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「完璧!俺天才!!」
 自画自賛した五右衛門は、出来上がった藤吉郎の姿に両手を挙げた。
「本当に・・・?」
 そんなにわからないものだろうか。
「自信持てって。外歩くときは笠被れば良いしな。食事は全部部屋に運んでもらうことになってるし、後は廊下で鉢合わせしないように気をつければ大丈夫」
「・・・だと良いけど」
 藤吉郎は聊か動きにくい女物の着物を見て溜息をついた。

(少しだけ。顔が見られないかな・・・)

 藤吉郎は秀吉に全てを押し付けて、武田に来てしまった。
 二人でしていた仕事だ。相当な負担をかけてしまっただろう。申し訳ないとしか言いようが無い。
 半兵衛にしても・・・焚き付けるだけ焚き付けて放置した。秀吉とどういう縁で一緒に居ることになったのかわからないが、さぞかし驚いたことだろう。何しろそっくりだ。

「五右衛門、鬘重い」
「我慢しろって」
 どこからか持ってきた長い髪の毛に手をやって、藤吉郎はそっと溜息をついた。



 だがここで平穏無事に時が過ぎるのであれば、藤吉郎はここまで波乱万丈な人生を生きてはいない。



「火事だーっ!!」
 夕餉の時刻を僅かに過ぎた頃。どこかの火種が残っていたのか、他に原因があるのか・・・火事という叫びに俄かに宿の中も慌しくなる。
 誰もが夕餉を終えてゆっくりしていところに、そんな声だ。たちどころに騒がしくなり、廊下を走り、助けを求める人の叫びが聞こえてくる。
「ご、五右衛門!?」
「ああ、・・・災難だな。一応、その笠被って・・・俺たちも避難しよう」
「うん」
 荷物を持って笠を被り、少しおぼつかない足取りになりながら五右衛門に手を引かれて藤吉郎は廊下へ出た。すでに人々が右往左往している。
 火の手が傍に見える様子では無いから、そう近い場所では無さそうだが避難しておくにこしたことは無い。
「とりあえず、お前のことは藤って呼ぶからな」
「わかった。・・・じゃ、俺は旦那様?で良いのかな」
 藤吉郎のその言葉に五右衛門はしばし、動きを止めた。
 じっと藤吉郎を見つめて何かを耐えているようでもある。
「俺、もう死んでもいいかも・・・」
「ちょっ…何言ってるんだよっこんな時に!さっさと避難しないと!」
「はーい」
 何が原因かよくわからないが腑抜けた五右衛門に少しばかり不安を感じながら、二人は手をとりあって宿の外へと向かった。
「手、放すなよ。藤」
「はい、・・・旦那様」
 呼びかけた途端に、ぎゅっと強く手を握られる。
 五右衛門は人を掻き分けながら、誘導している宿の人間に火の手はどこなのか尋ねている。
「こことは離れてるんだが、風が強いですからね・・・万一ってことがありますから。どうぞお客さんも早く、避難所のほうへ逃げてやって下さい」
「ああ、わかった。ところで避難所はどこなんだ?」
「橋を渡ったところに診療所があるんで、そこが避難所で」
 外に出ると、藤吉郎たちと同じような旅の者、地元の者が同じ方向に逃げていた。
「あっご・・旦那様!」
 その流れにそって避難しようと一歩踏み出した五右衛門は、藤吉郎に袖を引かれた。
「何」
「子供が・・・」
 藤吉郎が指差した先に、ぼろを纏った子供が足を挫いたのか足を引きずるようにして柱にすがっていた。
 藤吉郎の性質では放っておけなかったのだろ。
 こんな時まで、と思わないでも無いが変わらない性質を五右衛門は嬉しくも思う。
 五右衛門は藤吉郎の手を放すことなく、子供に近づき声を掛けた。
「おい、大丈夫か?」
 びくっと子供が身を震わせて見上げてきた。
「足を挫いたの?」
 藤吉郎が尋ねると、おずおずと子供は頷いた。
「ご・・・旦那様、この子を背負って下さいませんか?」
「・・・あー」
 恐らく言い出すだろうと予想していた言葉に五右衛門は苦い表情を浮かべ、子供は目を見開いた。
 何しろ二人とも格好だけならば『武家』の人間。こんなどこの誰ともわからない子供に気軽に手を差し出すような身分では無い。
 しかし言い出したら聞かない・・・頑固でもあることも重々承知している。
 五右衛門ははぁと溜息をつくと握っていた藤吉郎の手を放し、子供に背を向けてしゃがんだ。
「ほら、乗れ。さっさと避難するぞ」
「さ、早く」
 うろたえる子供を藤吉郎が促し、ほとんど無理やり五右衛門の背に乗せた。
「藤、逸れずについて来いよ」
「・・・はい、旦那様」
 笠に隠れて藤吉郎の表情はよくわからないが、不満そうであることは確かだ。
 子供では無いのだから、と言いたいところなのだろうが・・・子供で無くとも藤吉郎はその存在だけで騒ぎを呼び込んでしまう。慎重の上にも慎重に、ということか。
「・・・君、名前は何て言うの?」
「三太」
「避難所に行けば、誰か知り合いに会える?」
「・・・・たぶん」
 まだ幼い子供だ。身形は粗末ではあるが、全く手を掛けられていない様子では無い。
「よし、急ごう」
 三人は人の流れの中に合流した。










 その様子をじっと見ていた一対の目があった。
























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+あとがき+

熱烈オファー(笑)により頑張って更新!


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