-------22












 尾張への忍びの旅から戻った信玄は諸将を集めた。

「まず言っておこう。今川義元は尾張の小倅・・・いや、織田信長に討ち取られた」
 まさか、と場がざわめく。
「驚くのも無理は無い。だが真実だ。最も天下に近いといわれた今川家だが、これで衰退する
 ことになろう。当分は内部のごたごたで外に干渉する暇は無かろうから前面の憂いは無くなった。
 こうなればいよいよ本気で上杉とことを構えなければならんが・・・何か考えがある者が居るか?」
「恐れながら、某が」
 信玄の言葉に進み出たのは源助・・・春日弾正だった。
 諸将の中ではまだ若かったが、己の腕でのし上がってきた武力も才知もある武将である。
 また、信玄が京への忍びの供として選んだように、信頼も篤い。
「申してみよ」
「はっ。海津の地に城を建ててはいかがでしょう?」
「なぜだ?」
「あの地は、北・東・南と山に囲まれており、西には川が流れるという天然の要塞に恵まれており
 ます。また川を隔てて川中島はすぐ目の前。敵を向かえ撃つには要所かと」
「ふむ」
 信玄が頷くのを藤吉郎は脇で眺めていた。
 確かに弾正の考えは正しい。だが、上杉謙信が城が目の前で建てられていくのを黙って見て
 いてくれるかは・・・疑わしい。
「だが、奥信濃をまだ配下に置いてはおらぬに少々気が早くは無いだろうか?」
 もっともな反対意見を口にしたのは、信玄の弟、信繁である。
 父親が兄を排除しようとしたときも、兄への忠誠を誓い従ってきた。
 内外にも評判の高い、人望の人でもある。
「出遅れては負けます。城を建て奥信濃ばかりか上杉もうちとってやるのだという我らの意気を
 見せつけてやりましょう!」
 猛々しい甲斐の武将らしい言葉だった。
 諸将の視線が信玄に集まる。最終的に決断を下すのは信玄だ。
「・・・俺は弾正の意見をよしとする。これから本格的に謙信と向かいあうにあたって必要なものだ。
 邪魔が入れば返り討ちにしてやれ。弾正、お前にまかせるが、良いな?」
「はっ、ありがたき!必ずや城を建ててみせます!」
 ばっと頭をふせた弾正を視線のすみにとらえつつ、藤吉郎は信玄を見た。
 いつもならば何かしら藤吉郎に意見を求めようとするのに今回は無い。

 (・・・初めから信玄様は城を建てるつもりだったのかもしれない・・)

 そんな藤吉郎の内心を読んだように信玄がにやりと笑った。


























「真田殿、か」
 ぼんやりと中庭の池をみていた藤吉郎は、掛けられた声にはっと振り向いた。
「・・・・信繁様・・・」
 咄嗟に膝をつこうとした藤吉郎を信繁は手でとめる。
「お一人とは珍しいな」
「・・・信繁様こそ・・・何か御用が・・・?」
 今まで一人で居たときに信繁が話しかけてきたことは無い。
 信繁は血気盛んな武田家において、わりに温厚で新参者の藤吉郎にも嫌な顔をしたことは
 無かったが、絶対的な身分の差というものがある。
 片や統領の弟君、もう一方は軍師とは名ばかりのどこの馬の骨ともわからぬ卑しいもの。
 だから、藤吉郎は驚いた。

「先ほどは何も意見を述べられておられぬようであったが、真田殿は築城には賛成か?」
「・・・信繁様こそ、反対をされましたがあまり強くは進言されませんでしたよね?」
 信繁と藤吉郎の視線がかちあった。
 一瞬、互いの腹をさぐりあい・・・・・・・苦笑したのは信繁だった。

「猪突猛進も結構だが、時にはブレーキをかけねばならぬ。私が言わなければ同じことを誰かが
 言っただろう。それだけのこと」
「つまりは、念のため・・・ということですか?」
「真田殿は違うのか?」
「・・・・私は、上杉様の攻撃は無いのではと思っています」
「ほぅ・・・何ゆえに?」
「北条の・・・関東進出の勢いが弱くなる可能性があるからです」
 今川と北条は同盟を結んでいた。
 今川が織田に負けた今、その同盟は無きに等しいものとなる。
 北条に圧され領土を削られた関東諸将が領土復権を目指して立ち上がるだろう。
 関東官領に就任した上杉がそれを知らぬ顔をしているわけにはいかない。
 
