【7】 生還







「ああ、また使っちゃったよ・・・」

 ははは〜と乾いた笑いを漏らした日吉はそれでも行動を開始する。
 とりあえずこの場から逃げ出さねばならない・・・信長を連れて。

 よいしょっと信長の体を引っ張るが、小柄な日吉に信長は荷が重い。
 抱えあげることなど不可能なので地にずるずると引きずることになる。
 信長の着物の裾が泥で汚れていく。
 それが日吉のせいだと気づかれれば間違いなく・・・・・・・・。ヤバイ。

「うぅっおもい〜〜っ」
 しかし急がなければ時が戻ってしまう。
 日吉に止められる時間はせいぜい3分。
 その間に出来るだけ遠く、目のつかないところに行かなければ、と気は焦るものの
 距離はなかなか稼ぐことが出来ない。
 
 そのとき、背後から。

「手伝ってやろうか?」
「あ、お願いします」
 軽く言われて、日吉もついつい軽く頷いてしまった・・・・・・・・・・・・が。

「・・・・て、えぇぇっ!?」
 見上げると光秀がそこに居た。
「み、光秀様っ!?な・・な、何で・・・っ」
「誰かが時を止めたようだから何事かと思えば、何をしている?」
「あ、いや・・その〜・・・うぅ、何やってんでしょうか〜〜」
 自分でも不本意な状況に泣きが入る。
「まぁ・・・とにかくこちらだ」
 固まっている武士の集団に目をやった光秀は信長を抱えるのを手伝ってやり、
 日吉を小屋へと案内した。
 この時点ですでに3分を超えていたが、時が動きだしていないのは・・・

 (・・・光秀様、かな・・・??)

 光秀が手を貸しているのだとしか考えられない。


「もうすぐ時間が動き出す。そのときに、ここの馬に乗って逃げるがいい」
「あ・・・はい!ありがとうございますっ!」
「お前が礼を言うことは無い・・・どうせ、このうつけに巻き込まれたのだろう」
「・・??うつけ?」
 聞きなれない言葉に日吉は首を傾げる。
「この信長のことだ。自分の立場もわきまえず暴れ放題、好き放題。とんでもない悪ガキ
 で父親とは似ても似つかぬ愚かもの、織田もこいつの代で終わりだと評判だ」
 暴れ放題、好き放題・・・それは確かに頷くところがある。
 だが・・・・。
「でも・・・信長様は・・」
 そんなに言われるほど愚か者では無いと日吉は思う。
 時々垣間見せる洞察の鋭さは目を見張るものがあるし・・・信長は次期当主という
 立場にあぐらをかいて奢っているということも無い。
「もう行け。時が動く」
「は、はいっ」
 信長を馬に乗せ、日吉がたづなを取る。
 何とも妙な光景ではあるが、この場合は仕方ない。
 時が動き出せば信長が何とかしてくれるだろう。

「日吉」
「・・・はい?」
 おたおたよ不器用そうにたづなを持つ日吉に光秀が静かに告げる。

「あまり下界の人間に入れ込むな。俺たちと人間では住む世界が違うのだから」
「・・・・・・・。はい」
 光秀のもっともな言葉にこのとき日吉は素直に頷いたが、その本当の意味がわかる
 ようになるのは少々後のことになる。

 そして時が、動き出した。





 ヒヒヒィィィンッッ!!!




 乗っていた馬が勢いよく前足を持ちあげる。

「うわぁっ!な、何なんだぁっっ!!!」
 馬の背から危うく転げ落ちそうになるのを何とか耐えると、馬は何事も無かった
 ように軽快に走り出した。
「・・・ふぅ」
 とりあえず、ほっと安心の吐息をつくと・・・・・ひょいっと抱えあげられた。
「え・・・っ」
 日吉の目の前に信長の顔がある。
 額に血管が浮き出ているのが何とも言えず恐ろしい。

 (な・・・・何かやったかな、俺・・・っ!?)
 ついつい条件反射で痛くも無い腹を探ってしまう日吉。

「・・・・何で、俺は馬の上に居る?」
「え!?・・・さっ・・・・さぁ・・・・??」
 武士に囲まれていたと思えば、いきなり馬の上に移動しているのだから信長が
 問いかけてくるのももっともだと思うが、本当のことは言えない。
 いや、それよりもこの状態に動じた様子が無い信長が日吉にはむしろ驚きだ。

 日吉の頬に嫌な汗が一筋流れ落ちる。


「・・・ふん、何かよくわからねぇが・・・・飛ばすぞ!」
「は?・・・・・はぁぁっうわぁああああっっ!!!!」
 馬首と信長の間にぽとん、と落とされた日吉は進行方向に背をむけて凄まじい
 スピードで爆走を始めた馬上で揺られることになった。
 揺られる・・・なんて生易しいものじゃない。

 (く・・口閉じてないと・・・舌か・・噛むって・・・ぇぇっ!!!)


 浮遊感に目をぎゅっと閉じた日吉は、尾張に到着するまで信長の胸元にしがみ
 ついていた。





   

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とりあえず無事帰還できた日吉。
良かったね〜(おいっ)


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