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俄かに雨が降り出し
雷雨が闇に轟いた















「寒いか?」
「・・・・いえ」
 問われた藤吉郎は青白い顔で、けれど首を横にふった。
 信玄の気まぐれで甲斐からこの尾張まで連れてこられた藤吉郎は今川の陣から
 少し離れたところにある、粗末な木こりの小屋に信玄と勘助と共に潜んでいた。
 暗い闇の中で真ん中にある焚き火だけがぱちぱちと音をたてて燃え、互いの顔を照ら
 している。
「薪を増やしましょう」
「いいよ、勘助。・・・もうすぐ消さなければならなくなる」
「・・・・?」
「そろそろだな」
 疑問符を浮かべた勘助に対して信玄が意味ありげに笑う。

 時は・・・正確には知りようが無いがおそらく午前2時ごろ。
 勘助が小六に義元の居所を告げてからだいぶ経っている。
 外は風が強く吹きすさび、雨が小屋の壁を打ち嵐のような模様を呈しはじめた。

 まさかこれほど天気が荒れようとは。
 誰も想像もしていなかっただろう。

「くくく・・・天は小僧に味方したらしい」
 信玄は笑い、立ち上がった。
「見物に行くとするか、昌幸?」
「・・・・・はい」
 配下ならば主君のそんな軽々しい振る舞いを留めて当然ではあるが今の藤吉郎に
 それをする気は無かった。
 
 信長が・・・・いや、今夜が戦国の世の転換期になるか否や。
 運命が動く。

「勘助、昌幸を守れ。・・・武にはむかぬ軍師だからな」
「はっ」
「・・・・お館様こそ御身大事に」
 おそらく藤吉郎の身を守るばかりでなく逃がさぬようにとの手配りであるのだろうが。
 三人は外套に身を包み、夜の闇にとけた。























 パチン、と信長の扇が閉じた。

「時は来た。今川義元は桶狭間にあり!俺について来いっ野郎どもっ!!」

「「「「「「「「「おうっっっ!!!!」」」」」」」」」」
 
 盛大な鬨の声と共に、織田軍は桶狭間に向かい馬と徒歩を走らせた。
 正面からぶつかる激しい雨も気にせず、馬が蹴り上げる泥にまみれ、それでも勢いの
 ゆるまることの無い鬼気迫る一軍が今川の陣営に迫る。
 雷雲から白光が闇を切り裂き、ときおり兵たちの顔を照らす。
 今、彼らの心は一つだった。

 打倒、今川義元。

 ただ、一つ。




 そんな中、秀吉も徒歩で必死に信長を追う。
 敵を一人でも多く殺し、首級の一つでもあげ出世してみせる。
 その想いを胸に、秀吉は駆けた。

 

 突然の奇襲に今川方は慌てふためいた。
 武将たちの必死の声も雷雨の中で兵たちには届かず、有象無象の衆と化した人の
 群れがてんで勝手に逃げ惑う。
 雨が血の雨となり、地はどす黒い赤に染まる。
 負傷し、死して倒れているほとんどは今川の兵たちだった。

「・・・ちっ」
 秀吉は雨と血で濡れた顔を拭うと、先ほど殺した相手から剣を引き抜くのを諦めた。
 肉の間に挟まった刃は秀吉には取ることが出来なかった。
 戦場では一瞬が仇となる。早々に見切りをつけると懐からクナイを取り出した。
「・・・藤吉郎、力を貸せ」
 それは藤吉郎が秀吉への置き土産として残したクナイ。
 姿を消してからずっと懐に忍ばせてきた。
 その時・・・


「今川義元が居たぞーーっ!!」


 誰が叫んだのか、嵐の戦場の中でも何故か響き渡った。

 そして間もなく首級があげられ、動揺した今川の兵は陣も関係なく己の領地へ去って
 いく。
 戦場に織田の兵たちの勝ち鬨の声が轟く。
 秀吉は事態の急展開に呆然としていたが、慌てて信長の姿を探した。
 信長は少しばかり離れた、今川義元が居たと思われる建物の近くに居た。
 少しでも近くに、と足を踏み出した秀吉の袖を引くものがあった。
 思いがけないことに秀吉はたたらを踏む。

「・・っなんだ・・・・っ!?」
 そして、振り返った秀吉は驚きに目を見開いた。

「おま・・っ」
「しっ。大きな声出すなよ、信長にバレるだろうが」
「・・・・五右衛門」
 織田の雑兵に扮した五右衛門は一件すると泥と血にまみれ、本人だとはわかりがたいが
 目の色が違う。どこかふざけたような剣呑さ。
「よぅ、久しぶり」
「・・・藤吉郎は、藤吉郎はどうした・・・・?」
「気になる?」
 秀吉は当然のことを聞くなとばかりに五右衛門を睨んだ。
「・・・・今、近くに居る」
「何・・っ!?」
「だから大きな声出すなって・・・でも会うことは出来ないぜ、見張りがついてるからな」
「見張り?・・・あいつ、いったい・・・何をしているんだ・・・?」

