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| 静かな時。静かな空間。 誰にも邪魔されることのない、思考。 信玄からの手紙が届いてから、ずっと追い立てられるように慌しく、切羽詰まって 過ごしてきた籐吉朗にとって、それらは安らぎを与えるどころか。 より一層の自覚を籐吉朗に迫ってくる。 どれほど信玄に脅迫されたからといって、最終的に織田を・・・殿を裏切ることを 決心したのは籐吉朗自身。 命をかけ、尽くすと決めた主君より大切なものなどありもしないはずなのに・・・・ 今、自分はここに居る。 「・・・・っ」 嗚咽が喉をこみあげる。 必死に力を入れていないと泣き叫びそうになるのをとめられない。 悲しいのだろうか。 つらいのだろうか。 苦しいのだろうか。 感情が暴走して、籐吉朗には何が何だかわからない。 ああ・・・自分は。 裏切ったのだ。・・・・・・・殿を。織田信長を。 「・・・・・・・っぁ」 全身が・・・引き裂かれるように痛む。 「・・・真田殿?」 「・・っ!?」 「いかがなされましたか?」 はっと、隣室に半兵衛が居たことを思い出し、籐吉朗はさっと布団に顔を伏せた。 こんなところを見られるわけにはいかない。 「な・・・なん、でもありません。大丈夫です」 だが、襖の引かれるささやかな音がする。 「ご加減でも終わるくなったのでは?どうぞ遠慮なく申し付けてください。・・・春日様から 国を出たのは実質、真田殿の手腕だったと伺っております。あなたは我らにとっても 大事なお方なのですから」 すぐ傍で半兵衛の気配がする。 だが・・・今の籐吉朗には顔があげられない。 「・・・私には経験がございませんから、想像するに過ぎませんが」 「・・・・・・・・・。」 「国を出るというのは・・・捨てるというのは、おつらいことでしょう。いくら暴君であったと いえど、そこは生まれ育った地。何にも勝るもの・・・」 そう、尾張は籐吉朗が生まれ、育った地。 この美濃のすぐ隣の・・・。 いい思い出ばかりではない。 けれど・・・大切なものが、たくさん・・・・あった。 「ふ・・・っ」 泣くことが許される身では無い。・・・・けれど。 どうしても嗚咽が止まらない籐吉朗の傍らで半兵衛は沈黙を守りながら、己の内に 沸き起こる・・・高揚感に戸惑っていた。 奢るわけではないが、半兵衛は智者として、元服したての身ではあったがこの竹中家 の頭脳として頼りにされている。 そして、真田という人物からの書には半兵衛も目を通した。 手はお世辞にも上手とは言いがたかったが、内容は半兵衛にしても”巧い”とうならせ るだけのものがあった。・・・悪く言えば真意を悟らせない。 それをこちら側に気づかせない・・・巧みさだった。 事実、半兵衛よりも先にそれを読んでいた父は半兵衛の考えを聞くまでもなく、要求の ように自分の配下へ加えることを手放しで喜んでいたのだ。 手紙たった一つで父の信頼を得てしまった真田昌幸という軍師を、半兵衛は一人、 警戒するべき対象としてその世話を自ら願い出た。 だが。 実際に初めて目にした『真田昌幸』という人物は想像していた狡猾な人物像とは 似ても似つかぬ小柄でまるで元服前の子供のような人だった。 あまりに意外すぎて、半兵衛らしくもなくその人物が本当に真田昌幸なのかどうか 2度も確認してしまった始末だ。 そして・・・目を開いた真田に接して、また驚いた。 一目でまだ元服したてだとわかる半兵衛に全く奢ることなく自然に発せられた 礼の言葉。人がいいというか何というか・・・。 到底、策略を巡らせられるような人柄では無かったのだ。 そして、今。 小さな体を丸めて必死に嗚咽をこらえて震えるその姿は頼りなくて、情に強いはずの 半兵衛をして・・・・守らなければ、と思わせた。 「真田殿・・・私などの若輩者ではおよそ頼りになどならないと思いますが、出来ることが あれば何でも言ってください」 「・・・・・半兵衛様・・・」 「・・・・・・」 (・・・・!何と悲痛な表情をする人だ) 漸く顔をあげた籐吉朗に半兵衛は衝撃を受けた。 国を捨てるということは、確かにつらい。つらいが・・・それは己で決めたことのはず。 それなりに区切りはつけてきたはずだ。 それなのに、何故にこれほど・・・・・・つらい?苦しい? そんな表情を浮かべているのだ。 ・・・・いや、そんなものでは現せないもの・・・・・・・・・・・・・それは・・・・・・ 「・・・・ありがとうございます、半兵衛様。お心遣い、本当に有難く・・・」 だが、一瞬のうちに籐吉朗のその表情は半兵衛の目から隠された。 もし、もう少しその顔を見ることが出来ていたなら気づいただろう。 それが・・・・・・・・。 ”絶望” だということに。 冬。 真っ白い雪が、信長の視界から全てを覆い隠していく。 一人になると一層実感する・・・・喪失感。 家臣や女たちには何も変わらぬ風に見せてはいたが、一人になるとさっと波が引いて いくように、感情がなくなっていく。 信長は自身でも、感情の起伏の激しい気性の持ち主だと思っていた。 それがこの数ヶ月、何をしていても気分はいつもどん底を這い続け信長に何も感じ させようとはしなかった。 喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも。 何もかもが・・・・・色で表すならば限りなく黒に近い灰色だった。 原因はわかっている。 ただ、信長の自尊心がそれを認めることを拒否していた。 「・・・・失礼します」 「邪魔をするな、と言っただろうが」 部屋の外からかかった声に信長の冷めた声が返る。 それをおして、障子を開けて入ってきたのは・・・・・・・日野秀吉で、小柄な体躯に 不似合いな鋭い目が、言動の冷静さに反比例して興奮に血走っていた。 「ご報告申したきことが・・・・」 「何だ」 とりあえず無視されなかったことで、内心吐息をつく。 そして・・・口に出した。 「五右衛門が消えました」 庭を見ていた信長の背がびくりと震えて、硬まった。 |
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+あとがき+
すっかり忘れていたんですが・・これ、痛い系の話にしようと
頑張ってはじめたんでしたよね・・(苦笑)
危ない、危ない・・・忘れてました(笑/おいっ)