「・・・大切だからだ。この世界でただ一つ。大切な存在だからだ」







 紫鴛も、天蓬でさえ言葉を失った。
 まさか金蝉が人前で堂々と己の内を吐露するなど想像できなかったから。



「返してくれ、悟空を。あいつは・・・・・俺の唯一、だ」
「・・・・金蝉・・・」

 不機嫌な顔で他人のことなど感心を持つことなくずっと生きてきた金蝉の、痛いほどに真っ直ぐで
 真剣な言葉に、天蓬は改めて悟空の存在の重さを知る。
 
 ただ一つ、絶対なもの。
 自分のくだらないプライドなど、必要ない。

「・・・・・頼む」
「・・・っ!?」
 金蝉が、紫鴛に向かい膝をつき頭を下げる。
 天蓬は瞬間、目を見開いたものの・・・すぐに金蝉の隣に同じように膝をつき、頭を下げた。
「私からも・・・お願いします」

 部屋に沈黙が下りる。
 根負けしたのは紫鴛だった。

「・・・・・・・・・。・・・・・・どうか、そのようなことはおやめ下さい」

 紫鴛は膝をついた二人に、ゆっくりと口を開いた。

「・・・私の最も優先させるべきは焔の意志です。『天竺』に比べれば『闘神』はまだまだ足元にうずく
 まる有象無象の企業の一つにしか過ぎないでしょう。けれど焔なら同等・・いや、それ以上の高み
 へと導いてくれる。だからこそついて来たのです。・・・けれど焔にそれを強いすぎました、私たちは。
 焔と・・・金蝉社長、あなたは似ている。でも違ったのは、その”唯一”があったかどうか・・・・・・・」
 紫鴛は淡々と紡ぐと一旦切った。

「ご案内します、焔の元へ。どうするかは焔が決めるでしょう」




























「悟空、ミルクだ」
 人肌に暖められて差し出されたそれに、悟空は首を横に振って受け取ろうとしない。
「欲しくないのか?」
 悟空がまたぽろり、と涙を落とす。
「泣くな、悟空・・・金蝉のことなど忘れてしまえ。お前には俺が居る・・ずっと、永遠に」
 悟空は泣き続けた。
 ただひたすらに。
 焔がいくら優しい言葉をかけようと、どんな品物を並べようと見向きもせずただ金蝉を恋しがって
 涙をぽろぽろとこぼした。
「悟空・・・お前は・・・・・・・・・・。俺を、見てはくれないのか・・・」
 

 あの男が。
 この世界に生きている限り。


 焔の胸の中で、悟空の金色の瞳は目の前の人物を見つめることなく打ち震える。
 悟空は焔の言葉を勘違いして、金蝉に捨てられたと思っている。
 それなのに、悟空は金蝉を恨むことなく、悲しんでばかりだ・・・焔を見ようとはしない。

 焔は、そんな悟空の顔が見たいのではない。
 ただ、笑って欲しい。
 自分を・・・金蝉を見る眼差しで、同じ視線で・・・焔を見て欲しい。

 無理な願いなのか?・・・・・・・いや。


「ならば・・・・」
 ならば悟空の内から金蝉という存在を消してやろう。
 跡形も無く。
 何の未練も残らないように。
 焔だけを。
 その金色の瞳に映すように・・・・・・・・。

「悟空、お前には俺しかいないのだと教えてやる。・・・お前の目の前で」



 金蝉を殺してやろう。







 そう決意した焔の視線の先にに二台の車が滑るように入ってきた。
 一台は紫鴛のもの、もう一台は・・・・

「ああ・・迎えに行く手間が省けたな」
 焔は未知なる車から焦ったように飛び出した人物を目にしてくっくっくと笑った。
「悟空・・・お前の枷をこれから断ち切ってきてやろう。いい子で待っていろ」
 瞬きもせず、静かに涙を流す悟空の髪を優しく梳いて、焔は部屋から出て行った。

