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1551年

北条、武田と三国同盟を結んだ今川はついに上洛を決意した。

















「今川、ついに動く・・・か」
 細作のもたらした情報に信玄はにやりと笑った。
「・・・いいのですか?」
 信玄とて上洛を狙っていたはず。
 今川ばかりに良い目を見させて面白いわけもない。
 だが、信玄は不機嫌になるどころかまるで今川が上洛することを心待ちしていたかの
 ように上機嫌だった。
「京へ上洛し、天下の覇を唱えることを諦めたわけでは無い。それにはまだ後顧の憂いが
 残っているし、京までの道も遠く邪魔も多い。・・・昔の義元ならば俺も脅威であったろう
 が驕慢した今のあれでは・・・」
「ですが、どの国よりも兵力は多いはずです」
「くっくっく・・・確かに今川2万5千と織田の3千では対戦させるまでもなく勝敗は目に
 見えている。誰も織田には賭けまいよ」
「・・・・・・・・」
「・・・そのまま対戦させるならば、な」
「・・・信玄様?」
 何やら企んでいるらしい信玄に藤吉郎は眉を寄せる。
「旅支度をしろ。出かける」
「・・・・・・・・はい」
 信玄は忍びで国をちょくちょく留守にすることがある。
 そのために多くの影武者がいるのだが・・・・。
「少しばかり足をのばすとしよう」
「・・・・・・」
 その少しばかりが問題なのだった。






























「漸く動きはじめたか」
 今川動くの報が織田にもたらされてより、場内はにわかに慌しくなっている。
 数として圧倒的に不利なこちらだが、ここで引けば永遠に今川の下につくことは
 宿命づけられてしまう。
 それでは信長の野望は果たされない。
 
(長期戦は・・・出来ねぇな・・)

 信長は冷静な頭で作戦を何通りも練っていく。
 人は信長のことを直情径行だと言うが、彼は誰よりも狡猾で用心深い面も持っていた。
 勝てない戦はしない。
 勝てるとあらば手段は選ばない。

「・・・サル2号、居るか?」
「はっ」
 信長に呼ばれ、庭先に控えていた秀吉は頭を下げる。
「蜂須賀に・・動くときがきたと伝えろ」
「はい」
 秀吉は再び頭を下げると身を翻した。

「・・・俺に運は向くか」
 らしくもない独り言に信長は顔をしかめた。











「すみませんっ!・・俺は日野秀吉、信長さまの使いで・・」
「やはり来やがったか」
 蜂須賀長屋に駆け込んだ秀吉を小六が自ら出迎えた。
「信長だな、全く人使いの荒い。・・まぁ、のるかそるかの大賭け。人生一番の大博打だ。
 野武士どもに渡りはすでにつけてある。時機を待ってろ」
「何をするつもりだ?」
 秀吉は信長から何も伝えられていない。
 だが、信長が以前からこの小六とは連絡を蜜にしていたことは知っていた。
「戦場でするのは何も戦いだけじゃねぇ。信長が待ってるのは情報だろうよ」
 いつもは賑やかな蜂須賀長屋は不気味なほどに静まりかえっていた。
「運がいいのか悪いのか。この機会を逃せば今川の義元の首を取るのは不可能だろう。
 天下の副将軍か何かは知らんが自分は城でのうのうと命令し、戦いは他の武将たちに
 まかせっきりらしいからな」
「・・・だが、肝心の義元の居所がわからなければ・・・」
「それを調べるのが俺たちの仕事だ。お前はどうする、一緒に来るか」
「いや・・俺は信長様のお傍に居る」
「そうか・・・まぁ、あいつのぶんもしっかりやれよ」
 秀吉はふっと口をつぐむ。
「・・・・・五右衛門から連絡は」
「何もねぇな。お前のところには?」
 秀吉は無言で首を横に振る。
「・・・もっとも、今さら戻ってきたとしてもな・・・・・・・」
 小六は眉を寄せ、首をふる。
「ああ。信長様はお許しにならない。・・・だがそんなことは関係ない。あいつは・・・・
 藤吉郎は・・・」

