-------8












 甲斐の信玄の館から美濃の義龍の所への道のりは、そう遠くはない。
 ただ、時期が冬。
 街道沿いには積雪があった。
 籐吉朗一人での行動ならばどうにでもなっただろうが、今は信玄から預かった
 兵を率いた身。無事に義龍のもとへ辿りつくまで一人の脱落者も出してはならない。

 その思いがプレッシャーになっていたのか、籐吉朗の体調は美濃に近づくにつれて
 悪化していった。


「軍師殿、顔色が悪い」
 そう言って声をかけてきたのは、春日弾正忠昌信・・・春日源助。
 武田家において、信玄以外に唯一、籐吉朗の正体を知る人物である。
 かつて京都で、信玄の部下として籐吉朗と相見えているのだ。

 籐吉朗は信玄に引き会わされたとき、驚きに目を瞠ったが、相手も同じく驚いて
 いたようだった。
 『何故、お前がこんなところに居るのか?』
 眼差しは、隠すことなく籐吉朗にそう告げていたが、口に出すことは無かった。
 信玄が良しとしていることに否やを唱える必要は無いということか・・・。

 その源助が今回の武田軍の総大将を務めていた。


「大丈夫です・・・ちょっと風邪気味なだけですから」
 それは本当。けれど全てではない。
「では、滋養のつくものを何か作らせよう」
「あ!いえっそんな!別に大丈夫です!」
 わざわざ自分一人のためにそんなことをしてもらうわけにはいかない。
「・・・・昌幸殿、あなたはご自分の体調がよくわかっていないようだ」
「・・・え・・・」
 ひやりと冷たい手が額に触れる。
 そのまま目をつむると、予想外に気持ちよくて意識を飛ばしそうになった。
「・・・・っ!」
「・・・熱が高い。寒気もあるだろう?」
「・・・・・・少し」
 こうなっては誤魔化せない。
「今回の計画は1,2日遅れてもどうということは無いのでしょう?ならばこのあたりで
 休みをとったほうがいい。昌幸殿、あなただけでなく、兵たちもな」
 その言葉に籐吉朗ははっとなった。
 軍師として最も考えるべき兵士の体調を・・・忘れていたのだ。
 そして漸く自覚する、己の体調の悪さを。

「申し訳、ありません・・」
「気にすることはない。我ら武田の者はこの程度のことでくたばるほどやわでは無い」
「・・・そうでしょうね」
 どこまでも体育会系の武田軍はどの兵士も大柄で体力もある。
 その中に混じった籐吉朗はまるで、元服も迎えていない子供のようにさえ見える。
「では、どこかへ宿を求めよう」
「あ!待って下さい・・・っ」
「どうした?」
「あと少しで、美濃の竹中遠海守重元さまの領地に入ると思います。使いを出して
 そこへお世話になりましょう」
「そんな簡単にいくわけが無いだろうっ・・・っ」
 友人のところへでも邪魔するように言う籐吉朗に源助はとんでもないっと首を振る。
「大丈夫です。竹中様は耳にするところ、義龍さま寄りの方だそうです。我々が兵を
 持ち、義龍さまに味方するために来たと言えば否とはいえないでしょう。私たちの
 大将は春日さまですからよろしくお願いします」
「はぁ?!」
「春日様の役どころは無能な領主に嫌気がさして、有志をつのって義龍様の元へと
 馳せ参じた・・・というものですから」
「・・・・・・・」
 源助はぽかん・・と口をあけた。
 そんな源助を見つつそう言えば・・・今まで打ち合わせらしい打ち合わせもせずに
 甲斐を出てきたのだったと今更ながらに籐吉朗は思い返していた。
「ついでに領主というのは今川の福島、ということにしておきましょう」
「福島・・?聞いたことが無いが・・・」
「ええ、今、適当に考えた名前ですから」
「おい・・・・」
「竹中さまもたぶんそう仰られると思いますから、お耳に届かないほどに愚にもつかない
 領主だったのだと言ってください」
「・・・・・・・・・。・・・・・・・・了承した」
「よろしくお願いいたします」
 籐吉朗は頭を下げると、使者に持たせる書状を作るために早速筆をとった。













