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 藤吉郎は身一つで信玄の下にやって来たため、家臣などは持っていない。
 しかしながら、姓を持ち信玄に仕える直属の軍師として家臣の一人も居ないではあまりに不審だ。よって形ばかりではあったが、『真田家家臣』というものが信玄によっていつの間にか用意されていた。
 その実態は、信玄の直属の部隊の一部であった。藤吉郎の見張りでもあり、護衛部隊でもある。
 源太と弁丸を助けたときに商人を脅しつけたのもその一部だ。
 正直、何をしていても周囲に気配を感じるというのは鬱陶しいもの。けれど信玄に不要と申し出ても聞き入れて貰えるはずもなく、それならいっそのことと藤吉郎は考えた。

「今日も良いお天気ですね。中でお茶でも飲まれませんか?」
「・・・・・・・・・・」
「お忙しいですか?」
「・・・・・・は?私に仰っているので?」
「ええ」
 声を掛けられた時は自分に尋ねられているとは思いもよらず、再度の問いかけで振り向いた男は、微妙な表情を浮かべた。
「しかし私は・・・」
「私の監視をされているのでしょう?それならば近くに居たほうがいいではありませんか」
 藤吉郎の主張に相手は絶句していた。
 普通の相手ならば、怒るか無視するか・・・どちらにしろ負の感情を露にするものだ。それが藤吉郎といえば、茶のみ友達でも誘うようにほのぼのした様子をしているだけ。さすがにどうすれば良いのか戸惑った。
 しかし、縁側に湯飲みを用意している…二人分…ところを目にすれば固辞することも出来ない。
 小さく内心で溜息をついた男は、藤吉郎の促した縁側に近寄り腰を下ろした。
「ご存知でしょうが、私は真田昌幸と申します。貴方の名を伺っても?」
「・・・穴山小助」
「穴山殿」
「呼び捨てで構わない。形ばかりとはいえ、私は貴方の家臣だ」
 藤吉郎は困ったようにへにゃりと眉を歪ませた。
「・・・では、小助さん?」
「・・・「さん」付けも不要だ。貴方はお館様に『さん』付けで呼ばれてどう思う」
 言われて想像した藤吉郎の顔が歪む。
「そんなことはありえませんが・・・・わかりました。では、小助とお呼びします」
 彼が藤吉郎の茶のみ友達第一号となった。









「もっと脇を締めろ!目を閉じるな!」
「はいっ」
 木刀を持って小助に打ちかかっていくのは兄の源太である。
 最近、学問所から帰った源太は小助に剣の稽古を付けてもらうようになっていた。
 意外にも、こういうことが好きそうに見えた弁丸のほうは友人たちと遊ぶほうがまだ忙しいらしい。
「右が甘い!」
 掌を打たれて木刀を落とすが、くじけず拾い上げてまた小助にかかっていく。
 武術全般、全く得意とは言えない藤吉郎にとっては何故そこまで必死になるのか理解できないが、その頑張りは養い親としては頼もしい。
 縁側で茶を飲みながら二人をほのぼのと見つめる姿は・・・・
「爺臭い」
 背後からぽつりと落とされた言葉に僅かに肩を上下させた藤吉郎が振り向けば、五右衛門が立っていた。
 手が伸びて盆の上の饅頭を口へ攫う。
「お帰り、五右衛門」
 この半月ほど姿を見せなかった男は、どこか遠出していたのだろう。
「ただいま。留守中、何も無かった?怪我しなかった?」
 子供を心配する親の如くな台詞に溜息をつきそうになる。
「特に何事も無く平穏だったよ」
 銃で撃たれ負傷して以来、五右衛門は更に過保護になった気がする。

「我が守っているのだから怪我などあるはずが無かろう」

 五右衛門と同じように気配一つさせずに天井から下りて来たのは、五右衛門と同じく忍だった。
 武田忍軍に所属し、彼もまた藤吉郎の「真田昌幸」の部下であるらしい。
「洟垂れ才蔵が当てになるか」
「道化の五右衛門よりはマシであろう」
 そうして、どうやら五右衛門とは昔からの馴染みであるらしく仲は良くない。
「五右衛門、帰ってくるなり喧嘩しないで。才蔵も。・・・お茶でも飲んで一服しない?」
 睨みあっていた二人は藤吉郎の言葉に、互いに視線を逸らすと・・藤吉郎を挟んで座った。
 そろそろ小助と源太の訓練も終わる頃合だ。
 二人のぶんも用意するため、湯を足そうと立ち上がった藤吉郎に五右衛門が告げた。




「秀吉が来るぞ」

























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+あとがき+

前回よりだいぶ間が空きました。
ほのぼの空気から再開


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