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信長により、右腕を負傷した藤吉郎は思いの他、長く床にあった。 人より治癒能力においては優れていたはずの藤吉郎の長の患いは、多分に精神的なものが影響していたの であろう。良くなったと思えば、天候により体調を崩す・・・そんなことを繰り返して、いつしか季節は実り多き 秋になろうとしていた。 「五右衛門、居る?」 漸く床離れをしたものの、医者によって激しい運動を止められている藤吉郎は館の庭を散策することが 唯一の楽しみとなっていた。 「呼んだ〜藤吉郎?」 ひょいっと姿を現した忍の姿に、藤吉郎は微笑んだ。 信長と戦ったとき、さすがに藤吉郎のように無様に銃弾を受けたりはしなかったが、それなりに傷を負った。 しかし、その夜にはけろりとした表情で藤吉郎の枕元に立っていた。 まるで、一時でも目を離せば消えてしまうのではないかと畏れるように、五右衛門はずっと藤吉郎の傍から 離れなかった。 今も呼べば、こうしてすぐに姿を現す。 お気楽な姿からは想像できないほどに、五右衛門は藤吉郎を大切にしてくれている・・・。 「お館様から町へ下りるお許しをいただいた。ついてきてくれる?」 「へぇ」 五右衛門が驚くのも無理は無い。 藤吉郎が傷を負ってからというもの、信玄は神経質なほど藤吉郎の病状を気にかけ、そよ風さえも藤吉郎を 害するのでは無いかと気にし、恐ろしいまでに過保護となっていた。 しかし、医者からあまり閉じこもってばかりいると治るものも治らないと言われ、しぶしぶながら藤吉郎が 町へ下りることを許可したのである。 もちろん、護衛つきではあったが。 この甲斐へ来てからというもの、藤吉郎にはのんびり過ごす時間など一切与えられず怒涛のごとく時は 過ぎ行きていった。戦から戦へ。戦乱の世は、平穏なる時を許さない。 こうして町へ下りて、目的もなくぶらぶらするなど初めてのことだった。 さすがに戦国の世で1、2を争う大名が納める領地だけあって、町には活気が溢れている。 客引きの声は、口上は同じでも、発音や訛りが違い、藤吉郎に違和感をもたらす。 ―――― ここは異郷の地。 腕に当たったはずの銃弾は、胸に風穴をあけた。 すぅすぅと冷たい風が吹き、どうしようもない寂寥感が藤吉郎を満たす。 「藤吉郎?」 足を止めた藤吉郎を、五右衛門がのぞきこむ。 それに何でも無いと首を振った藤吉郎は、ぴしっという破裂音に反射的に目を閉じた。 五右衛門も何事かと、藤吉郎を庇うように移動する。 「何・・・」 それは鞭の音だった。 男の怒声と共に、鞭が振り下ろされる。 ・・・・・小さな子供の背に。 「!?」 「さっさと動け!このうすのろめ!」 ぴしっ! 「誰がてめぇらを食わせてやってると思ってんだ!」 ぴしっ! 「この役立たずが・・っ!!」 二人の子供が、互いを庇いあうように鞭から身を守っている。 ―――― 幼い過去の記憶。 『日吉』という名の、子供が、大きな拳で殴られていた・・・・ 「藤・・・昌幸!」 五右衛門の焦った声。 藤吉郎の体はひとりでに、動く。 「やめろっ!」 傍若無人に鞭を振るう男に、藤吉郎は叫んでいた。 「・・・・・は?何だぁ?」 「そんな幼い子供たちに、鞭などふるって恥ずかしくないのか!」 男は藤吉郎と、自らの手にある鞭を見て・・・ふんと鼻で笑った。 「あんたには関係の無いこった」 「関係なくとも、こんなに怯えている子供を放っておくことなんて出来ない」 ぎょろりとした卑しい目が、藤吉郎を上から下まで品定めするようにじろじろと眺める。 「へぇ、じゃあどうするって?あんたがこいつらを買うか?そんな身なりじゃ、大して金も持ってなさそうだがな」 さもおかしげに笑い声をたて、自分より身長の低い藤吉郎を馬鹿にする。 