「是音、悟空の護衛を頼む」
「・・・・・了解、あんまり無茶はしないでくれよ」
 外で待機していた是音の言葉に、焔は薄く笑ってかえした。










「悟空はどこだ?」
 螺旋階段へと続く、広大な玄関ロビーで金蝉は紫鴛を問い詰めていた。
「焔と一緒に居るでしょう・・・が」



「・・・悟空は渡さんぞ」

 階上からの声に、金蝉、天蓬、倦簾の視線が頭上を見上げた。
 
「焔!・・・・・っ貴様っ!」
「いけませんっ、金蝉!」
 激昂して駆け出そうとする金蝉を天蓬が押し留めた。
「放せ、天蓬っ!」
「ダメですっ!」
 金蝉には伝えていないが、焔の経歴には闇に隠れた部分が多い。
 相当にヤバイことにも関わってきた形跡がある。
 そんな相手が敵とあらば、どんな手を使ってくるかわからない。
 うかつに近寄るべきでは無い。
 悟空を取り返すことはもちろんのこと、天蓬は金蝉の命も優先順位の高いものである。


「ようこそ、金蝉社長。よくここが、と言いたいところだが・・・・少々来るのが遅いのではないか?」
「何っ!」
「・・・・紫鴛」
「すみません、焔」
 それだけ言うと紫鴛は後ろへ引いた。言い訳はしない、ということだろう。

「悟空はどこだっ!貴様が・・あいつを誘拐したことはわかっているんだ!」
「安心しろ。酷い目にはあわせてはいない。・・・・・泣いてはいるがな」
「な・・・・っ!」
 天蓬に抑えられている金蝉の手がぐっと拳をつくる。
 焔を睨みつける金蝉の視線の強さは、これまで生きてきた中で最も強く、激しかった。

「原因は俺では無い・・・お前だがな、金蝉」
「なにを・・っ」
「どうやら、悟空はお前に捨てられたと思い込んでいるらしい。悲しんで涙を流している」
「捨ててなどいないっ!貴様が・・・っ!」
 焔がゆっくりと螺旋階段を下り、金蝉に近づいていく。

「そう、俺には好都合な勘違いだ」
「・・・勝手なことばかり言うな!悟空は連れて帰る、どこだ!」

 倦簾が金蝉をかばうように、焔との間に体を滑らせる。

「それ以上、近づかないでもらえるかねぇ。俺、一応こいつのSPでもあるんでな」
「ほぅ・・・役に立たぬSPもあったものだ」
 余裕の笑みを浮かべた焔は・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 
 ガゥンッ!ガゥンッ!!


 顔色も変えずに、懐に忍ばせていた鈍色の銃で倦簾の両足を打ち抜いた。

「「倦簾っ!!」」
「焔っ!」

「動くな!・・・天蓬元帥?胸から手を出してもらおうか・・・余計なまねは命を縮めるぞ」
「それこそ、余計なお世話ですよ・・・」
 言いながらも、天蓬は胸から手を出し、上にあげる。
 



「・・・・俺は悟空が欲しい。悟空が傍に居てくれるならば、他に何も望みはしない。無理な相談だとは
 思うが・・・譲る気は無いか?」
「寝言は寝て言え!」
「・・・まぁ、頷くとは思ってはいなかったが・・・では、最終的手段に出さしてもらおう」
「何・・・?」
「金蝉、下がって!」


「悟空を俺のものにするのに、貴様は邪魔だ。金蝉」

 焔の銃が金蝉に向かって火を噴いた。
































 ガシャンッ!!



「何だっ・・・!?・・・・悟空っ?!」
 護衛をして、扉の外で待機していた是音はガラスの割れる音に、慌てて部屋をのぞくと、いったい
 どうやって鎖をはずしたのか・・・悟空の小さな手が窓ガラスを叩き割っていた。

「何て無茶しやがる・・っ」
 大またで悟空に近づくと、ガラスに突っ込んだままの手を慎重に取り出す。
 白い肌に破片が無数に突き刺さって、赤い血が流れている。
 相当な傷だ。
 だが、悟空はそんな傷も気にすることなく、今度は反対の手でもう一度ガラスを割ろうとする。
「やめろっ、悟空っ!」
 寸前で、腕をつかみ・・・拘束すると、寝台へ引き戻した。
 ガラスの破片はあとで、医者にみせて取らなければならないだろうが、とりあえずの応急処置を
 しておかなければいけない。
「・・いいか、何でこんなことをしたのか知らんが・・二度とするな。こんなことをしてもお前はここから
 出られねぇし・・・ここ以外に行くところは無いんだ」
 出来るだけ、丁寧にゆっくりと言葉にする是音を悟空は金色の瞳でじっと見つめると、口を動かした。
「何・・・?」


