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 信玄には二人の息子が居る。
 正室の生んだ嫡子義信と愛妾が生んだ勝頼である。
 義信は良くいえば闊達、悪く言えば少々乱暴なところがあり体格は信玄によく似てがっしり
 していたが、軽率なところがあり権力に奢る性格であった。
 対して勝頼は元々病弱で、母親を10の時に亡くしており大した後ろ盾も無かった。
 ただ、性格は温和で素直であった。
 信玄は公平な人柄であったから、ことさらにどちらかを贔屓することは無かったが元々正室
 とは仲も悪く、病弱で母親の無い勝頼を哀れに思うのか、義信よりは勝頼に”父”としての
 愛情を注いでいたようである。

 そして、信玄は藤吉郎を連れてよく諏訪に赴いていた。
 勝頼は普段は信玄と同じ館には暮らしてはおらず、諏訪の館に暮らしていた。
 そこは湯場が近くにあり、病がちの勝頼には環境も良かったからなのだが、信玄も疲れを
 癒すという名目でよく足を向けていた。
 その供に藤吉郎も居たのだ。

 藤吉郎が勝頼に初めて対面したのは、勝頼が13、藤吉郎が21を数える歳のころ。
 20を超えているのに恐るべき童顔の藤吉郎はまだまだ十代で通用する外見であり、勝頼も
 親しみを感じたのだろう、よく話をかわした。




「昌幸殿はよく外のことを知っておられるのですね」
 元服もまだな勝頼にとって外の世界を知ることは大きな楽しみで、藤吉郎によく話を請うた。
 藤吉郎も勝頼の目にある純粋な好奇心と憧れを見て、素性を知られない程度に京のことや
 尾張のことなどを話してやった。
「そんなでもないです。俺が知ってることなんてほんのちょっとですから・・・」
「いいなぁ、私も諸外国を見てみたい・・・きっと色々な珍しいものがあるんでしょう・・」
「何か欲しいものがあるんですか?それならお館様に言ってみられては・・・」
「特にこれというものはありません。それに・・・たとえ欲しいものがあっても父上には言いません」
 この勝頼の返事は藤吉郎には意外だった。
 勝頼は信玄のことを偉大な父親として尊敬していると思っていたのだが・・・。
「どうしてですか?」
「・・・父上にお願い申し上げたらきっと叶えて下さるでしょう。でも私は自分のこの足でその地に
 赴き、自らの目で見てみたいのです」
「・・・・・・」
 ああ、と思う。
 幼く病弱であっても、やはり信玄の子供。
 与えられるものだけでは満足は出来ないのだ。
「・・・我がまま、でしょうか?」
「え、いいえっ!そう思われるのは当然だと思います。・・・勝頼様はご立派ですね」
「ちがいますっ!私は・・・この体のせいでろくに父上の供も出来ない役立たずです」
「・・・・・・・・」
 武士の世界とは何と厳しいのだろう。
 まだ13の子供が自分を役立たずだと責める。
 この国を統べる者の子供として生まれてきた自分の責任をわかっているのだ。
 そしてそれを成すことの出来ない自信の不甲斐なさを。
「きっと父上も・・・私のことを情けなくお思いでしょう」
「そんなことありませんっ!」
 藤吉郎は思わず叫んでしまった。
「・・・昌幸殿?」
「あ、すみません!・・・叫んでしまって。でも、お館様は勝頼様のことをとても大事に思ってらっ
 しゃいます。・・・お館様には内緒ですけど、ここだけの話ですよ!言わないで下さいね。お館
 様は公正な方ですけど、優しい方ではありません。むしろ厳しい方です。でも勝頼様にはいつも
 お優しい言葉をかけて、体を気遣っておられる。ね?これがどういうことか、勝頼様ならおわかり
 になるでしょう?」
 勝頼がこくん、と頷く。
「私はまだお館様にお仕えして日も浅いですけど、お館様が勝頼様を愛してらっしゃってることは
 自信を持っていえます」
 そう、信玄の・・・妄執とも言える藤吉郎への思いを理解できずとも。
 それとも他人だからこそよくわかるのか。

 ふ、と藤吉郎は手にぬくもりを感じた。

「昌幸殿は・・・本当にお優しい方なんですね。いいえ、否定しないで下さい。私はまだ未熟者で
 世間のことなんて全然わかりませんけど追従かそうで無いかはわかります」
「勝頼様・・・」
「これは父上や他の方々には内緒ですけど・・・私は父上が連れて来られた供の方で好意を
 持ったのは昌幸殿だけです」
 勝頼は悪戯っぽく言うと亡くなった母親譲りの美しい顔に笑顔を浮かべた。















「昌幸」
 情事の後、信玄は倒れこんだ藤吉郎の髪をなでながら機嫌よく話しかける。
「勝頼のことをどう思った?」
「・・・・賢い方かと・・・」
「ふ、あれは世俗の汚さを知らぬ。上に立つ者としては素直すぎる。だが・・・義信にその器が
 あるのかと言えば、否としかいえぬ」
「・・・・・・・」
「義信ではこの甲斐・・・いや、天下を取ることは出来ぬ。あれは己の能力というものを計れぬ。
 そのようにしか育てることのできなかった俺の責任だがな」
「ですが・・・」
「いつか、義信は俺に逆らうだろう。・・歴史は繰り返すというやつだな」
 信玄が苦い笑いを漏らす。
 父親に疎まれていた信玄は、父親が自分を廃嫡する前にこの甲斐から父親を追放した。
 だが、それは信玄にそれだけの能力があったということだ。
「・・・何が、言いたいんですか?」
「お前にとっては最高のシナリオでは無いか?・・・藤吉郎」
 くつくつと笑いながら信玄は藤吉郎に覆いかぶさり、耳元で囁く。
「逆らう義信は俺に殺され、病弱な勝頼ではこの甲斐を背負ってはいけない。この武田は俺の
 代で終わり、ということだ」
「・・・・・それは、全て仮定の話です・・・・そうなるとは限らない」
「限りなく高い確率にある未来の話だ」
 信玄の愛撫が藤吉郎の胸を這う。
「・・・・・ぁ・・・・」
「武田は俺の代で終わる。・・・・・だが、俺はそれで構わない」
「・・・ぅ・・・・・・・・・・んっ」













 ――――― お前と共に逝くのなら。




















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+あとがき+

いよいよ壊れてきましたね、お館様(笑)
そして勝頼登場♪
まだまだ先は長い・・・・


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