-------11











「ご・・・五右衛門・・・・?」
 籐吉朗は掠れた声でもう一度目の前に立つ人物の名前を呼ぶ。
 本当にそれが五右衛門なのか・・・もしかして己は幽霊でも、幻でも見ているのでは
 無いのかと信じれられなかったから。


 ・・・・そうあれば、と願ったから。


「元気そうで何より。急に消えちまうから探したぜ〜」
 その軽さと明るい口調、肩に触れる温もりは間違いなく現実だった。
 その途端、ある可能性に籐吉朗の顔からざっと血の気が引いた。
 
 五右衛門がここに居るということは・・・・。


「ま、さか・・・・信長、さまは・・・」
 籐吉朗がどこに居るか知ってしまったのだろうか?
 そして・・・裏切った自分を殺すために五右衛門を・・・。

「あー、違う違う」
 だが籐吉朗の内心の思いを察したのか、五右衛門はぱたぱたと手を振って否定した。
「お前がここに居ることを知ってるのは今んとこ俺だけ」
「・・・・五右衛門だけ?」
「でも五右衛門は・・・・」
「まぁ、確かに信長に従ってたけどな、あれは純粋な契約関係。仲介するもんが無けれ
 ばそれで終わり。俺は誰かを自分の主人にしようなんて思わないからな」
「・・・・・。・・・・・そう」
 ほっと安心したのも束の間、続く五右衛門の言葉に再び籐吉朗は目を見開いた。


「だから今の俺は、武田信玄と契約してるってわけ」

「・・・・・っ!?」
「いや、まさかこんなに早く自分の古巣に戻ってくるとは思わなかったけどな、まぁ
 たまにはそれが役に立ったていうか。何にしろもう一度お前に会えて良かった」
「じゃぁ・・・もしかして源助さまが言われた護衛て・・・・」
「俺のこと♪」
「・・・・・・・・。」
 あまりにも明るい五右衛門に何か言いかけた籐吉朗は、吐息と共に口を閉じた。


 五右衛門は忍だ。
 忍であるからには嘘もつく、策略も巡らせる。
 その言を信じることは愚者のすることだ。

 けれど。
 いつか、五右衛門は籐吉朗に言ったことがある。




『そうだな〜確かに俺、言わないことも秘密もたくさんあるけどさ。これだけは自分に
 誓えるぜ。籐吉朗、お前にだけは・・・・・・嘘はつかない』





 そのときの真摯な眼差しは本物だと・・・・・・・・信じたい。

「五右衛門は聞かないんだな・・・どうして俺がここに居るのか、とか・・」
 急に姿を消した、籐吉朗。信長と秀吉に書置きをしてきたとは言え、それはあまりに
 簡潔にすぎる文章で・・・・そこから察することが出来るのは籐吉朗が信長の下から
 去ったということだけ。


「別に俺にはどうでもいいから」
 だが、五右衛門はあっさりと言い放った。

「・・・・どうでも?」
「そ。だいたい俺たち忍は”何故”、”どうして”なんて疑問は抱かないように訓練されてる
 からね〜、だってそうだろ?ヒカゲの暗殺のときだって俺たちは理由を知って女を追って
 たわけじゃなかった。忍の世界で”何故”なんて疑問は知れば余計な情を生むだけで
 何の得もない。むしろ不利だ。だから俺にとってはお前がここに居るという事実だけが
 全てなのさ」
「・・・そう、なんだ・・・」
 確かに籐吉朗とて聞かれたからといって、はいこうこうです・・と簡単に答えられるもの
 では無い。けれど・・・・・。

 聞いて、欲しかったのだろうか?
 あるはずもない救いを未だに期待しているのだろうか・・・?

 籐吉朗の口元に自嘲の笑みが一瞬浮かび、消えた。


「・・・五右衛門。色々迷惑かけると思うけど、よろしくお願いします」
「まかしとけ!・・・て、それにしてもお前、少し会わないうちに痩せたな」
 がしっと腕を掴まれる。
「・・・っ」
「ちゃんと食ってるか?顔色も良くないぜ?」
「・・ちゃんと、食べてるよ。せったく用意してくれた物を残すなんて出来ないから・・・・」
 ただ、食べても吐いてしまうだけで。
 きっとそんなことも近いうちにバレてしまうだろうが・・・。

 農民あがりの籐吉朗にとって、食べ物を粗末に扱うことがどれほど罪なことか身に
 染みるほどによくわかっている。
 客人として丁重に扱われ、普通ならば願っても出来ないような豪華な食事が並べ
 られる毎日・・・それでも吐いてしまう。

 食べ物が・・・・美味しいと感じられないから。
 何の味もしないから。

 
 近頃、思ってしまう。


 もしかして、自分は・・・・・・・”死”を願っているのだろうか、と。








「籐吉朗?」
「・・・・う」
「あ?」
「違う・・・・俺は、『真田昌幸』・・・・」
「・・・・・・。・・・・・」
 


 木下籐吉朗は―――――――――― 死んだのだ。























NEXT

BACK

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
+あとがき+

うー。そろそろ美濃編を動かさないと延々と
長くなってしまいそうで不安・・。
でも珍しく、五右衛門美味しい役だ・・(笑)


Back