-------7
武田の主だった家臣たちを集めた会議。 人は城だというのが口癖の信玄は皆の意見を尊重するために、しばしばこのような 会議を開く。 その会議のはじめ。 籐吉朗は皆の目の前に座らされていた。 『いったいこれは何者なのか?』 そんな雰囲気がありありと皆の視線が告げる。突き刺さる。 「紹介しよう。武田の新しい軍師、『真田昌幸』だ」 その視線を面白く思いながら信玄が一段高い場所より皆に告げた。 座がざわめく。 籐吉朗の若すぎる外見は軍師などとは、とても見えず、いいところ・・・小姓だろう。 皆が納得いかないのもわかる。 しかも『真田昌幸』とは聞いたこともない名だ。 「昌幸、挨拶をしろ」 そんな視線をいたたまれない思いで受け止めていた籐吉朗に、信玄は何の説明も なく、あいさつを促した。 「は、い・・・。皆様方、甚だ若輩者ではございますが・・よろしく、御願いいたします」 「昌幸はまだ武田について不慣れなことも多い。しばらくは俺付きとする」 籐吉朗がびくり、と身を震わせる。 そんな籐吉朗には気づかず、家臣の一人が口を開いた。 「お館様。差し出がましいとは思いますが、真田殿はどちらの筋の方でございますか?」 「俺が散策した先で見つけてきた。掘り出し物だ。その才を信じられぬ者も多かろうが 今は待て。近く披露するときが来るであろう」 「「はっ!」」 主従関係の堅固な武田家において、信玄の言葉を疑う者は居ない。 こうして、籐吉朗の思いも知らず、『昌幸』としての環境がどんどん廻りを固めはじめる。 抵抗することも、無視することも、受容することも。 どれをも選択することができず、ただ籐吉朗は運命という波に翻弄されていた。 「手はじめに・・美濃はどうだ?」 信玄が家臣を見渡す。 「斎藤道三ですな。些か手ごわい」 「あそこは織田との争いが絶えぬ地。余計な手出しをせぬほうがよろしいのでは?」 おのおの意見を口に出す。 信玄はそれにいちいち頷きながら、籐吉朗を見遣った。 「昌幸、お前の考えはどうだ?」 「・・・・・私、は・・・」 籐吉朗には『わからない』と逃げることも、無能な振りをすることも許されない。 軍師としてとるべく最上の手段を。 籐吉朗は、目を閉じ・・・一瞬思案した様子を見せたかと思うと・・・顔をあげ 真っ直ぐに一同を見返した。 その瞳は危ういほどに透明で、力に満ちていた。 「私は・・・義龍殿に近づきます」 一同ざわめき、互いに目を見交わす。 無駄なことをという囁きと、何故道三ではなく息子なのか・・・と。 ただ、信玄だけは面白そうに籐吉朗を眺めていた。 「義龍殿は道三殿の影に隠れ、あまり目立つ存在ではありませんが・・・決して無能な 方ではありません。ただ、やはり道三殿の力が強すぎて今一歩のところで家中の 権勢を掴みかねているように思えます。その義龍殿が・・・挙兵される動きがあります」 再び座がざわめいた。 「確かに忍たちから報告が入っている」 信玄が籐吉朗の言葉を後押しする。 「何と・・・」 「しかし、道三が許すのか?」 「今、織田とは盟友となっているはずだろう?」 「・・・違います、兵を出すのは織田へではありません」 「何っ!?」 「では、どこだと言うのだ。昌幸?」 籐吉朗は信玄の顔を見る。 全てを承知して敢えて、籐吉朗に言わせようとしているのだと・・・悟った。 「斎藤道三・・・・・・・自分の父親、です」 「「「まさか・・っ!?」」」 「いや、本当だ」 「お館さまっ!!」 「そのような気配があるとも報告が入っている」 では、自分を試したのか・・・。 籐吉朗は信玄の笑顔の奥に隠されたものを探ろうとする。 もし、籐吉朗が義龍のことを言い出さなければいったいどうするつもりだったのか。 