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初陣を勝利で飾った勝頼は、信玄と共に躑躅が崎館へ戻り、祝宴の主役として、また正式なる武田家当主として家臣たちの祝いを受けていた。藤吉郎もまた、その席に居たものの酒に弱い身の上を口実に部屋の隅でちびちびと茶をすすっていた。 勝頼には近くにと請われたが何とか勘弁してもらったのだ。 場が無礼講の色を帯びないうちにこっそりと退散しようと思っていた藤吉郎にとっては、庭に面している廊下近くの場所はまことに都合が良かった。まして根っからの体育会系の武田家の顔ぶれが本格的に暴れ出さないうちにさっさと退散しなくてはならないとあらば、それはもはや命がけだ。 信玄の目が些か気になったものの、放っておかれているということは好きにして構わないということだろうと藤吉郎は勝手に解釈した。 藤吉郎は開け放たれた障子から空を見上げる。 半月型の月が頂点に近いところにある。戦場から直接この館に帰ってきたために自分の屋敷に立ち寄っていない。 養い子たちの耳にはすでに、勝利の報と藤吉郎が帰っていることは伝わっていることだろう。 ちゃんと食事して寝ているといいけれど、とそれが心配だった。 (そろそろ帰ろうか…) 主役である勝頼に挨拶すべきだろうが、家臣たちに囲まれているため近づけない。 あそこに近づけば、恐らく100%の確立で藤吉郎は帰れなくなるだろう。 (挨拶は明日することにしよう…) 藤吉郎はそろりと立ちあがり、物音をたてないようにこっそりその場を後にした。 「父上っ」 草鞋を脱いで上がろうとしていた藤吉郎の背後から幼い声が掛かる。 すっかり寝ている思っていたので驚いて振り向いた。 「弁丸。それに源太も」 「お帰りなさいませ」 「お帰りなさいませっ」 二人そろっての挨拶に、藤吉郎は眉を緩めて『戻りました』と頭を下げた。 「二人ともまだ起きていたのか」 「だて、父上がお帰りだって聞いたから。お迎えしないとっ」 「お疲れでしょう?お湯が沸いてます」 しっかり者の兄と、やんちゃな弟…二人に、藤吉郎は笑顔を浮かべて礼を言い、だがもう遅いからと部屋へ戻って休むように告げた。 不満そうな顔を弁丸は浮かべたが、源太に促されて部屋に戻って行く。 それを見送って、姿が見えなくなったところで藤吉郎は呼びかけた。 「……いい加減、お姿を見せては如何ですか?」 その言葉を受けて、暗がりから影がぬっと姿を現す。 月光を受けて… 「気づいていたのか」 「信玄様。お戯れもほどほどになさって下さい」 見たところ共どころか護衛の一人もつけていないようだ。 …藤吉郎の知らぬところで忍たちが護衛しているのかもしれないが… 「戯れと?戦場から命拾いして帰ってきた男が恋しい者のもとへ向かいたくなるのは人として当然であろう?」 人として当然では無い存在が、ぬけぬけと言い放つ。 言葉なく、脱力した藤吉郎に信玄は素早く近づき、その身を拘束した。 「昌幸」 酒の匂いを帯びた熱い息が、藤吉郎の大きな耳に掛かる。 「…ここでは…」 そっと信玄を腕で拒絶する。 屋敷の玄関先。夜半とはいえ、訪問者が居ないとも限らない。 こんなところを藤吉郎は他人に見せて喜ぶ趣味は無い。 「良かろう」 強引な信玄をして、珍しくも藤吉郎の願いを聞き届け…拘束を解かれた藤吉郎が案内するままに屋敷の中へと入っていった。 「・・・・っ」 己の部屋へと案内し、障子をしめた途端に藤吉郎は信玄に引き倒された。 畳に背中を打ちつけられて、呼吸が止まる。 痛みに顔を顰めた藤吉郎が目を開けると・・・ぎらぎらとした目で藤吉郎を見下ろす信玄が居た。 獲物に飛びかかる、餓えた獣の目だ。 何が信玄をそこまで興奮させているのか、藤吉郎には全くわからなかった。 息を呑み、拒絶することも忘れ・・・荒々しく信玄に着物を剥ぎ取られていく。 互いの息遣いと衣擦れの音が、夜の静寂にひっそりと満ちる。 「は・・・っあ・・・っぁ・・っ」 藤吉郎の小さな体を組み敷き、信玄はその身を蹂躙する。 己を刻むこむように。 その身を壊すように。 「昌幸・・・っ」 血潮が沸騰する。 |
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+あとがき+