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 運命はどこまでも藤吉郎を弄ぶ。













 三河への街道にある町や村でこまめに休憩を取りながら藤吉郎たちは歩みを進めていた。
 以前に比べて食べる量が半分以下になっている藤吉郎には、野宿を続けて何日も歩くほどの体力はすでに失われていたのだ。お世辞にも太っているどころか普通とも言えなかった体型は更にひとまわり小さくなったようで目方もだいぶ落ちてしまっている。その状態で旅をするというのはちょっとした自殺行為とも言えた。
 普通の食事以外に、五右衛門から与えられる栄養価の高い忍食を無理やりにでも食べさせられていなければ即日倒れて甲斐に逆戻り、なんて事もありえただろう。

「無理せず横になっとけよ」
「うん・・・足手まといになってごめん」
「バーカ、急いでるわけでも無いのに足手纏いも無いだろ」
 力なく笑った藤吉郎は敷いてもらった衾褥に横になった。全身にかかる自分自身の体重に大きな溜息が出そうになってくる。
「買い物してくるから大人しくしてろよ」
 衾褥の上から子供のようにぽんぽんと叩かれて、藤吉郎は小さく頷いた。
 色々な雑事を五右衛門任せにしてしまっている。
「・・・・行ってらっしゃい、五右衛門」
 再び謝罪の言葉が出そうになったのを呑み込んで、五右衛門を送り出した。

 
 五右衛門が出て行くと室内は静寂に包まれる。
 ただ寝ているだけというのは色々なことを考えてしまう。
(オレの体・・・いつまでもつだろうな・・・)
 目の前に翳すと、あまりにも細い手首。気だるい体。ろくに力も入らない。
 しかしまだ・・・
(終わるわけにはいかない・・・)
 だから少しでも体を休め、体力を戻さなければならない。

「こちらでございます。どうぞごゆるりとお過ごし下さいませ」
 宿の人間の声がして、隣の部屋に誰かが入った気配がした。
「失礼致します」
 ぼんやりとその声を聞いていた藤吉郎は、壁越しに聞こえてきた声に瞠目した。


「まだ9月だってぇのに、風が冷たいな。そう思わないか、半兵衛?」


 藤吉郎は息を呑み、呼吸を止めた。
 ここで、聞くはずの無い声。聞くはずの無い名前。
 一瞬、止まった心臓はとくとくと走りはじめる。
 何故。
 会わずにいようと思ったからこそ、この三河に出向いたというのに。
 いや、まだ大丈夫。ここに藤吉郎が居るなどと、およそ夢にも思いはしないだろう。
 このまま静かに寝ていれば気づかれることは無い。
 幾ら、互いに表裏をなす存在だとしても・・・・・・・・秀吉に、気づかれてはならない。

「秀吉様は、冷え性でございますからね。そういえば、宿の者が温泉が出ると言っておりましたでしょう。浸かって来られればよろしいのでは?疲れもとれますし、体も温まりましょう」
 秀吉を気遣う声に、藤吉郎は目を閉じて時の流れを感じずにはいられない。
 声変わりもまだしていなかった元服間もない少年も、今では立派な青年となっているだろう。
 懐かしさがこみあげるも、これまた顔を合わせるわけにはいかない。
 あまりにも藤吉郎と似すぎている秀吉に会ったことで、半兵衛も思うところがあっただろうが・・・。

(ああ・・・本当に、何でこんなところに居るんだよ、秀吉・・・寄り道せずに甲斐に行けば良いのに)

 馬鹿野郎、とつい心の中で罵ってしまう。
 願わくば、買い物に出て行った五右衛門とかち合わないことを祈るばかりだ。
 藤吉郎は身を起こすと、出来るだけ物音をたてないように気をつけながら押入れを開き、その中に潜りこんだ。わざわざ用も無く隣室を覗き込むなどということは無いだろうが、万一ということもある。念には念を。
 そのまま体を丸くして、藤吉郎は目を閉じた。





「・・・で、何で押入れなんかで寝ちゃってるの?」


 目を開けると五右衛門が奇妙な顔で覗き込んでいた。
「・・・お帰り、五右衛門」
 出来る限りの小さな声で囁く。
「何があった?」
 藤吉郎は隣室を指し示す。
「秀吉が、居る」
「は・・・・マジで?」
 嘘をついても仕方ない。
「・・・お前らどんだけ引き合うんだよ。ちょっと・・・かなりジェラシー」
「何言ってんの、五右衛門。そんなことよりあっちは急ぐ旅、こっちは特に急ぐわけでも無いから出立してくれるのを待てば良いと思うんだけど・・・」
「まぁ、そうだけどなぁ。部屋変えてもらうか?」
「やめたほうが良い。その話が秀吉の耳に入りでもしたらそれこそ不審がられる」
「だが、出立するまでお前ずっと押入れってわけにもなぁ・・・・・あ」
 五右衛門が何かを思いついたように目を輝かせた。
 藤吉郎に嫌な予感が襲い掛かる。
「五右衛門・・・?」
「いいこと思いついた。もうちょっと我慢しててくれよな。すぐに準備してくるから」
 何を。
 藤吉郎がその詳細を問いただす前に五右衛門は姿を消した。






「嫌」
「我慢しろって」
「い・や・だ」
 目前に示されたそれに藤吉郎は断固として拒否の意思を示した。
 何が悲しくて・・・
「女物じゃん」
「女装すれば顔を合わせたとしても他人の空似で通せる」
「・・・顔を合わせないように部屋に居るから」
「厠はどうする?」
「・・・」
「ばったり出くわすってことが絶対に無いとは限らないぜ。万一も無くしたいんだろ?」
 五右衛門の言うことはいちいちもっともなのだが。
「・・・五右衛門、俺・・・もう30のおじさんなんだけど」
「欠片もそうは見えないから心配しなくても大丈夫だって。俺が保証する」
 そんなものは保証してくれなくても良い。
「立派な女の子に仕立ててやるからさ。俺にまかせとけって!」
「・・・・ただ単に俺で遊びたいだけなんじゃ・・・」
「観念しろ、藤吉郎。ちなみに俺とは夫婦ってことで♪」
「・・・・・もう、好きにして」
 満面の笑顔の五右衛門に、藤吉郎は脱力した。

































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+あとがき+

今回ちょっと明るい?(苦笑)
お館様が出てこないせいだな・・・


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