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「・・・秀吉、が・・・?」
「ああ」
 何をしに、と問うのは愚問というものだろう。
 勝頼の婚姻により縁戚関係となった織田と武田は友好関係を結び、色々と交流をしている。
 その使者として秀吉が選ばれたのだろう。
「秀吉も順調に出世してるんだな」
 織田の名を背負う使者に選ばれるほどに。
 溜息が出そうになるのを藤吉郎は飲み込んだ。
 嫉妬しそうになる。そこは自分が居たはずの場所なのに・・・己の自業自得とわかっていながらも。
「まったく何考えてんだろうな。お前と同じ顔の奴寄越すなんてな」
「・・・・うん」
 信長は藤吉郎がここに居ることを知っている。それでもなお秀吉を使者に立てるのは何らかの意味があると思ってよい。思うままに突っ走っているようで、その実様々な先のことを考えているのが信長だ。
「オレにとどめを刺して来い、てことかも」
「俺がさせないけどな」
 それに。秀吉には無理だろう。例え信長に命令されたとしても秀吉に藤吉郎を殺すことは出来ない。
 出遭った当初は本気で藤吉郎のことを殺そうとしていたが、今となってはこの世界にある唯一絶対の繋がりでもあり、半身だ。五右衛門にとって警戒するべきは、殺害では無く誘拐だ。五右衛門が秀吉ならば、必ず武田の手から藤吉郎を奪い返そうと考えるはず。
 ある意味、信長よりも厄介な存在と言えるだろう。
「秀吉は・・・当然、オレがここに居るってこと知ってるよね?」
「信長が言ってるだろうよ」
「・・・隠れてようかな。オレが居なくても差し障りは無いだろうし」
「おっさんが面白がって呼び出さなければな」
「・・・・・・・」
 藤吉郎と秀吉はさすがに別世界の同一人物だけあって他人の空似と言い通すには似すぎている。そんな二人が一堂に会して他の面々が不審に思わないはずが無い。しかもそれが織田方の武将ともあれば、藤吉郎に疑いを抱かれかねない。
「・・・しばらく三河のほうへ出かけていようかな」
 信長が今川を破ってからは、徳川家康が三河を領地として治めている。未だ勢力は弱く、織田の権勢に頼っているところがあるが・・・手を組まれて攻められるとなかなか厄介な相手である。
 どんな様子か町を見て歩きたい。そうすれば、徳川がこれから発展していくのか、衰退していくのか感じられるはずだ。それを知っておくのは、武田としても・・・藤吉郎としても重要なことだった。














 館を訪ねると、信玄は庭に咲いている花を描いているところだった。
 武のイメージばかりが先行する信玄だったが、絵も描けば書も嗜み、楽を奏することもあった。

「三河に行く、だと・・・?」
「はい。徳川を偵察したく、お許しを」
 信玄は筆を置き、藤吉郎を見るとにやりと笑った。
「耳にしたか」
 織田の使者が来ることを。
「・・・・・・羽柴秀吉、が来ると伺いました。ご存知のようにオレとあいつは似すぎています。武田家に余計な波風を立てるのは避けたほうが宜しいでしょう」
「ふむ。・・・まぁ、今回の用はお前が居ても居なくても構わんしな」
「どのような用なのです?」
「前回と似たようなもの。あちらの倅にこちらの姫を娶わせようという内容だ」
 縁を繋げ、その関係を強固なものにしていく。政略結婚は、最も手っ取り早い手法だ。
 恐らく勝頼に嫁いだ遠山氏が死んだ為に、次の話が舞い込んだのだろう。
「くっくっく・・・お前も何かと忙しいな」
「・・・・・・」
 その元凶がよくも言ってくれるものだ。
「まぁ良かろう。・・・が報告は欠かすな」
「はい。・・・っ」
 そこでぐっと手を引かれた藤吉郎は、拘束されたまま頬にべったりと紅の絵の具をつけられる。
「お前を傷つけるのも苦しめるのも、俺だけだ。二度と他人に許すつもりは無い」
「・・・・・・・・」
 冷たいものが背筋を走り抜ける。
「俺を恐れるか?」
「・・・・・・・は、い」
 恐れてなどおらぬと虚言を弄したところで、体が僅かに震えていれば明白だ。
「そう、恐れるが良い昌幸。お前の命を握っているのは、この俺だということを忘れるな」
「・・・・・・・・はい」
「お前が一つ傷つけば、周りの者にも傷を一つ付ける。お前が足を折れば、周りの者の足も折ろう。手を失えば周りの者の腕も奪う。心して身を守れ」
「はい・・・決して」
 己のせいで、周囲を巻き込むようなことにならぬように。
 蒼白な表情で藤吉郎は頷いた。














「源太、弁丸。またしばらく留守にしてしまうけど、家を頼むね」
「任せてくださいっ父上!」
「大丈夫です、父上」
 全く父親らしいことの一つもしたことが無いというのに、二人の子供は藤吉郎を慕ってくれる。
「小助、甚八。二人をよろしく頼みます」
「おまかせを」
「大丈夫だぜっ昌っち!」
「・・・・・・・うん」
 小助と違い、あまりにテンションの軽い甚八に多少の不安を抱きながら留守を任せる。武田家の家臣のはずなのに、この根津甚八とうい男は出会った当初からこのテンションだ。
 出来れば五右衛門に頼みたいところだが、藤吉郎の傍を離れることをよしとする訳もなし。

「それじゃ、行ってきます」
「お気をつけて、父上」
「行ってらっしゃいっ父上!」
 二人に見送られ、五右衛門だけを共として藤吉郎は三河へ向かった。

























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+あとがき+

お館様は相変わらず鬼畜ですvv


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