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 秀吉が美濃の調略に精を出している間、信長もまた天下統一へと足固めを始めていた。
 

「武田に膝をつくおつもりですかっ!」
 叫んだ家臣を信長は一段上からじろりと睨んだ。
「誰があのおっさんの下につくと言った?これは駆け引きだ・・・武田を抑えられるかどうかのな」
「しかし・・・貢品ばかりか遠山氏まで差し出すというのは・・・」
「お前らは馬鹿か?女と国、どちらが重いと重っている?娘一人で武田を抑えられるなら何よりだろうが。
 それとも負けるとわかって武田に正面からぶつかるつもりか?」
「っ!まだ負けると決まったわけではございませんっ!!」
 武将には意地が必要だ。だが意地も違う方向に向けられれば意味が無い。
 負けず嫌いの信長だが、誰よりも冷静に局面を見つめている。
 織田の兵は元々弱小国ゆえか、他国に比べて圧倒的に弱い。対する武田は今の世で1,2を争い天下に近い
 と呼ばれている。戦力的にも比ぶべくもない。
 正面からぶつかれば負ける。
 今川の時のように大将が腑抜けでもなく、家臣は一団となって織田に向かってくるだろう。
 たとえ、万一に勝てたとしてもその被害は甚大で、天下統一どころでは無くなるだろう。
 こんな簡単な構図も頭の固い家臣には想像出来ない。
 
 (あいつなら・・・俺の意図を・・・・・っ、いや)
 
「とにかく、もう決めたことだ。せいぜいおっさんをいい気分にさせる品を用意しろよ。金はこの際いくらかかっても
 構わねぇからな」
 これ以上反論は許さない、という信長に家臣たちはしぶしぶと頭を垂れた。







 未だ弱小国ながら、信長の経済政策により尾張織田家は交通の要所としてかなりの収益をあげ、
 富栄えていた。
 ゆえに、武田のために用意した物も、目が飛び出るほどに立派なあつらえの品々が揃った。
 他国に政略のため、半ば人質のように嫁いでいく遠山氏の挨拶を受けた信長は、自分の影武者を
 したてると、遠山氏につく侍女の一人に化けた。
 お忍でそんなことをしているなど、家臣などに告げるはずもなく、信長は影武者には病気と称させて
 部屋に閉じこもらせた。
 ・・・が。
 もちろん、それも1週間が限界。
 さすがに不審にと・・・嫌な予感がしたこともあり、失礼を承知で信長の部屋に乗り込んだ一益が
 見たのは、濃姫と女華が仲良く碁を打つ姿。
 そして、布団の上に転がった・・・どう見ても藁で出来た案山子だった。

「・・・・・の、信長様は・・いずこに・・・・?」

 一益の問いにも動じることなく濃姫はにっこりと案山子を指差す。

「・・・・・・・。・・・・・・・・・」

 (あの人はーーーーっ!!!!)

 一益は打ちふした。




 

























 一益の心労をよそに、武田へと使わした使者よりも早く、信長は一人馬を走らせ帰城した。
 
――― 信長様ッ!」
 夜陰に紛れて人知れず帰ってきた信長を目ざとく見つけた一益が駆け寄る。
「このようなことを・・・・・ッ」
 一言いや、二言は物申し上げなければと口を開いた一益は、振り向いた信長の顔に言葉をなくした。
 苛烈で容赦ない人柄の信長ではあったが、今その顔には全ての感情が抜け落ち、ひやりとした殺気が
 漂っていた。
 ―――― 恐ろしい。
 一益は、近寄ることさえ出来ず、立ち尽くした。

「・・・・ああ、お前か」
 声までも抑揚を欠いている。
 いったい何が起こったのか・・・・まさか、武田との和睦に失敗した?
 だが、それだけのことでこの信長の表情は説明できない。
「二号は・・・ああ、まだ美濃か。―――呼べ」
「・・・・・・はっ」
 一益は短くいらえを返して頭を垂れた。
 冷たい汗が背中を伝い、落ちる。

 顔を上げたとき、すでに信長の姿は無かった。

「いったい何があったのか・・・・・・」
 混乱しながらも、一益は早馬をしたて一刻も早く二号・・・つまり、日野秀吉が到着するのを願った。
 その願いが叶ったのか、驚異的な早さで秀吉は清洲城へ現れた。

「・・・・一益様?」
 厩舎に現れた家老の姿に、秀吉は驚いた表情を浮かべる。
 秀吉は家老の出迎えを受けるほどに、高い身分では無い。
――― 何事がありました?」
「・・・甲斐より戻られた信長様の様子がおかしいのだ」
「甲斐?・・・・ったく、また抜け出されてたんですか」
「・・・尋常ならざる殺気をまとっておられる。―――覚悟しておけ」
「は?・・・ええ、まぁ・・・わかりました」
 家督を継ぐ前から信長の傍にあった一益の言葉に、よくわからないままも秀吉は頷いた。
 










「失礼します。日野秀吉、参上いたしました」
――― 入れ」
 返った静かな声に、ぞくりと肌が泡立つ。
 障子を開けると、だらしなく横になった信長が居る。
 背中を向けられた秀吉からその表情を伺うことは出来なかったが、いつもとは違うと、確かに感じられた。
「・・・・失礼いたします」

――― 見つけたぞ」

「・・・は?」
 唐突に言われた秀吉は、眉をしかめる。
 信長はくるりと反転し、くつくつと笑った。
「あんなところで見つかるとはな・・・」
 にやり、と口元だけが笑う。
 青みがかった眼光には、狂気が垣間見えた。
 これほど信長に、尋常ならざる狂気をもたらすその『モノ』。

 ―――― 唯、一つの『者』


「・・・・・・・藤吉郎、ですか?」

「藤吉郎・・・な。―――― 真田昌幸として生きていた」
 その名に、動揺しそうになった心を押し隠す。
 それは、今凋落にかかっている竹中半兵衛の口から出た名前だった。

「・・・甲斐・・・・・!?武田に・・・っ!?」
「ああ、どうやらな。――― 武田のおっさんに可愛がられているらしい」

 ぐしゃり、と何かが信長の手元で潰れた。


「・・・・・・残念だ。邪魔が入らなければ殺してやったのに、な」
「!?」

――― 残念だ」

 (藤吉郎――― ・・・・)


 くつくつと笑う主の姿に、目の前には居ない弟を思って、秀吉は目を閉じた。


 
 





















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+あとがき+

特に有りません(おい)
・・・次のお話のほうのネタが浮んでしまって(汗)
難産でしたー・・・(遠い目)


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