確かに今の藤吉郎は、あまり目立たぬようにと下級武士の着物を身に纏い、お世辞にも金を持っていそうには 見えない。その上、病み上がりで顔色は悪く、見るからに『貧乏侍』。 だが、男の下卑た笑いはすぐに止むことになる。 藤吉郎につけたられた信玄の護衛が、侮辱に対して刀を抜き、男に突きつけたからだ。 笑いから一転、驚愕と畏怖に目を見開いた男の手から、鞭が落ちる。 「真田殿に対する無礼な態度、万死に値する」 「この方をどなたと知っての、狼藉か」 「ひ・・・っ」 男は短く悲鳴をあげ、首元に当てられた白刃を凝視する。 藤吉郎はその間に子供たちに近づき、手にかけられていた麻の紐を解いてやった。 子供たちは事態の急転についていけず、ただ藤吉郎を見上げる。それに安心させるように僅かに微笑して 藤吉郎は男に鋭い視線を投げかけた。 「この子たちは、私が預かる。異存は無いな?」 藤吉郎は精々威圧的なしゃべり方で相手に告げ、目の前にもしものためにと持参していた金を見せる。 今まで無用のものであった信玄から貰っていた金が有効利用される機会を得た。 「いいな?」 刀があるため、頷けない男が小刻みに頭を動かし、了解の旨を伝えた。 「大丈夫?歩ける?」 藤吉郎は事態を把握しかねている子供たちに笑顔を向けると、促して歩き出した。 人が集まりはじめていて、これ以上目立つわけにはいかなかった。 町の外れまで来ると、藤吉郎は足を止め振り返った。 子供たちは、大人しく藤吉郎につき従い、五右衛門も黙ってついてきていた。 「私は、真田昌幸。君たちの名前は?」 藤吉郎はしゃがみ、子供たちに問いかけた。 「・・・・源太、こいつは弟の・・・弁丸」 「そう、良い名前だね」 にこにこと笑顔を絶やさない藤吉郎に、二人の子供はどうしていいのか戸惑っている。 優しい人間が『良い』人間とは限らないのがこの世の中である。 幼い子供たちは、それを知っていた。 「・・・結果的に、君たちを『買った』ことになったけれど。自由にしていいよ、構わず好きなところに行くといい。 家はどこ?二人だけだと危ないから・・・」 送っていくよ、と言いかけた藤吉郎に、源太と名乗った子供がぽつりと落とす。 「家は・・・無い」 「・・・・・」 「焼けた。父上も母上も、みーんな、焼けた」 「・・・・・・そう、そう・・なん、だ・・・」 淡々と言った子供の目には、悲しみは無く憤りが宿っていた。 戦争孤児。 決して珍しい存在では無い。 身寄りをなくした子供たちの行く末は、不幸であることが多い。 源太と弁丸の顔や手足には、無数の傷やあか切れが出来ていて、栄養失調なのか骨が浮いている。 「―――― 一緒に、来る?」 藤吉郎は口にしていた。 (・・・これは、偽善だ・・・・・) 「何で?・・・あんた、偉い人なんだろ?」 「ううん。私は別に偉い人じゃない。・・・仕えている方が偉いだけ」 「それでも・・・あんたが、俺たちを構う理由なんか無い」 「・・・駄目かな?」 「は?」 「・・・・可哀想に思った、ていう理由だけじゃ駄目?」 藤吉郎は源太だけでなく、弁丸にも視線を向ける。 これまでも憐れだと自分たちを評した大人たちは居た。 それでも目の前の藤吉郎のように、一緒に来るかとは聞かなかった。 憐れだと言いながら、全て通りすぎて行った。 「満足なことは何もしてあげられないかもしれないけれど・・・・それでも良ければ、一緒においで」 差し出した藤吉郎の手に、子供たちは・・・恐る恐る触れていた。 |
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+あとがき+
再び藤吉郎サイドに帰ってきました〜v
二人の子供が何者かは、おわかりですね?
信幸(源太)と幸村(弁丸)です。
幸村の幼名は弁丸で正しいですが、源太は都合により捏造です(苦笑)