  『・・・いかないと・・・』


  『・・・・いかないと・・・こんぜん・・・のとこ』


「お前・・・」
 知らないはずだ。金蝉がここに居ることなど・・・それなのに。
 『わかった』のか・・・。


 『・・こん、ぜん・・・・・よん、でる・・・・』


 はっと是音が繋がれていたはずの鎖を見れば・・・壁に固定されていた金具が、引きちぎられた
 ような痕がある。

「お前が・・・やったのか?」
 金蝉に会いにいくために・・・・・。
 
 呆然とする是音の先で、ただ悟空はどこかに居る金蝉を思い、金色の瞳をゆらめかせていた。


 


























「天蓬っ!!」
 金蝉の代わりに焔の銃弾を受けて、膝を折った天蓬の肩から血が流れていく。
「・・・大丈夫です、それよりも・・・・これを」
 天蓬は金蝉に携帯していた小銃を手渡す。
「・・逃げて下さい。悟空はいつでも取り返せます・・・でも金蝉、あなたの命は一つだけなんですから」
 だが、金蝉は銃を受け取ったまま動こうとはしない。

「くくっ・・・どうする、それで俺を撃ってみるか?お前に人が撃てるのか、金蝉」
「貴様・・・っ」
「温室育ちの御曹司。お前に人が殺せるか?」
 焔は腕を開き、金蝉の前に胸をさらけ出した。
 撃てるものなら撃ってみろと笑いながら挑発する焔に、金蝉はぐっと銃を持つ手に力をこめた。

「さぁ、どうした?」
 くっくっと笑う焔。
 ・・・その頬を銃弾がかすめた。
「どこを狙っている?・・・・銃というのはこう使うものだ」

 ガンッ!!

 焔の発した銃弾が金蝉の手にあった銃をはじき飛ばす。
 カラカラと音をさせて銃が床を滑っていった。


「さて、もう一度問おう」
 両足を打ち抜かれて床に倒れている倦簾、肩をおさえてしゃがみこんでいる天蓬、衝撃からか右手
 を押さえる金蝉・・・三人を順々に眺め、焔は口をひらく。

「悟空を譲る気は?」

「無いっ!」
「ありませんよ!」
「くそくらえ!」
 いっそ小気味いいほどに拒絶の言葉が即座にかえった。


「良いだろう・・・では、冥土の土産に見せてやろう」
 焔がかつん、と音をならし螺旋階段から身を避けた。
 その背後に居たのは・・・・・・・悟空だった。



「「「悟空っ!!」」」



  『こん・・ぜんっ』

 声なく悟空が口を動かし、金蝉に駆け寄ろうとしたのを焔の腕が掴み引き寄せる。
 

「悟空・・・よく見ておくがいい。お前の・・・・主が消えるのを」
 悟空に囁いた焔は、その体を紫鴛に預け・・・・銃口を金蝉たちへと向けた。
 悟空の金色の目が見開き、叫ぶ。















「・・・っこんぜんっ!!!」







 同時に銃弾は、金蝉の胸を貫き・・・天蓬と倦簾の体も床に崩れた。
 
 
























 白い大理石の上を赤い血が流れていく。

 紫鴛の手を振り払って、倒れる金蝉に駆け寄った悟空は・・・ちゃんと音となった声で金蝉の名前を
 連呼して、涙をぽろぽろと流している。
 喉にこみあげる血でせきこみながら悟空に何か言っていた金蝉は・・・やがて力を失い、悟空の頬に
 当てていた手が・・・・・・・・・・・・・床に落ちた。






 悟空は、座りこんだまま身動きしない。


「・・・悟空」
 名を呼ばれても反応しない。
 金色の目が凍りつき、瞬きもしない。
「悟空っ!」

 悟空は全ての動きを止めていた。
 プランツ・ドールではなく・・・・ただの”人形”となって、悟空はそこに在った。














 そのまま悟空が、焔の前で元に戻ることはなかった。















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† あとがき †

決まっていたとはいえ・・何と後味の悪いラスト・・・
焔さまの救われなさに涙しそうです。
すごーくあっけなく殺されてしまった金蝉も昇天しきれず
生き返ってきそう・・・・
仕方なし。これも三蔵編に続くための話とあらば
心を鬼にして書くのだっ!・・と思ったものの、なかなか。
こんなに長くなるとは思ってもおりませんでしたが、ここまで呆れず
読んで下さいました、皆様。ありがとうございました。
とりあえず、これでプランツ・ドールシリーズは終了です。

・・・・もしかすると、自分のために『焔様幸せ編』を書くかもしれませんが(笑)



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