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 山本勘助は用意を整えると明朝出発した。
 ここ甲斐から信長の居る尾張へは今川の領地を抜けていかなければならない。
 勘助はそこで小用を済ませた後、尾張の領地へと入った。
 織田と今川は昔から仲が悪く、関所越えも厳しい監査があると思ったがそうでもなく
 むしろ商人を装っていた勘助はわりと容易く通して貰えた。

 尾張の山はまた甲斐の山とは赴きが違う。
 甲斐の荒々しさと濃さに比べ、尾張は色合いも鮮やかで種類も豊富である。
 季節は春から夏へとゆるやかに変わろうとする頃。
 旅には良い時期だった。

 城下に近づくにつれ人の流れも多くなり、煩雑な雰囲気に溢れてくる。
 勘助は自分と同じような行商が店を広げる通りに来ると用意していた反物を広げ、
 客待ちをしながら思案にふけった。

 (さて、どうやって城に潜り込むか・・・)

 初めての土地だけになかなか難しい。
 とりあえず何日か行商人として精を出そう・・・。







 それから一週間。
 勘助が尾張に慣れて、そろそろ行動に移そうかと思っていた頃。
 一人の客が勘助の前に現れた。
 
「おい、それをちょっと見せろ」
 傘を被っているため顔はわからないが身なりからして結構な身分の侍のようだった。
 そんな侍が共もつけずに出歩くとは珍しい。
「越後のほうの特産品だな。このあたりではあまり見かけない品だ。確か上杉が独占
 販売していたはずだが・・・」
「よくご存知で。確かに良い品は上に収めさせていただきますが、中には至らない品も
 ございまして、こうして売ることを許可されております」
「なるほど」
 客は売り物の一枚を手にとり、眺める。
「そうは言うがなかなかいい品だ。全て貰おう」
「は・・・あ、ありがとうございます」
 勘助は一瞬呆気に取られた。
 一枚は大した値段で無くとも全てとなるとかなりの値になる。
 かなり裕福な身分なのか・・・。
「お届けはどういたしましょう・・?」
 とても目の前一人の客が持てる量では無い。
「心配ない」
 客はにやり、と口を歪めると後方を振り返った。
「おいっ!二号!!」
 怒声が響く。
「の・・・三郎様っ!!」
 見ると、人垣の中から小柄な体がこちらへ駆けてくる。
「おせーぞ、サル二号」
「っ!!あんたが巻いたんでしょうがっ!!」
「これを買った。持って帰れ」
「はいはい。えーと・・」
 客の体に隠れていた人がそこではじめて勘助の目に映った。


「・・・これですか?」
「ああ、全部だ」
「全部!?・・・ったく、すみませんが、袋か何かありませんか?」
「は・・・ああ、ええ、はい。ございます」
 勘助は一瞬我を忘れて、現れた人物の顔をしげしげと見つめてしまっていた。
 咄嗟に頷きかえし、商品を全て買ってもらえたほくほく顔を浮かべつつも内心はかなり
 狼狽していた。


 ・・・似ている、なんてものでは無い。
 そのものでは無いか。

 勘助は甲斐での、真田昌幸の言葉を思い出していた。



 『私の顔を見ても驚かないで下さい』



 あの時全く意味のわからなかった言葉は、今その答えを勘助の前に明らかにしていた。
 

「さてと、代金はいくらだ?」
 『サル二号』と呼んだ人物に荷物を背負わせた侍は勘助に尋ねてきた。
「はい、全てで・・・となりますが・・」
「では、・・・出そう。だが、生憎今、それだけの金を持ってねぇんだ。城のほうへ取りに
 来い」
「・・・は?城?」
「殿っ!」
「うるせぇぞ、サル二号!何か、文句あるってのか?」
「・・・山ほどありますけど・・どうせ勝手にされるんでしょうから言いませんよ」
「ほほぅ、俺にそんな口をきくとはいい度胸じゃねぇか・・」
 二人の間に険悪な雰囲気が漂いはじめる。
「あ、あの・・・??!」
 勘助は困惑顔を装いつつ、凄い速さで頭を回転させる。
 まさか、とは思うが一国の主ともあろう者が従者一人だけで市井に下りることなど
 ありうるのだろうか?
 いや、評判の『うつけ』ならばそのくらいのことはするのかもしれない。
 ならば・・・この目の前に立つ侍は・・。

 織田信長。
 
 こんなところでお目にかかることが出来ようとは・・・。
 勘助は驚愕がおさまると、何とかこの機会を利用できないものかと考えをめぐらせ
 はじめた。



































「さて、今頃はすでに織田の領地に居るだろうな」
「・・・そうでしょうね」

 躑躅ヶ崎館、信玄の奥寝所には部屋の主である信玄と傍に控える藤吉郎の姿が
 あった。
 藤吉郎が甲斐へと帰ってきてより、信玄はひと時たりとも藤吉郎を傍から離そうとは
 しなかった・・・それが何かの軍議であろうと、遠駆けであろうと。
 ・・・夜でさえも。
 甚だな寵愛と言えただろう。
 だが、それでいて家臣から忠言を述べる者も、影口を叩く者も現れないのは
 それだけ信玄への信頼が篤いことと、いくら重用されようとも全く奢らず腰の低い
 藤吉郎ゆえだった。
 
 信玄は硯の上に静かに筆を置くと、白い木綿の夜着を着ただけの藤吉郎へと
 近寄った。

「信長のことが気になるか?」
「・・・・・・。気にならないと言えば嘘になるでしょう」
 信玄は藤吉郎の手首を掴むと、引き寄せ胸元に抱いた。
 びくり、と藤吉郎の体が震える。

「正直は美徳だ。だが、過ぎれば不快なこともある。お前のこの・・・小さな頭の中に」
 ぐいっと後ろ髪をひかれ、顔をあお向けさせられる。
「・・・尾張の小倅のことが僅かでも残っているということが絶えられぬ。この中にあるのは
 この武田・・・俺のことだけでいい。なぁ、昌幸」
「・・・んっ」

 強い力で抱きしめられて、骨がきしむ。
 無意識に藤吉郎の手が、すがるように信玄の懐をつかむと、そのまま畳へと横たえられ
 着物を奪い取られる。

 小さな悲鳴があがるが、聞く者は自分と己を抱く相手だけ。


 
 夜の闇の中で、藤吉郎は無力だった。

 





















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+あとがき+

殿、普通に生活してる〜っ!・・表面上は(ニヤリ)
藤吉郎はもっと凄まじい生活に入っているようです(笑)
・・・愛されすぎるのもつらいものです。


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