 (・・・俺の弟だ、共にあるべき存在だ)

 狭いと思っていた長屋が、広く感じるようになったのは藤吉郎が居なくなってから。
 誰も居ないはずの隣にふと視線をやり、むなしくなる。
 そんなことがもう幾度となくあった。
 秀吉自身いい加減慣れろと思うのだが・・・。

 (・・そんなのは俺だけじゃないが、な・・・)

 信長が秀吉を出来るだけ視界に入れようとしないのを知っている。
 思い出すのだろう・・・・あいつを。
 全くなんであんなちっぽけな存在を自分たちは気にかけてしまうのか。

「・・・・では、よろしく頼む」
「ああ、まかせとけ」
 感傷を振り切るように暇をつげた秀吉は主君である信長の下へ走った。
 おそらく出陣は間近。
 あのとき、信長に命を懸けると心に誓ったときから主君より後にはしなないと
 決めた。・・・おそらくあいつもそうだろう。
 この空の下、どこかで生きているだろうあいつのぶんも秀吉は働くと決意していた。

















 新緑が目に鮮やかな5月なかごろ、信長は清洲城から兵を率いて熱田神宮まで
 南下した。
 すでに今川は丸根、鷲津の両砦まで迫っているとの報告を受けている。
 どちらの砦も今川の兵数に比べてわずかだった。
 おそらく落とされるだろうとの大方の予想どおり昼前には信長のもとに戦死の報告が
 次々ともたらされた。
 信長は将たちの無念を果たすことを叫び、兵たちを鼓舞して進軍した。
 
 (生きるか死ぬか、それ以外にない)

 信長は馬に鞭を当て、心に背水の陣を敷いた。
 


 一方の蜂須賀小六は山中で今川本陣の動きを探っていた。
 今川本陣は中嶋砦と桶狭間の中間地点、東海道に沿う場所に置かれていた。
 大将の首を取る。それ以外に信長に勝利の道は無い。
 また、信長が勝利せねば蜂須賀の未来も危うくなる。
 だが、さすがに二万の大軍。
 情報は錯綜し、なかなか正確なものが捕まらない。
 あまりに本陣に近づくとこちらも危なくなる。
 そろそろ焦りがにじみでる小六のもとへ、意外な人物が顔をみせた。
 小六の手の者に案内されてやってきたのは、いつだったか秀吉が連れてきた男で
 名は・・・・・・・・・山本勘助。
 言動からおそらく甲斐の者であろうと狙いをつけていたのだが。
 何故こんなところに、と小六は心の内で首をかしげた。

「私のことを覚えておいでになろうか?」
「ああ、秀吉がいつか連れてきた奴だったな」
 勘助は笑った。
「すでに私の正体は知られておろうが、知らぬふりで告げることがある」
「・・・何だ?」

「今川義元、田楽狭間に在り」

 あまりに淡々と言われたことがすぐには理解できず、一瞬ぽかんとした小六の目が
 驚きに見開かれた。
「な、に・・・」
「信じるや否やはそちらの勝手。ではこれにて」
 あっさりとそれだけ告げて身を翻そうとする山本勘助をあわてて止めた。
「おいっ、それは・・・あんたの主の意向か」
「どうとでも。・・・ただ、甲斐の方もいささか今川が鬱陶しくてある」
 一瞬の空白。
「・・・・・田楽狭間だな」
 小六の目が殺気を帯びる。
「そうだ」
 勘助もその視線から逃れることなく、はっきりと頷いた。























 5月なかばだというのに、その日は驚くほどの晴天でまるで夏のような暑さだったが
 夕方ごろから雲がにわかに湧き出してきていた。





















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+あとがき+

一気に桶狭間を片付けようと思ったんですが
・・・・無理でした(苦笑)
山場は次回にv


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