家臣へ籐吉朗の軍師の才を見せると思わせ、実は籐吉朗の信玄への忠誠を 確かめた・・・・・・。 そう、信長の傍に居た籐吉朗なら隣国美濃の内情について知っていると確信して。 「・・・で、義龍に接近してどうするのだ?」 どのような利が武田にある? 「・・・道三殿が美濃に健在でおられる限り、武田といえども手を出し難いはずです」 「だが、義龍も抗しやすい相手では無かろう?」 「確かにその通りです。ですが・・・」 義龍の道三への憎しみは・・・・その才を濁らせるに違いない。 「それ以上の利が武田にはあるのです」 籐吉朗は広げられた軍略図に手を伸ばす。 「今・・武田、北条、今川は三国同盟を結び互いに協力しつつも牽制しているような 状態です。そして、武田には背後に仇敵、上杉が控えているためこの地を離れる ことができません。この同盟で誰がいったい最も得をしているのかといえば・・やはり 今川でしょう。後顧の憂いを払い、小国家である織田を叩けば上洛はすぐそこです」 「・・・・なるほど」 籐吉朗のそれだけの説明で信玄は事情を察し笑った。 だが、他の者たちは首を傾げている。 籐吉朗も自分の頭の中で次々に組み立てられていく計画が・・・不思議だった。 確かに引くことも押すことも出来ぬ境遇に信玄に追い詰められた・・・けれど。 籐吉朗にとって武田に全てを委ねることは出来ないのだ・・出来ないと気づいた。 自分の心は・・・・・今でも、ずっと織田信長の傍にある。 では、喜々として策を立てていく、この自分はいったい誰なのか? そこには武田信玄が見抜き、望んだ『軍師』がいた。 籐吉朗は自分で気づいてはいなかったが、想像以上にその才能を発揮しはじめ ていたのだ。 「ここで、織田と斎藤の同盟が問題となってきます。今川は織田を攻めたいところで しょうが・・・そんなことをすれば同盟者である斎藤が黙ってはいない。このままでは どこも動きが取れず膠着状態です。それにヒビを入れるには、この斎藤道三がネック になってきます。道三殿だからこそ織田と同盟を結んだ・・・では、道三殿は主の座を 追われれば・・・」 「織田と斎藤は分裂するな」 「はい。そして、今川には絶好のチャンスです」 混乱に乗じて織田を叩けば・・・・誰よりも早く天下への道がつく。 「誰しも目の前の人参には弱いものだからな・・・」 それが命とりとも知らず・・・。 「織田は小国ではありますが・・・決して軍事的に劣っているわけではありません」 信長は誰よりも自分の国の弱点をよく心得ている。 他国と比べての数の違いはどうにもならない。ならばそれを補うために頭を使え。 誰よりも早く、誰よりも多く・・・最新の武器を手にしていた。 「今川と織田を対立させ・・上杉は雪に阻まれ進軍は出来ぬ。道三のおらぬ斎藤など 武田の敵では無い・・・・なるほど。我が武田にとって絶好の機会か」 「なんとっ!」 「そのような・・・っ」 「素晴らしき案にございますな!」 漸く事態を飲み込めたらしい武将たちから声があがる。 「ただ、鍵となるは・・・義龍の反乱を成功させることが出来るか否か、だな」 「はい」 それさえ上手くいけば、あとは事態が勝手に進んでくれる。 これで、自分の役目は済んだ・・・。 籐吉朗は、気づかれないほどに小さく肩を下ろした。 ・・・・のも束の間。次の信玄の言葉に目を見開いた。 「では、昌幸に兵を預ける。義龍の反乱を成功させてこい」 「・・・それは・・・っ!」 一介の軍師・・・いや、織田家ではマキ係でしか無かった自分には荷が勝ちすぎる。 それに・・・・・。 道三様を敵にまわすなど・・・・。 マムシと呼ばれ、恐れられる彼を籐吉朗は決して嫌いではなかった。 ・・・どこか信長と似たものを感じていたから。 