-------12










 弘治元年。
 わずかに雪が残る、春のはじめ。


 美濃は・・・乱れようとしていた。





















「今日、お呼びしたのは他でもない。昌幸殿」
 昌幸・・・籐吉朗は城主である重元の部屋へと呼ばれていた。
「いよいよ・・・・義龍様が立たれる決意をなされた」
「・・・そうですか」
 心を凍らせたまま籐吉朗は頷く。
「すでに源助殿にもお話いたしたが、あなた方の連れていらした兵を是非に私たちに
 貸してもらいたいのだ」
「それならば、わざわざお聞きくださらなくとも・・・私たちは重元様に迎え入れて
 いただいた折より美濃のために尽くすと決めております。存分にお使いくださると
 よろしいでしょう」
「おお、昌幸殿にそういってもらえるとは有難い」
 城主はこれで義龍の勝利は決まったも同然と、上機嫌に夕刻には宴までも催すと
 籐吉朗にも参加するように求めた。
「いいえ、私は下戸ですから、満座の興を失うだけ。どうぞ皆様方でお楽しみ下さい」
「そうか、残念だな。だが、勝利した暁には昌幸殿にも参加していただくぞ?」
「それはもちろんのことでございます」
 敗北という文字は見えていないのか、重元はやけに楽観的だった。









「・・・・いよいよ、か」
 部屋に戻った籐吉朗は、ずるずると畳に座りこみ虚ろな目を宙に向けた。
 敵は斉藤道三。
 その狡猾にして、豪放な戦いぶりは有名で長期戦をしかけるにはこちらが不利だ。
 勝つには迅速にして・・・・不意をつかねばならない。
 それが義龍に出来るだろうか?

 ・・・・・・・できるかもしれない。
 義龍が有能だというのは本当のことだ。
 でなければ当に道三が廃嫡にしているだろう。


「昌幸殿、よろしですか?」
 外から聞きなれた・・・半兵衛の声がした。
 籐吉朗ははっと我にかえり、立ち上がった。
「どうぞ、お入り下さい」
「・・失礼します」
 半兵衛も慣れたもので、気軽に入ってくる。
「どうされました?」
「・・・ずるいです」
「・・・?は?」
 半兵衛に非難するような眼差しで見つめられて籐吉朗は首をかしげた。
 そんな目で半兵衛に見られる覚えは一考にない。

「・・・昌幸殿も宴に出られると思っておりました」
「・・・ああ」
 そのことか、と納得する。
「私は下戸ですから・・・今回は遠慮させていただきました」
「私はせっかく昌幸殿も出られると思い、退屈な宴も賛同いたしましたものを」
「え!?そうなんですか?」
 籐吉朗が目を丸くする。
「残念です」
 本当に残念そうにしゅん、と頭を下げる半兵衛に籐吉朗は罪悪感がわいてくる。
 何故そこまで楽しみにしてもらっていたかはわからないが・・・。
「・・・すみません」
「いいえ、許せません。ですから・・・脱走するのにご協力下さい」
「・・・・・・。・・・・・は?」
 ぽかんと口を開いた籐吉朗に半兵衛はくすりと笑った。


















 夜の闇に、各所にたかれた篝火が焔をあげてゆらめている。
 古来より人は、その赤さに精神を高揚させ、活力となしてきた。
 
 だが、一人部屋からそれを眺める籐吉朗にはさっと体中の体温を奪っていくような
 寒気と・・・忌避感しか起こさせない。


 赤は・・・・・・・血の色だから。


 ぶるり、と体を震わせた籐吉朗の肩にぱさり、と布がかけられる。

「・・・・五右衛門」
「そんなとこに立ってたら風邪ひくぜ?」
「・・・うん、そうだね。・・・そろそろ行かないといけないし・・・」
 半兵衛の脱走に協力しに。
「なぁ、とう・・・昌幸」
「ん?」
「・・・斉藤道三を討つのか?」
「・・・・・・・・うん」
 また、ずきりと胸が痛んだ。
 ・・・・まだ、痛む心があったのか・・・・日吉は嘲笑を浮かべた。

「・・・頑張れよ、強敵だぜ」
「っ!?」
 まさかそんな言葉がかけられるとは思いもしていなかった籐吉朗は五右衛門を
 反射的に振り返った。
「何だ?」
「・・・五右衛門は・・・・強いな、と思って」
「別に。普通だろう?だいたいこの時代、生きるか死ぬかの弱肉強食の世界だからな。
 弱ったら・・・おしまいなんだよ」
 『情』などというものは、何の理由にもなりはしない。

「欲しいものは、奪ってでもモノにする。それが戦国武将てもんだぜ」
「・・・・・そういうものかな・・・?」
「そういうもんだって。あいつら見てればわかるだろ?」
 それが誰を指しているのか、言われずともわかってしまう。
「・・・確かに」
 だから、思わず籐吉朗も納得してしまった。

 だが、そうだとすれば・・・・自分は、絶対に武将などになることは無いだろう。
 自分は弱い。
 ・・・力、だけでなく・・・何かを犠牲にすることは耐えられないという心が。


「・・・・行ってくる」
「頑張れよ、籐吉朗」

 (俺は・・・お前が何をしようと、どんなモノになろうと味方でいるからな)


 























 半兵衛との待ち合わせ場所は、白い老梅の咲く木の下で。
 籐吉朗はその白い花をぼんやりと見上げていた。

「・・・綺麗でしょう?」
「半兵衛殿」
 背後からかけられた声に籐吉朗が振り返った。

「他にもこの国には綺麗な・・美しいものがたくさんあります」
 半兵衛は何が言いたいのだろうか。
「私には・・・戦などどうでもいい。ただこうして、美しいものを見てさえいれば・・それで
 十分なんです」
「・・・・わかります」
「昌幸殿ならそう言ってくれると思いました」
 この戦国の世、不甲斐ないと呼ばれてしまうような気性の半兵衛・・・そして籐吉朗。
 しかし、不幸なのは本人の意に反して・・・軍師としての能力に擢んでていることだろう。
 どんなに平和を望んでも・・・周りはそれを許さない。

「・・・いつか」











「いつか・・・またこうして梅を一緒に眺められるといいですね」




 籐吉朗はその言葉に頷き返すことは出来なかった。






















NEXT

BACK

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
+あとがき+

ゴエヒヨなのか・・半ヒヨなのか・・・
ちょっと待て。玄ひよだったはずなのに・・・Σ(゚д゚)
・・でも次あたりで美濃編は終わりにしたいなぁ・・・


Back