 籐吉朗・・・いや、真田昌幸が竹中に宛てた手紙の内容がどのようなものだったかは
 定かでは無いが、使いに出していた使者は、『喜んでお迎えする』という重元の言葉を
 土産に持って帰って来たのだった。

「まさか本当にうまくいくとは・・・」
 頷いたものの半信半疑だった源助は呆れたような感心したような言葉を漏らす。
「それだけ義龍殿、またそれに味方する武将たちは力を欲しているのでしょう」
「・・・・・・」
 まるで他人事のような物言いの籐吉朗のセリフに言助は、その横顔を見ながら
 信玄とのやり取りを思い出していた。




『お館様!あの者は・・・・織田の・・っ』
 信玄の手がそれ以上の言葉を遮った。
『今は武田のものだ』
『しかし・・・っ・・・・・裏切り者は二度、裏切らないという保障はありません』
『そうだな。だが・・・昌幸は裏切らん。いや、裏切れない、と言ったほうがいいか』
『・・・・・・・・』
『織田信長は裏切り者を許さない。籐吉朗が武田を裏切ればもう戻る場所も存在
 しはしないし、行くべき場所も存在しない。あれはここだけで生きることができるのだ』
 





 だが・・・。
 こんな全ての感情を切り離したような表情をする籐吉朗が果たして『生きて』いると
 言えるのか・・・源助には疑問でならなかった。
 かつて京で出会ったこの少年・・・本当は青年と言い換えるべき年齢であるのだろうが
 どうしても外見がそれを否定していまう・・・は、本当に一生懸命で自分の主が武田
 信玄とわかったときでもひるむことなく己の意思を突き通した。
 がむしゃらで、形振りかまわず・・・それでいて不思議に先を見通していた。
 
 たぶん、自分は彼の笑顔を見ることはできなかったが・・・きっとそれはこの戦国の世
 には不似合いなまでに明るく、光に満ちていたことだろう・・・・・。
 
 だが。
 おそらく、今。この少年は心から笑うことはあり得ない。
 それは確信。
 お館様がどのような手法でこの少年を手中にしたのかは自分などに推し量れるもの
 では無いが・・・それでも、納得ずくでのことでは無いに違いない。

 哀れと言うべきか・・・・それとも僥倖とするべきか。
 それは今度の計画の成功如何にかかっている。


「・・・昌幸殿。それで竹中殿はわざわざ使者をよこされている」
「それはよろしゅうございました」
 そうなのだろうか?
「大将・・・、俺にだろうが籠まで用意してくれているのだが」
「はい・・・?」
「俺には不要のもの。昌幸殿がお使いになるといい」
「え、それは・・・っ」
「遠慮をすることは無い。あちらにはすでに我らが軍師が体調を壊し籠を使わせて貰うと
 すでに通達済みだ。足を引っ張りたくないと思うならば乗ってくれ」
「・・・・・はい、有難く」
 いつもなら頑として聞き入れない藤吉郎だったろうが、不承不承でも頷かなければ
 ならないほどに疲れきっていた。
 そんな藤吉郎に源助のほうも、ほっとした表情を浮かべていた。











 そのまま藤吉郎は籠の上の人となり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

































 ふと、目が覚めた藤吉郎の視線の先にあったのは夕日色に染まる格子だった。

「・・・・・・・・?」
 状況がよく掴めない。
 確か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そう、自分は籠の中に居たはず。
 しかしここは、籠の中などでは無い。
 籠の中にはこんな広い天井も存在しないし、肌に触る布団など置けようはずも無い。

 では・・・・。



「お目覚めになったようですね」
「・・・・っ」
 不意にかかった声に藤吉郎はがばっと身を起こし・・・・眩暈に布団に手をついた。
「ああ、ご無理をなさいませんよう。医師が安静が必要だと申しておりました」
 くらくらする視界が漸く、おさまって・・・自分を支える声の主の顔がはっきりしてくる。