うつけと罵られる信長をただ一人だけ・・・真に見抜いた人物。 「この計画が武田のものと気づかれては全てが水泡に帰す。隠密裏に動かねばならぬ。 この役にうってつけなのは、面が割れておらず・・目立たぬ人間が良いだろう。 昌幸、お前ならばうってつけだ」 「・・・・・・・。・・・・・・・・・」 信玄の瞳は鋭く光、籐吉朗に否定の言葉を許さない。 「『昌幸』?」 「・・・・かしこまりました」 籐吉朗は震える身体で、深く頭を垂れた。 「昌幸、お前はやはり生まれながらの軍師だな」 場を与えられれば、考えずには居られない。 頭の中で次々と組みあがる、国家間の勢力パズル。 「・・・俺、が言ったのは可能性に過ぎません」 自分などに兵を預けて本当に上手くいくと思っているのだろうか? 何事にも確実を求め、用意周到な信玄にしてはらしからぬ采配だと籐吉朗は思う。 傍付きとうい名目で籐吉朗は、共に信玄の自室へと戻っていた。 しかし、いったい何をするべきなのか・・自分の役目のはっきりしない籐吉朗は 部屋の端で小さく控えている。 「そう、限りなく高い可能性だ。義龍が反乱を起こすことはもう止められぬ。であれば それに少しばかりの力を貸してやるだけ。容易いことだろう?」 「道三様は・・・一介の商人から今の地位を築きあげた方。そう簡単に落とせるとは 思いません。ましてや・・・俺なんかに」 「自分の能力を過大評価しないのは良いが、過小評価も過ぎれば卑屈だぞ。俺に 仕えるからにはそれなりの自身をもて」 一度・・・、あれを一度と呼んでいいのかは疑問だが・・その程度しか戦に身を 置いたことのない自分に自身など持てるわけがない。 「それよりも俺が心配なのは、な・・・・・籐吉朗」 気づけば、信玄がすぐ間近に居た。 籐吉朗とはまるで二周りは違うのでは無いかと思われる立派な体躯は やすやすと、籐吉朗を隅へ追いつめその腕の中へ閉じ込めた。 「信玄・・・さ、ま・・・?」 「お前が里心を起こさねば良いのだがな」 「・・・・っ!」 「美濃の隣国は織田領。すぐ傍にはお前の・・・前の、主君が居るからな」 笑いながらじっと籐吉朗に視線をそそぐ信玄の瞳は、鋭く冷たかった。 「・・・・・あなたが・・・」 籐吉朗は緊張で身を堅くし、唾を飲み込む。 「身も心も・・・命さえも要求したあなたが・・・それを言うんですか・・・?」 「そう、俺はお前に求めた。だが、その言葉を果たして丸々信用してもいいものだろうか? そんなに容易く俺のものになることができるのか?」 息が触れあう。 「・・・・できるという言葉を強要したのは、信玄様・・・です」 籐吉朗の言葉に信玄がにやりと笑った。 「では心配はいらぬ、と?」 「無用な・・・・・・・心配です」 視線が交錯する。 「・・・では、信用しよう」 籐吉朗の両脇にあった信玄の手が離れていく。 ほっと心の内で息を吐く。 自分で思っていた以上に緊張していたらしい。 「では、あらためて昌幸に命じよう。美濃に行き、斎藤義龍に力を貸せ。くれぐれも 武田が動いていることを悟られるな」 「・・・はい」 「期待している」 「心して励みます」 上辺だけの言葉ならいくらでも言える。 真なるところは誰にもわからないのだから。 「来い、昌幸」 「・・・?」 「お前の部屋に案内しよう・・・・当分は使えまいがな」 「・・・・・ありがとうございます」 真田昌幸としての一日が終わる。 |
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
+あとがき+
史実を忠実に再現しているわけでは無いのでご注意を(笑)
次回は籐吉朗が運命の出会いを果たします(笑)
・・・誰かは秘密v