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 1564年 ――――
 桶狭間の戦いにて今川を破った織田信長はその勢いのまま美濃へと攻め入ろうとしたが、義龍の守りも固く、
 なかなか突破口をつかめずに居た。
 道三の生きていた頃には同盟を結んでいた間柄であったが、義龍が道三を滅ぼして以来、二国は再び険悪
 な仲となっていた。道三の影に隠れ、無能とも有能とも他国へ評判がたつことも無かった義龍ではあったが、
 予想外にこの相手は強さを示した。
 いや、そうではない。
 信長は家臣を粛清せねばならなかったため、尾張にはろくな兵が育っていない。つまり尾張兵は美濃兵に
 比べ、その強さにおいて劣っていたのだ。
 それを誰よりも、わかっていたのは信長だった。

 そして、仇敵である義龍が死んだ。
 後を継いだ弟の龍興は無能で、およそ戦国の世には不向きな性格で有名だった。


「初めに美濃、これは外せねぇ」
 信長は集まった武将に改めて美濃侵略を強く訴えた。
「今川にはろくな跡がいねぇからな、今のところは放っておけばいい。だが、美濃をとらないことには話しが
 はじまらん。ここを抑えてこそ道は開ける」
 武将たちもそれはよくわかっている。・・・だが、落ちないのだ。
 龍興へと代が変わり、信長は一度美濃へ出兵した。僅かに優勢したものの、美濃勢も総崩れにはならず
 領域を死守したため、小康状態でにらみ合っている。

 正攻法で攻めてはは攻略がいつ果たせるか見通しがつかん、と判断した信長は秀吉と蜂須賀党の者たちに
 土豪の美濃衆たちを調略するように命じた。
 そんな折に起きた、美濃での大事件。
 何と数人の武士によって、稲葉山城が乗っ取られたのである。
 これには、美濃勢のみならず織田の者たちをも驚かせた。


「・・・使えるな」
「あ?」
「何だい、秀吉兄さん」
 突然ぼそりと呟いた秀吉に、小六と小一郎が顔を向けた。
「信長様から書状が届いたんだ・・・稲葉山城を乗っ取ったっていう竹中半兵衛とか言う奴に城を譲るように
 説得しろってな・・これが上手くいけば美濃攻略は半分なったも同じ」
「そうだが、そう上手くいくもんか?」
「上手くいかせるんだよ。小一郎、竹中半兵衛っていう奴のこと調べられるか?」
「ああ、もう調べてますよ。はい」
 いとも簡単に言って、紙の束を差し出した。
「・・・仕事はえーな、おい」
「情報は剣よりも強い力ですからね」
 にっこり笑った小一郎に、こいつだけは敵に回したくねーなと秀吉は胸中で思う。
 そして、渡された紙に目を通した秀吉は、読みすすめていくうちに、だんだん眉間に皺を寄せる。
「嘘臭いほど・・・できる奴なんだな。神童って呼ばれていた口か?」
「そうみたいだね・・・ただ龍興殿の代になって不遇を囲ってたみたいだけど」
「それでキレるなんざ、まだまだ若いな」
「・・お前、人のこと言えるのか?」
「・・うるせーよ。とりあえず、こいつに交渉しに稲葉山城へ行く」
「おいおい、敵陣のど真ん中だぜ」
「正式な使者となれば、おいそれと殺しも出来ないさ。心配なら、お前らついて来い」
「そうだな」
「・・・僕は、ここで雑用片付けないといけないから駄目だよ・・・本当、どうしてか片付けていく先から仕事が
 溜まっていくんだよね・・・どうしてだろう、秀吉兄さん」
「・・・・・・・・」
 それは秀吉が書類整理をさぼっているせいだ。


















 信長の正式な使者として稲葉山城を訪れた秀吉はそう広くは無いが、綺麗に整えられた部屋へ通された。
 だが、そこはどう見ても当主の部屋ではない。
 どういうことか、と秀吉が首をかしげていると障子が静かに開き、

「お待たせして、申し訳ありません。竹中半兵衛です」
 頭を下げたまま、挨拶する。
 秀吉も負けずに頭を下げる。
「これは丁寧に。私は織田信長様の配下の者で日野秀吉と申します」
 そして、半兵衛と秀吉は互いに頭を上げた。

「・・・っ!?」
「・・・・??」

 何やら酷く驚いているらしい半兵衛に、訳がわからない秀吉は何かしただろうかと記憶をたどる。

「・・・何か?」
「っ!・・あ、いえ・・・申し訳ありません」
 はっと我にかえった半兵衛は、秀吉から視線をそらし、少し離れた場所へ座った。
 疑問を抱きつつも、秀吉は口を開いた。
「織田信長様からの書状です。どうぞお受け取り下さい」
「・・・・・・・」
 半兵衛はちらりと視線を走らせるが、手は伸ばさなかった。
「申し訳ございませんが、私にその書状を受け取る資格はございません」
「しかし・・・」
「私は、この城を一時的に預かっているに過ぎません。主でも無い人間が、織田殿からの書状を受け取る
 道理もございませんでしょう」
 書状に目を通すまでもなく、信長の言いたいことはわかっているらしい。
「しかし、私は竹中殿にと書状を預かって参りましたから。それを果たせず帰るわけにはいきません」
「では、受け取るだけは致しましょう。返事は否とだけお伝え下さい」
「・・・・・承りました」
 龍興から城を乗っ取るぐらいだから、その忠心も知れていると思ったが、それとこれとは違うらしい。
 予想外の頑固さに、信長への報告が憂鬱になる。
「それでは失礼を」
「何のお構いもできず申し訳ありませんでした。・・・・あの」
「何か?」
 退出する秀吉を、半兵衛が呼び止めた。
 その顔には何かを逡巡するような、先ほどまでの迷いの一切無い表情ではなく、年相応の若さが滲む。
「真田昌幸、という名にお心当たりはございませんか?」
「『真田、昌幸』?・・・いえ、一向に」
「そうですか・・・・、申し訳ありません。余計なことで足をお留めしてしまった、どうぞお忘れ下さい」
「・・・?・・・はぁ」
 そのまま顔を伏せた半兵衛に、かける言葉もなく、秀吉はさっさと稲葉山城を後にした。
 半兵衛を調略できないとなると、他の手を打たなければならない。
 信長への報告も早いほうがいいだろう。


 だが、秀吉は何故か気になっていた。
 自身の顔を見て驚いた半兵衛と、『真田昌幸』という名が。





















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+あとがき+

織田方に話が移りました。
時間軸をちょっと遡ります。
混乱してきた方は年表をご覧下さいませ。


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