 美しい・・・そして、静かだった。


「・・・・・・」
 帰蝶姫様やお市様も美しい・・・けれど、それは女性としての美しさ。
 目の前の人物は美しいけれど、女性的というわけではない。
 むしろ、藤吉郎よりは余程りりしく、毅然としている。
 しかも相手はまだ、元服したばかりでは無いかろうか、幼さがどこかに残っている。

「あ・・・あなたは?」
「申し遅れました、私は竹中遠海守重元が子、半兵衛と申します」
 藤吉郎を布団へと戻しながらゆるやかに名乗ったそのセリフに、再び藤吉郎は
 布団から跳ね起きる。
「あ、若様でいらっしゃいますか!?」
「どうぞそのままで。いまだ元服したばかりの若輩者。どうぞ半兵衛とお呼び下さい」
「あ・・と・・・っ俺・・じゃなくて、私はきの・・・・」
 


 『そなたは今日から真田昌幸、と名乗れ』
 信玄の言葉が甦る。


 
「・・・・真田昌幸と申します。お手数をおかけし、申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ軍師殿の調子が悪いことを知っておりましたらもっと良い籠を用意
 いたしましたものを・・・こちらに着かれたと同時に倒れられたのだと聞いております」
「それは・・・・本当に申し訳ありません」
 記憶に無い・・・・がかなり恥ずかしい。
「軍師殿かお気になさることではございません」
「あ!遠海守様にご挨拶を・・・」
「そのお体では無理でございましょう。父から軍師殿にはゆっくりと静養なされるようにと
 言葉を預かっております。今はお体をお労い下さい」
「本当に・・・・重ね重ねのお心遣い感謝いたします。遠海守様にはよろしくお伝え下さい。
 体調が戻った折にはすぐにご挨拶に伺いますので。それから・・・・」
「・・・何か?」
「ありがとうございました、半兵衛様」
「・・・・?」
「私が目覚めるまでずっと付き添っていて下さったのでしょう?」
「それは・・・・それが、役目ですから」
「それでも、ありがとうございます」
 藤吉郎は布団に身を横たえているため頭を下げることはできないが、できる限りの
 動作で半兵衛に礼を述べた。
「・・・・・」
 そんな藤吉郎に半兵衛はあっけに取られている様子。
 何か気に障ることでもしてしまっただろうか・・・と心配になる藤吉郎に、やがて半兵衛が
 ぷっと吹き出した。
 そうすると、ずっと・・・本来の年齢に近くなって雰囲気が柔らかくなる。
「・・・!?」
「ああ、失礼いたしました。あまりに軍師・・いえ、真田殿が良いお人柄で緊張していた
 自分がおかしかったのですよ」
 それは知らなかった・・・緊張していたのか。あれで。
「しかも想像していたよりずっとお若く、小さくていらっしゃる」
 元服したての子供にまで小さいと言われては終わりである。
 しかし、確かに藤吉郎とこの半兵衛は然程の身長差は無いに違いない。
 それがまた悲しくもある。
「あはは・・・・」
 藤吉郎は乾いた笑い声を漏らした。









「では、私は隣の間におりますので御用のおりはお呼び下さい」
「どうも、ご面倒をおかけいたします」
 これ以上の話は藤吉郎の体に毒だろうと、半兵衛は打ち切り部屋をあとにする。
 その背中に藤吉郎は感謝の念を感じつつ・・・・・・・




 後戻りの出来ない場所に立とうとしている自分を感じずにはいられなかった。






 





















NEXT

BACK

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
+あとがき+

随分と間が空いてしあい申し訳ありません。
途中までは書いていたんですが・・・なかなか続きを書く時間が
取れずにずるずると・・・・。
頭の中では壮大なストーリーが繰り広げられているというのに
字にするといまいちそれが伝えられなくて・・・
もっと頑張ろう!自分・・・と反省する今日このごろでございますv
そういえば、前回に『運命の出会い〜』と書きましたが
わかりましたよね??(笑)ええ、あの人ですともv
藤吉郎との初の出会いはここでv(嘘/爆)


Back