「さすがに兄上が見込まれただけある。世の情報にも通じておられるな」
「・・信繁様もわかっておられながら・・・」
 藤吉郎の一言で全てを察することができたということは、信繁も同じことを考えていたということ。
 そして、藤吉郎への”用事”が、別にあるということ・・・。

「兄上は・・・ここ数週間ほど留守にしておられたが」
「え・・・・・」
 確か信玄は影武者を用意して出ていったはず、何故気づかれたのだろうか・・・。
 驚く藤吉郎に信繁が笑う。
「驚くことはない。私が兄上の影武者の一人だからな。軍師殿だけを連れて赴かれたようだったが・・
 全く・・・軍師殿からもあまり一人歩きはされぬよう申し上げておいてくれぬか?」
「・・それは・・・」
 藤吉郎が言っても無理だろう。
「私は兄上を信じている。だが危機というものはいつ何時襲い掛かるやわからぬもの。兄上のもしもの
 ことあらばこの甲斐は・・・おそらく列強に侵略されてしまうだろう」
「そのようなことは・・・!」
「無い、と言い切れるかな?真田殿には。・・・私は兄上を尊敬し、その能力はこの甲斐ばかりでなく
 天下を治めるに足る技量をお持ちだと信じている。だが、悪いが・・・兄上の御子のどちらも同じような
 器量は持ち合わせてはおらぬ。まして義信は・・・」
 行く先が思いやられるとばかりに信繁は頭を振った。
 藤吉郎は本気で兄を信じ、甲斐のゆくすえを案じている信繁が不思議だった。
 信長様は・・・信長様の弟君は・・・

「・・・一つお伺いしてもよろしいですか?」
「何か?」
「・・・信玄様のお父君・・・は、信玄様に追放されたと聞きました。お父君が信玄様を不当に疎まれ、
 弟君である信繁様ばかりを可愛がられていたと・・・。信繁様は・・何故、信玄様を・・兄君様をそこ
 まで信頼なさることができるのですか?」
 これは甲斐では禁忌に等しい話題だった。
 追放したとはいえ、父親は父親。信玄に一点の疚しさも無いといえば嘘になる。
「・・・私は自身の分というものを知っている。愚かでも才が無いわけでもない。だが、兄上のように
 人心を掴み、率いていくことは出来ない。本来ならば、私など嫌われて当然であるのに兄上は弟と
 して誰よりも慈しんでくださり、頼りにしてくださる。兄上は素晴らしい方だ」
 信玄に対する絶対の忠誠心・・・・・だが・・・・。
「ですが、人は老います。もし、信玄様が亡くなられたとき・・・・・信繁様は・・・・」
 義信にも同じように忠誠を誓うことが出来るのか。
 探るように信繁を見れば、不思議な微笑を浮かべていた。
「・・・・・真田殿、それは、不要な問いだ」
 何故・・・?
 藤吉郎は意味がわからず、再度問いかけようとした。


「昌幸」

「・・・!信玄様・・・」
「兄上」
 弾正と詳細な策を練り終えた信玄が廊下に立っていた。

「珍しいな。二人して何を仲良く話していた?」
「・・・・いえ」
 藤吉郎はさっと顔を伏せた。
「今度兄上が遠駆けなさるときは私も連れていってくださるように、真田殿にお願いしていたのですよ。
 私も武田の者。据わってばかりでは退屈いたしますから」
 暗にお忍びを戒める信繁の言葉に、信玄がくつくつと笑う。
「そうか・・・だが、当分そのようなことは無いと思うぞ」
「それは残念です。・・・・・ですが少々安心致しました」
 笑い合う姿は仲の良い兄弟そのものだ。
「では、私は訓練がありますので失礼いたします」
「そうだったな。俺も後で行く」
 立ち去る信繁を、二対の視線が見送った。



「昌幸」
「・・・・はい」
 呼ばれた藤吉郎は信玄に近づく。
 そのまま手首をつかまれ、引き寄せられた。
「・・・っ」
 あまりの力に骨がきしむ。
「お前は俺のものだ・・・・忘れるな」
「・・・・・・は、い・・・」
 


 外された手首に赤い痕がくっきりと残る。
 信玄の執着の証だった。
























NEXT

BACK

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
+あとがき+

次あたり、川中島です。
信玄VS謙信
・・・さてどうなりますことやら・・・・(はぁ)


Back