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| 半月後。 籐吉朗の体調はほとんど元の調子を取り戻していた。 城主への挨拶も済ませ、正式な客人としてもてなされていた籐吉朗たちは 徐々にではあるが、竹中家中に馴染みつつあった。 「昌幸さま」 部屋の外から声がかかった。 「どうぞ」 静かに障子が開き、その向こうには城主の息子である半兵衛が座していた。 「半兵衛殿、何か御用でしょうか?」 「少々ご相談したいことが・・・」 籐吉朗は読んでいた書物を閉じ、半兵衛を中へすすめた。 竹中家でも半兵衛は世話をしてもらっていたこともあり、籐吉朗は特に肩肘をはらず 付き合える相手となっていた。 「何でしょうか?」 「昌幸殿はどうお思いでしょうか?この美濃のことを」 「それは・・・」 「隠さないところをお教えいただきたいのです」 「・・・・・・・」 今の美濃は、内部分裂の危機に接していると言っていい。 強大な権力を有したまま隠居した道三と、無力な当主。 カリスマ的な存在感と美濃をここまで大きくした道三につくか、土岐氏の血をひくと 噂される血筋としては真正な義龍につくべきか家中はゆれていた。 「私よりは・・・半兵衛殿はどのように思われているのです?」 今は下克上の嵐が吹き荒れる戦国時代である。 血筋のみを頼りに生き残れる世の中では無い。 「私は・・・全てが愚かなことと思います」 「半兵衛殿・・・」 「お館様・・いえ、道三様が悪政をしき領民が苦労しているというのなら義龍さまが立つ というのもわかります。また、義龍さまが美濃一国を治めるに足る人材では無いという のならばその逆もまたいいでしょう。けれど、実質的に道三様は隠居し、義龍様はこの 美濃を治める領主となっておられる。何をわざわざ争う必要があるのかと私は思えて なりません」 「そうですね・・・私も、そう思います」 普通ならば半兵衛や日吉などのように思うだろう。 だが、そんな机上の理論では説明できなような確執が道三と義龍の間には渦巻き すでに収めるには遅すぎるのだ。 もっと早く、二人の間に入る人間が居れば良かったのだ。 いや、道三の妻であり義龍の母である人物がそれを為すべきだったのだ。 偉大すぎる父親の影で・・・その父親の血をひいていないと家臣たちに蔑まれ、 当の父親からはまるで相手にされなければ、子供としてどんなにやるせないだろう。 その思いは膨れあがり、とうとう憎しみへと変化する。 籐吉朗は信長の使いとして2、3度、道三と会ったことがある。 豪放磊落で身分の低い籐吉朗のことも可愛がってくれたが、厳しく光る眼光は 冷たい権力者のものだった。 ・・・・・・・・・・・信長と驚くほどによく似ていた。 きっと・・・・不器用な方なのだ。 心に思うことの半分も口にはされないだろう。 「もう、駄目なのでしょうか?」 籐吉朗は半兵衛の言葉に首を振る。 「私たちには・・・もう、情勢を見守ることしか出来ないでしょう」 小さな穴から漏れていた僅かな水は時を刻むにつれて、穴を侵食し水量を多くする。 やがてその水量は全てを押し流す力を持って怒涛のごとく襲いかかるだろう。 「先が容易く想像できるというのに何も出来ないとは・・・歯がゆいことです」 「半兵衛殿は・・・・お優しい方なのですね」 籐吉朗の言葉に、半兵衛が呆気にとられたように口を開く。 「・・・そのようなことを言われたのは初めてです」 「そうですか?」 「はい、皆にはいつも冷淡だ、人形のようだと言われてきましたから」 籐吉朗はくすり、と笑った。 「・・・・・?」 「半兵衛殿も・・・不器用な方なのですね」 半兵衛の白皙の顔が僅かに朱を帯びた。 そんなところは、まだ元服したての少年だと籐吉朗は思ってしまう。 武将というのは皆、そうなのかもしれない。 意地を張ることばかり覚えて、素直に感情を表す術を忘れてしまう。 「昌幸殿は不思議な方ですね。なぜかあなたには素直に思っていることを話してしまう。 私があなたの主だったら・・・・・絶対に手放したりはしなかったでしょう」 ふと籐吉朗の顔が曇る。 『いいか、今日からお前は籐吉朗、”木下籐吉朗”と名乗れ!』 『籐吉朗・・・・いや、お前は今日から『真田昌幸』と名乗れ』 きりきりと胸が痛む。 自分はいったい『誰』なのだろう・・・・・・・? 「・・・失言を致しました、お忘れ下さい」 「あ・・・・いえ、いいんです。その主を裏切ってしまったのは・・・・私、なのですから」 暗い表情の籐吉朗に半兵衛はたまらなくなる。 こんな顔をさせたいわけでは無かったのに・・・己の不用意な一言が傷をえぐった。 「昌幸殿。どうか竹中の軍師になって下さい。父上ならば・・・いえ、私ならば決して あなたは裏切らせるようなマネはさせは致しません」 「は、半兵衛殿・・・?」 「改めてお願い申し上げます。近く戦が起こるでしょう、どうか竹中にお力をお貸し下さい」 「半兵衛殿・・・どうぞ、頭をお上げ下さい。私には何が出来るともしれませんが、この美濃 の行く末がよきように微力を尽くさせていただきます」 何とすらすらと偽りの言葉が出ることか。 籐吉朗の心はすでに麻痺し、おかしくなろうとしている。 自分は武田のために・・・信玄のためにここへ送られた。 いずれ来るであろう、美濃攻略の足がかりを作るために。 半兵衛が信頼を寄せれば寄せるほどに、籐吉朗は自分が汚い生き物に変化して いくのだと自覚せずにはいられなかった。 「そろそろ戦が始まるようだな」 「・・・源助様」 武田信玄の命を受けて、同じく竹中に根を下ろした源助はいまや、その腕を買われて 剣術指南役として忙しい毎日を送っていた。 「次期当主殿には随分となつかれているようだな」 「・・・・・・・半兵衛殿は・・・」 「忘れるな、お前がいったい誰のものなのかということを」 「・・・・・わかって、います」 「わかっているならばいい。少し前、お館様より伝令があった」 「・・・・・・・」 「お前に護衛をつけるそうだ。戦となれば身を守る術をもたぬ者はすぐに死ぬ。じきに 到着するそうだ」 「・・・ありがとう、ございます」 頭を下げる籐吉朗をみやり、源助は部屋を後にした。 誰が来ようと、何をされようともう、どうでもいい。 状況は変わりはしないのだから。 そう思い、籐吉朗は書の練習をすべく墨を刷りはじめた。 今はこの時間が何よりも落ち着く。 「・・・・・・・・?」 暗くなり灯していた火が揺れる。 風か・・・・。 「・・・・・・・っ!?」 そう思った籐吉朗の背後に突如何かの気配が生まれた。 驚愕し振り返った籐吉朗は、その視線の先にあったモノに目を見開く。 叫び出さなかったのは、目の前の人物が籐吉朗の口を押さえていたから。 「よっ、久しぶり」 全く変わらない様子で軽く手をあげ、にやりと笑ってみせたのは・・・・ 「ご・・・・五右衛門・・」 石川五右衛門。信長の忍だった。 |
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+あとがき+
やっと五右衛門が出せました(笑)
そしてこの長編も二桁に突入!
・・・いつ終わるんでしょうねぇ・・・(遠い目)