 前に斉藤道三の伝言をつたえに来た五右衛門から藤吉郎が生きていることは聞いた。
 信長がいたせいかそれ以上詳しいことは聞くことが出来なかったのだが、五右衛門が
 斉藤道三の使いのように現れたことから察するに藤吉郎は斉藤側の・・・武将の誰か
 のところへ身を寄せているとばかり思っていたのだ。
 だが、それならこんなところまでのこにこと出てくるわけがない。
 しかも見張りつきとは・・・・。

「囚われているのか?」
「半分はずれで、半分正解。・・・厄介な相手であることは確かだな。俺もそろそろ帰ら
 ねーとヤバイし?」
「それなのにわざわざ・・・どうしてだ?」
「聞いておきたいと思ってな」
「俺に?」
「ああ。前にあの殿さん言っただろ。藤吉郎に・・・二度と目の前に現れるな、現れたら
 殺す・・・だっけか」
「・・・・ああ」

「お前はどう思ってるわけ?それが当然だと?」

「・・・っ!!」
 五右衛門の言葉に叫びそうになったのを大きく息を吐き、低く抑えた声でかえした。
「・・・あいつは、俺の・・・半身だ」
「・・・なるほど」
 五右衛門は兜がわりの雨傘を目深にすると、秀吉に背を向けた。

「藤吉郎は守る。俺が、命にかえても」
「五右衛門・・・?」
「行け・・あいつが気づく」
「・・・・・その言葉、信じる。藤吉郎を・・・頼んだ」
「りょーかい」
 五右衛門は兵に紛れて去っていく。
 秀吉はその先に居るであろう藤吉郎を思いながら・・・・背を向けた。
 五右衛門は信頼できる男とは言いがたいが、藤吉郎に関してだけは信用できる。
 だから今、秀吉は己の出来ることを果たす。
 























「義元、死す・・・か」
 木々の間に身を潜めた三人のもとに、勝ち鬨の声が届く。
「これで煩さ方が一つ無くなったな。奥も静かになろう」
 信玄は上機嫌に呟く。
 奥・・つまり信玄の正妻は今川義元が縁で信玄のもとへ嫁してきた。
 嫉妬深く、才も器量もない・・家柄だけがい良いことが自慢の貧しい女だ、といつだったか
 信玄が藤吉郎にこぼしたことがある。
「・・・・・・」
 一方藤吉郎はその信玄の言葉をろくに聞いていなかった。
 信長が万が一にもこんなところで倒れるとは思わないが、それでも・・・これほどに近くに
 ありながらただ見ていることしか出来ない己が不甲斐なく、悔しかった。

 (・・・信長さま・・・っ)

 祈る思いで戦いの行く末を見つめていたのだ。
 今すぐに駆け寄りたかった・・・・たとえ裏切り者と成敗されたとしても。
 最期が信長の手で、というのは藤吉郎にとってとても幸せなことでは無いかと・・・
 
 だが、それは許されない。
 藤吉郎の隣に居る男は決して藤吉郎の手を放しはしない。


「さて、そろそろ帰るか。またぞろ上杉が動き出すとも知れないからな」
「馬を手配して参ります」
 勘助がはぐれ馬を求めて姿を消す。
 
 藤吉郎は緊張感が高まるのを感じた。
 信玄と二人きりで居ることは藤吉郎にとって苦痛だった。
 脅迫によって心を求められ、力で体を支配された・・・その思いは強烈な抑圧となって
 藤吉郎を襲い、震えはじめる体をおさえるので精一杯だった。


「信長の下へ行きたいか・・・・・藤吉郎?」
「・・・・・・・」
 雨のせいだけでなく冷たくなった体は氷ついたように動かない。
 引き寄せられるまま信玄の胸元に倒れこんだ藤吉郎の頭の上で笑う気配がする。

「もっとも行きたくても・・・許さんがな」
「・・・・・っ」
 顎をつかまれ、深く口づけられる。
 腕の拘束は締め上げるほどに強く、口づけは血の味がした。


 (ああ・・・信長さま・・・)


 いくら抱かれようと、どれほどに拘束されようと藤吉郎の心が信玄に向くことは無い。
 体こそ信玄が与える快楽に溺れはじめているが、心とは別の部分・・・。
 すでに決めてしまった己の主を途中から違えることは不器用な藤吉郎には不可能だった。

 ならば藤吉郎に出来ることはただ一つ。


「お館さま・・・っ」
 いつか、この命を手土産に。









 信長の前で、果てよう。



























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+あとがき+

この話で一区切りつきました。ここまでは何とか
今年中に書こう!という目標が達成できました♪
・・・しかし20話もかかるとは・・。
これで最初は短編のネタだったというのだから
いったい自分はどんな短編を書こうとしていたのやら疑問です(苦笑)
そして
まだ続きます(笑)


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