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「願い事、だと?」

 伏していた頭の上に聞こえた低い声音に、条件反射のように藤吉郎の体がびくりと震えた。
「・・・はい」
       お前が、俺に願い事など、珍しいこともあるものだ。良い、言ってみろ」
「子供を二人、養子にしたいんです」
「ああ、そういえばお前が町で子供を二人保護したと報告が上がってきていたな」
 藤吉郎の行動は全てが信玄に筒抜けなのだ。
「・・・はい、その二人です」
「戦争孤児だそうだな、哀れを催したか?それとも何か企んでいるのか?」
「っ企みなど・・・・ございません・・・」
 あの二人に、日吉は遠い昔の自分と・・そして秀吉を重ねていた。貧しい暮らしの中で養父にいびられ、なす術なくこき使われていたあの頃を思い出して、居ても立ってもいられなくなったのだ。
 いわば、自己満足といってもいい。哀れ、などと言えるほどのものでも無い。
 顔を挙げない藤吉郎に、信玄は近寄り顎を取った。
 その顔には、いつもの自信に満ちた不遜な笑みでは無く、自嘲じみた・・信玄らしく無い笑みが広がっていた。

      堕ちぬな」
「・・・・・は?」
「いや、良い。養子の話、許そう」
「ありがとうございます・・・それからもう一つ・・・」
「・・・何だ」
「・・・屋敷を一つ、承りとうございます」
 向かい合っている信玄の眉がぴくりと波打った。
「お願いです・・私一人なら、お傍に在ることも許されますが・・・子供たちも一緒にという訳には参りません」
「・・・・・・」
「もし、あなたが・・・私を本当に『真田昌幸』となさりたいのならば、・・・この地に枷をお与え下さい・・・んっ」
 きつく噛み付くような接吻に、ぎゅっと目を閉じた藤吉郎の手が縋るように信玄の衣を掴む。
「・・・・憎らしいほどに、小賢しく・・・頭がまわることだ」
 突き飛ばされた藤吉郎の上に、信玄の逞しい体がのしかかる。

「・・・良かろう、お前の言葉に乗ってやろう、今回は、な」
「ありがとうござます・・っ」
「腕の傷は・・・痕が残りそうだな・・」
 忌々しそうに呟いた信玄の言葉の後に・・・藤吉郎の腕に痛みが走った。
「・・・・う・・っ」
 ぷん、と血臭が漂う。
 閉じかけていた傷が、信玄の牙によりこじ開けられたのだ。
「お前の全ては俺のものだ・・・傷一つ、俺の許しなくつけることは許さん・・・ましてやあの男のものなど・・っ」
「あぁ・・・っ」
 信玄の瞳が肉食獣のように黄金色にきらめき、このまま食い殺されるのでは無いだろうかという恐怖感。
 まさしく信玄は、藤吉郎の流した血をすすり、その甘さに酔いながら、いっそのこと全てを食い尽くしてしまえればどれほどに、満たされようかと考えていた。
 だが、藤吉郎にはまだまだ働いてもらわねばならない。
 この甲斐のために・・・・信玄のために。


 離れていく重みに、藤吉郎はほっと緊張を緩めた。


「丁度いい場所がある。・・・勘助が住んでいた家だ。妻もなく息子も僧籍に入り、空家となっている。そこに住まうが良かろう・・・・だが、『昌幸』」
「・・・・・・・・」
「お前が本来ある場所は、『ここ』だということを忘れるな」
「・・・・・・・・・・・はい、心得ております」

 僅かな乱れもなく、去っていく信玄の背中に、藤吉郎は頭を下げた。
























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+あとがき+

書く内容は決まっていたんですが、なかなか書き出せず
・・・というか、この話の藤吉郎、痛すぎて(お前が言うな)
書くのも結構つらい・・・(笑)


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